第167話 ベッド

「――う、うぅ……ここは?」

 体にダルさを覚えながら康生は起きあがる。

 どうやら康生はベッドに横たわっていたようだ。

「おかしいな……、俺は工房にいたはずなんだけど……」

 そのベッドからここが時雨さんの家だという事に気が付く。

 しかし康生はいくら記憶をたどっても、時雨さんの家に来た覚えは全くない。

「――っと、こんな事している場合じゃないな」

 不可解な状況だが、康生はこんな事で時間をつぶしている暇はない。

 すぐに工房に戻って修行の続きを。

 そう思ってベッドから降りようとした瞬間、

「ダメよ康生!」

 突然扉が開かれ、そこからエルが入ってくる。

 エルはそのままベッドから降りようとしている康生の体を押し、無理矢理にでもベッドに横たわらせようとする。

「ちょ、ちょっとエル何するんだよ!」

「康生は休んでないとダメなの!」

「俺はやる事が……!」

「いいから康生は休んで!じゃないとまた倒れちゃよ!」

「――倒れる?」

 エルの言葉を聞き康生は抵抗していた力が緩む。

「「あっ」」

 いきなり康生が力を緩めるものだから、エルの押す力が重なり、二人で勢いよくベッドに倒れ込むことになってしまった。

 康生は勿論の事、エルまでがベッドに横たわってしまったのだ。

 さらに勢いがよかったため、エルが康生に覆い被さる形となり、あと少しでも頭の位置が良かったら、二人の唇が触れていただろう、そんな形だった。

「お嬢様!大丈夫ですか!」

「エル!康生!大丈夫か!?」

 ベッドに倒れ込む音が聞こえたのか、外で待機していた翼の女と時雨さんが一斉に部屋へと入ってくる。

「あっ!ちょっと待って!」

 この状況を見られると色々不味いと判断したエルはすぐに二人を止めようと声をあげる。

 しかしその時にはすでに遅く、二人は部屋の扉を開けていた。

「…………康生、エル。何をしているんだ?」

 そして二人にこの状況を目撃されてしまう。

 最初に言葉を発したのは時雨さんで、若干動揺しながも状況の説明を求めてきた。

 時雨さんのようにすぐに決めつけるのではなく、話を聞くという姿勢はとても大事なことだ。

 だがこの場にもう一人いる。

 時雨さんの隣に立っていた人物が、わなわなと体を小刻みに震えさせる。

「――え、えっとこれは誤解で!」

 見かねた康生はすぐに弁明しようとするが、

「貴様!よくもお嬢様を!」

 しかし翼の女の耳には届かなかった。

「だから誤解ですって!!」

 この時、広範囲にわたる怒声が響いたのだった。

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