第12話 無我夢中
「やめろ!」
いつの間にか康生の体は無意識に動いていた。
それも先程まで畏怖していた相手に向き直る位置に。
「なんですか?そんなに死にたいのですか?」
最初の頃とは比べものにならないような威圧感を発する。
しかし康生はそれに怯むことはなかった。それは最初のように自分の力を過信しているのでもない。
ただ背後の少女を守る。その思いだけが今の康生の頭を埋めていた。
「ど、どうして……」
ふいに少女が呟く。
すると康生はにっこりと笑って微笑む。
「俺は君の夢を応援する。だからこそ君はここで死んではいけない。そのために俺が出来ることを今しているだけだよ」
それだけ言って康生は前方に向き直る。
その姿はまるで先程の少女が覚悟を決めたときと同じようであった。
「な、なんで…………」
背後の少女は小さな嗚咽をこぼしながら一筋の涙を流す。
「なんで……どうして……」
その涙は一筋では終わることなくやがて次々と流れ出る。
「ちょっ、だ、大丈夫!?」
少女が泣き出したことに気付いた康生が慌て振り向く。
康生にとって涙は悲しい時に流すイメージしかなかった。だからこそ最初はすごく慌てた。
だが少女の顔を見た瞬間、今度は戸惑ってしまった。
何故なら少女はとても幸せそうな顔をしながら涙を流していたからだ。
「わ、私、今までそんな事言われたこと、なかったから……!私の夢なんて、みんな否定するだけだったから……!」
恐らく少女は今初めて夢を応援されたのだろう。きっとそれまでは応援どころか否定しかされなかった事がその様子から伺える。
だから今康生に初めて応援され嬉しくて泣き出したのだろう。
「ちょっ!そんなに泣かなくても!」
だが当はそんな事に気付くことはなくただあたふたしている。
それもそうだ。康生にとって少女の夢を応援することは自身の生きる価値を得る事なのだから。
言ってしまえば康生は自身の生きる価値を得るためだけに少女の夢を応援するという形で利用しようとしているのだ。
そう思っているからこそ康生は少女が泣く理由は全く分からないのだ。
「――最後のお別れは済みましたか?」
だが今はそんな事を流暢に説明している暇なんてない。なんたって今は二人とも絶体絶命の事態なのだから。
「おっ、お前はこの子の仲間なんだろ!仲間を殺していいのかよ!」
殺気を直に感じ、康生は慌てて言い返す。
しかし翼の女口は動くことはなかった。恐らくもう話をするのは無駄だと考えているのだろう。
――だって今から死ぬ存在なのだから。
「くそっ!どうしたら!」
康生は必死に考える。今までの地下での特訓を。
(――くそっ!いくら体を鍛えたって刃物は刺さるし電気も防げない!肝心の道具は全部荷物の中!くそっ!一体俺は十年間も何をしていたんだ!)
必死に考えるがいいアイデアは思い浮かべることはなかった。
『ご主人様すぐに逃げてください!今動けばまだ間に合います!』
「あら?そんな事はさせませんわよ?」
AIがアドバイスを言う。
しかしそれに被せるように翼の女は剣を振り上げた。
(すぐに動けばワンチャン――。いや、駄目だ!今動いたらあの子が代わりにやられてしまう!くそっ!何か言い考えは……!)
最後の最後に頭をこれでもかと回転させるが、当然そんなに簡単にアイデアは浮かぶわけがない。
それに気付いた時にはもうすでに電気を纏った刀はもう目の前に近づいていた。
「う、うおーーーーっ!!」
康生はついに自暴自棄になり雄叫びをあげながら刀に突進する。ただ後ろの少女を守るために。自身の身を滅ぼしてでも助けるために。
ただ、その思いで必死飛び出す。
――その結果康生の懐から一つのボールペンが投げ出された。
ボールペンは宙を舞う。
その瞬間、
ビリッ!
刀に纏っていた電気がボールペンを包み込んだ。
パンッ!
大量の電気を浴びボールペンはあっけなく壊れる。
「なっ!」
だがその破裂により刀の刀身はわずかながらズレる。
そして運が良い事にわずかにズレた刀身の側面が康生の肩にぶつかる。
そのまま肩を這うように刀は軌道を変える。おかげで康生の肌が少し切れただけで、それ以外康生も少女も無傷だった。
「くそっ!本当に人間風情がやってくれる!」
翼の女は怒りに顔を歪め、再び斬りかかろうと刀を構えようとする。
だが康生はその隙を逃すことはもうしなかった。
「うぉーー!」
突進する勢いに任せ思いきり拳を振り切った。
「グハッ!」
カラン、という音と共に刀が地面に落ちる。その後すぐにドサリと翼の女が倒れ込む。
その後にはポタポタと康生の左肩から血が滴る音が聞こえるだけだった。
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