第173話 初めて

「――ありがとうエル」

「う、ううん!このくらいなんともないから!」

 キス――ではなく、魔力補給が終わり康生の体には魔力が満ちている。

 元々エルは魔力量が多く、今の康生には十分過ぎる魔力が行き渡った。

「そ、それじゃあ私時雨さん達の様子見に行くから!」

「う、うん」

 まだ顔を赤くしてエルは慌てて扉へと向こう。

 よっぽど康生と一緒にいるのが恥ずかしいのだろう。

「――あっ、康生!」

 しかしエルは扉の前で一度止まり、しっかりと康生に目を向ける。

「いくら魔力があるからって無茶したら絶対にダメだからね!」

「分かってるよ」

「もしまた倒れても、二度と魔力供給なんてしてあげないんだからね!」

 最後にそれだけ言ってエルは走り去ってしまった。

「…………」

 そして一人部屋に残された康生はしばらく放心した後にそっと唇に手を触れる。

「……柔らかかったな」

 なんて感想を抱きながら、恐らくさきほどの出来事に鮮明に記憶に記録したのだった。

『――初めてのキスに感動している所大変申し訳ありませんが、今は時間がないのでは?』

 康生を現実に戻すかのようにAIが言う。

「……わ、分かってるよ!」

 今のがAIにバレていたことに若干の恥ずかしさを覚えながら、康生は勢いよくベッドから飛び降りる。

 今まで感じていた体のだるさが本当に全て抜けきっている事に若干感動しつつ、その勢いのまま工房へと足を向かわせたのだった。




「――というのがおおよその敵の数と陣営ですね」

 地下都市中央広場にある会議室。

 上代琉生はそこで敵の情報、数や武装、武器、また名だたる人物たちを一切隠すことなく全て話す。

「数としてはざっと十万といった感じですかね」

「十万か……」

 あまりにも多い兵力に時雨さんは簡単の息をこぼす。

 しかしその隣に座っている翼の女は数に怖がることなく堂々としている。

「戦いは数ではない。一個人の技量が大きく左右する。たかだか十万の兵など我々の敵ではない」

 自信満々に言う。

 確かに異世界人達は今まで数で勝っている人間達相手に戦い、こうして人間達を地下に追い込むまで至っている。

 異世界人達にとって人の数がいくらあろうがあまり変わりないのかもしれない。

 しかし、今回は少し事情が違ってくる。

「――もし、戦闘になったらあなた達は迷いなく人を殺しますか?」

 そんな自信満々の翼の女に向かって時雨さんは尋ねる。

 ここでいうあなた達とは異世界人達の事を言っているのだとすぐに気づき、翼の女は答える。

「当たり前だ。敵は全て殺すのみ。でないといつまた襲ってくるか分からない。敵は出来るだけこの世に存在させない。これが私の信条だ」

 殺す。

 それはつまり十万の兵士たちを全て皆殺しにするというわけだ。

「確かに十万の兵が向かってくれば、こちらにも被害がある。しかしあの子供がいれば、十万などすぐに蹴散らすのではないか?」

 と翼の女は康生の存在を示す。

 しかしそれでも時雨さんの表情は晴れることなく、しかも一層暗くなっていく。

 そんな時雨さんに翼の女は疑問を覚え、さらに安心させる材料を並べようとしたその時、

「そういう事じゃないんだよ!」

 会議室の扉が大きく開かれてエルが入ってきたのだった。

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