第144話 提案

「――もしよければ我々の街に行くのはどうでしょうか?」

 康生が何も答えられず黙っているのを見た時雨さんは、康生の代わりに一つの提案をあげた。

「というと?」

 目を細めて聞き返す。

「ここからだと比較的距離は近い。それにいつまた向こうが襲って来るかも分からない。でも街に行けば多少の防衛システムはあります」

「なるほど……」

 時雨さんの提案を聞き、翼の女はしばらく考える。

「――確かにいつ敵が襲ってくるか分からない」

 と翼の女も納得するように呟く。

 しかし、

「我々の敵は人間。つまりお前達だということを忘れてないか?」

 ギロリと睨まれ、時雨さんは身構える。

 あくまで康生達がついて来たのは、あそこから逃げるためであって、それ以降は仲良くするつもりはない。そう言っているようだった。

「――まだそんなことを言うんですか」

 怖い顔をする翼の女に対し、エルがはっきりと言う。

 じっと正面を向き、翼の女に視線を合わせる。

「私たちはここまで一緒に逃げてきた。その相手がまだ敵だというのっ!?」

 怒鳴るようにエルは言う。

 しかし翼の女は表情を変えずに淡々としゃべる。

「えぇ、敵です。私達の敵は人間なのですから」

 未だに翼の女の考えが変わってないことにエルは軽くショックを覚える。

 そしてそれは康生も同じで、少なからずショックを受けていた。

「……だが、しかし、人間の街まで行くのはいい案だ。しかしこれは私一人で決められることではない。だからお嬢様。もし、それを望むのなら我々を説得してみてはいかかでしょうか?」

 異世界人を人間の街にまで行くように説得する。

 しかしそれが無茶なことは康生にはよく分かった。

 なぜならば康生は、エルが初めて地下都市に来たときのことを覚えているからだ。

 顔もあげず、ただひたすらに震えいたエルの姿を。

 だがそれでも説得するをというのがエルだ。

「――分かった。私が説得してみせる」

 そうしてエルは異世界人達の方へと足を進める。

「じゃ、じゃあ俺もっ!」

 康生はすぐにエルについて行こうとする。

「康生は休んでて。今度は私が頑張る番だから」

 それだけ言ってエルは行ってしまった。

「――今回ばかりは少し心配だな」

 康生の肩をそっと叩いた時雨さんが呟く。

 いつもならエルを信じるように言う時雨さんだが、今回は少し事情が違うようだ。

「……そうですよ。エルは異世界人にとって裏切り者として扱われているんですから……」

 現在のエルの立場を思って康生は顔を歪める。「まぁ、でもエルは一度言い出したら聞かないからな。今まで通りエルを信じて待つしかないだろう」

「……そうですね」

 そうして康生は、時雨さんと共にエルの帰りを待つことになったのだった。

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