第166話 ノック

「――康生、入るよ?」

 一度工房の扉をノックしたエルだったが、全く返事がなかったので、再度声かけてから扉をあけることに。

 工房という名前だが、建物自体は他とあまり変わりがなく、ただ部屋が一つだけであるというだけだ。

 だからこそ、康生が中にいるのならすぐに姿を見つけられる。

 そう思ってエルは扉を開けたのだが。

「康生?」

 部屋の中を見渡せど、康生の姿はなかった。

 かといって誰もいないかと思われたが、電気がつけっぱなしになっている。

「もしかして寝てる?」

 色々な物で散らかった部屋の中にエルは足を踏み入れる。

 がらくたに見える物に出来るだけ触れないように慎重に進む。

「康生ー、いたら返事してー!」

 部屋の中を進みながら再度声をあげる。

「…………」

 しかし返事は返ってこない。

 そしてそのままエルは部屋の中を進んでいく。

 慎重に慎重に進んでいくと、エルの足に何かがぶつかる。

「ちょっと床にも散らかってるじゃ…………」

 何か物を踏んでしまったとエルは思っていた。

 だが視線を下に下げるとそこには一つの足があった。

「きゃっ!」

 エルは慌てて後ろにこける。

 その際にいくつか物が崩れ落ちたが、今のエルには気にしている余裕はなかった。

 だって目の前に足が一本転がっているのだから。

「――だ、誰?」

 しかしすぐに体が物に隠れて見えない事に気づき、恐る恐る近づくエル。

 そして物を迂回するように顔を出すとそこには、

「康生っ!」

 地面に康生が倒れていたのだった。

「ちょ、ちょっと康生!大丈夫!?」

 エルは康生の体を揺する。

「…………」

 しかし返事は一向に返ってこない。

「ど、どうしよう……!」

 康生の反応がないことでエルは再びパニックになる。

 この状況で最悪の事をエルは考える。

「し、死なないで康生!」

 そう。康生が死んでいる事を。

 だからこそエルは涙を流して必死に康生に呼びかける。

 自身が魔法で癒すことが出来ることを忘れるほどに。

「康生!康生っ!」

 ひたすらにエルは康生の名前を呼ぶ。

 必死に、必死に。


『――落ち着いて下さい』


 そんな時エルの耳にAIの声が聞こえる。

「こ、これが落ち着いていられる状況じゃ……!」

 しかしそんな言葉でエルは落ち着くはずもなかった。

『聞いて下さいエル様』

「な、なによっ!」

 音量をあげたAIにようやく、エルは耳に傾ける。

『――ご主人様はただ眠っているだけです』

「……え?で、でもいくら声をかけても……」

 エルが大声をあげている以上、眠っていたら起きないわけがない。

 そう反論したエルだったが、すぐにAIが言葉を返す。

『……ご主人様は今気絶されているだけです』

「気絶?」

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