第62話 器物破損

「くそっ!」

 康生はいらだちに顔を染めおもむろに手を机に振り下ろす。


 バキッ。


 振り下ろされた机はヒビが広がる。

「あっ」

 音が鳴ってから康生は気づく。

「すいません時雨さん」

 現在は時雨さんの家に荷物をとりに戻っていた。

 そしてつい部屋の中でいらだちに襲われてしまい、時雨さんの物を壊してしまった。

「いや気にするな。むしろあの場面で何も出来なかった私が謝りたいぐらいだよ」

 そういう時雨さんはぎゅっと握り拳を握っていた。

 ここで康生はようやくこの怒りは自分だけではないのだと気づく。

 怒りで視野が狭める事はいけないと父にあれだけ言われていた事を思い出し、すぐに悔やむ。

「――ふぅ」

 康生は一度深呼吸をする。

 感情を落ち着かせるために。

「相手の情報を教えてもらっていいですか?」

 冷静になったからこそ、今からの試合の為の準備を康生はする必要がある。

 そのためにはまずは情報だ。情報がなければ何もする事ができない。

 だからこそあの男達の事を知っているだろう、時雨さんに尋ねる。

 しかし時雨さんは顔をしかめるだけで何も言おうとはしなかった。

「どうしたんですか?」

 その様子を不自然に思い康生は尋ねる。

 すると時雨さんは突然頭を下げる。

「すまない!私はあの者達の事は全く知らない!本当に何からなにまで役に立たなくてすまない!」

 今でも土下座しそうな勢いで時雨さんは頭を下げる。

『しょうがないですね』

 康生が何か言う前にAIが口をはさんできた。

『敵の情報が無いのなら戦いながら得るしかありませんね』

「戦いながら?」

 時雨さんは頭をあげてAIに聞き返す。

『えぇ、戦いながらです』

 そういうAIは、まるで不敵な笑顔を浮かべているようだった。




「その女はもう眠ったか?」

「はい。強力な催眠薬を使ったので、ぐっすり眠っています」

 広場中心の建物の中、都長と隊長を名乗った男は暗がりの部屋で話していた。

「…………」

 そしてそれをエルは目を閉じながらもしっかりと聞いていた。

 先ほど男が睡眠薬を使ったといったが、エルにとって薬の効果など魔法を使って一瞬で消すことが出来る。

 それでも寝たふりをしているのはエルが何かヤバい雰囲気を嗅ぎ取ったからだ。

「それにしてもこの女は中々いいな」

「そうですね。これを送ればこの地下都市でしばらくは裕福な暮らしが出来るでしょう」

「最近は巷で盗人が現れたからな。だがこの女を送れば確実に多くの食料が手に入る。これで今後の生活も安心だ」

(……私を送る?)

 エルの予想通り、二人はなにやらよからぬ話をしているようだった。

 それにしても送るとは一体何の事なのか?送ったら食料が手に入るとは?

 などとエルが考えていると不意に扉が開く。

「準備が整いました!」

「――分かったすぐに行く」

 そうして話は中断されて、エルはまた運び出されたのだった。

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