第172話 キス

「キ、キスをするの!」

 顔を真っ赤に染め上げながらエルは言った。

 目をそらし、もじもじと体を動かしており、とても恥ずかしがっていることが伺える。

「……キ、キス?」

 遅れて、康生が反応する。

 どうやらエルの口から、キスという言葉を聞いたのが衝撃的だったようで、しばらくの間呆けたていたようだ。

「…………」

「…………」

 結果お互いいたたまれない空気になってしまい、二人は視線を泳がせる。

 エルは後ろで手を何度も組み直し、康生は手を合わしたり離したり、忙しそうだ。

 お互い顔を真っ赤にしてもじもじ動いているのだった。

『――ご主人様』

「なっ、何っ!?」

 もじもじとしている所に急に話しかけられ、康生はビクリとを体を震わせた。

『しないのですか?』

 何を……。とここでは康生は聞かなかった。

 AIが言っていることは恐らくキスの事だと康生は分かっているから。

「ま、魔力は回復させたいけど!エルにそんな事をさせるわけにはいかないよっ!」

 康生の答えは至極当然である。

 でもその言葉を聞いてエルは心なしか表情が落ち込んだように見えたのは気のせいだろうか?

『魔力回復させたくないのですか?』

 エルの表情の変化を見ようにもAIが続けざまに質問をしてきて、康生は大きく動揺する。

 何故ならエルと自分がキスをしている姿を想像したからだ。

『現状敵はこちらに向かってきております。それまでにご主人様は魔法を習得するのではないですか?本来ならば休む時間はありませんよ』

 康生だってその事は十分分かっている。

 敵が来るまでに魔法が使えるようになれば、戦略は大幅に増えることになる。

(でも…………)

 そこまで考えた所でエルを見る。

「あっ……」

 するとちょうどエルもこちらを見ていたのか、二人の視線があう。

 康生は恥ずかしくてすぐに視線をそらしてしまったが、どうしてかエルがこちらを見ている視線を感じた。

「…………私は別にいいよ」

 するとエルがか細い声で呟く。

「えっ!!」

 小さな声だが、聞き取ることが出来た康生はすぐに驚きの声をあげる。

「……こ、康生が魔法を習得したいのは分かるから……。その方がいい事も……。だ、だから私の魔力をあげる事ぐらい全然いいよ……?」

 恥ずかしさで顔を赤らめながら、それに耐えながら康生を見つめるエル。

 そんなエルを見て康生の心臓はドクドクと大きな音を奏で始める。

「…………ほ、ほんとにいいのか?」

 しばらくの葛藤の中、康生はそう言った。

「……うん」

 エルは頷くと同時に康生の方へと近づく。

 ベッドの上に足を乗せ、そのまま康生の方へと体を近づけさせる。

 そんなエルを康生は不慣れな手つきで体を支える。

 やがて二人の距離はどんどんと縮まって行き、とうとう拳一個分の距離まで縮まる。

「……じゃあ行くぞ?」

「うん……」

 その合図でエルが目を閉じる。

 エルに合わせて康生も目を閉じる。


「んっ……」


 柔らかい感触がお互いの唇に伝わる。

 体が密着しているせいで、お互いの体温も同時に伝わる。

 そして康生の体の中へと魔力がそそぎ込まれていく。

「んっ、んっ……!」

 魔力をそそぎ込んでいるからか、エルの口から音が漏れる。

 だから康生はそっとエルを優しく抱きしめた。


 そうして魔力の補給は約三十秒も続いたのだった。

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