第61話 逃げない

「さぁてどう殺してやろうか?」

 男がじわじわと康生に近づく。

 康生も負け時とゆっくりと男に近づいていく。

(さて、どうしよう)

 康生は頭の中で考える。

 そもそもこんなところで戦うつもりなんて全くなかったのでなんの準備も出来ていない。

 当然康生は武器すらないのである。

「――待って下さい!」

 とそこへ時雨さんの声が響く。

「なんだ?今更命乞いか?」

 都長は時雨さんの声を聞き、意地の悪い顔を浮かべる。

 しかし時雨さんはすぐに首を横を振る。

「いいえ、今更命乞いはするつもりはありません。でも戦いを始める前に一つだけお願いがあります」

 時雨さんの言葉を聞いて都長は明らかに不機嫌になりつつも言葉を促す。

「確かに康生は強いです。しかし康生は今武器の一つも持っていない。そんな子供相手に大人が十人も一斉にかかって、それで勝ったと言えるのでしょうか?」

 恐らく康生が何も準備をしていない事に気づいたのか、時雨さんは康生に準備をする時間をくれと交渉する。

「ふんっ、そんなもの――」

 しかし都長はそんな意見を無視しようと口を開く。

 しかしその途中で男が手をあげる。

「都長、ここは一つこの子供に準備をさせてみてはどうでしょうか?」

「何?」

 都長は自分の言葉を遮られた事に少しだけいらだつを覚えているようだったが、相手が男である事からかそこまで顔に出すことはなかった。

 それでも不服そうに男をじっと睨む。

「我々は正規の部隊です。その部隊が子供一人相手にいきなり戦いを挑んで勝利してもそれは不名誉でしかありません。ならば、ここは時雨の提案を呑んで確実な場所で勝ってこそ意味があると私は考えますが、都長はどうでしょうか?」

 時雨さんの言葉が少しはきいたのか、それとも単純に自身の名誉が心配なのか、とにかく男は康生に準備させるように都長に言った。

 都長はしばらくの間考えるように首をひねったが、やがてゆっくりと顔をうなずかせた。

「――ふんっ、いいだろう。そこのガキ、勝負をするための時間をやろう」

 その言葉を聞き康生は一安心する。

 今の状況だったら康生は男達に勝てるかどうか不安だったから。

 だが当然都長はそんな事では終わらない。

「今から一時間後この広場で試合を行う。そして貴様がもし一時間後にこなかったらそこの女を代わりに殺す」

 そうして都長が指さしたのはエルだった。

「俺は逃げたりしないっ!」

 だからこそ康生はすぐさま反論する。

 しかし都長はすでに聞く耳を持たず、男にエルを連れて行くよう命令する。

「やめろっ!」

 康生はすぐに男に飛びかかろうとする。

「――やめて!」

 しかしエルの言葉ですぐに止まる。

「私は大丈夫。だから康生は試合に勝てるようにゆっくり準備してて」

 エルは最後それだけ言って男達に連れて行かれてしまった。

 康生は納得行かずにエルを追いかけようとするが、すぐに時雨さんに止められる。

「我慢するんだ!エルの安全は私が絶対に保証する!だから康生は試合で勝つことだけを考えて!」

 そうしてエルは連れていかれ、康生は一時間後に広場で試合をする事になった。

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