ミーヤクーダの街篇
夜に舞う
近頃ミーヤクーダの街を賑わす怪盗。
そいつは二週間ほど前に突然現れた。
闇夜に紛れて狙うのは奇特な好事家の収集している古い従者の残骸ばかり。
そして怪盗は毎回事前に予告をしてくる。
怪しい人影を見たという者もいるが、その正体は不明。単独なのか複数なのかも判然としない。
これまでの被害は全部で三件
律儀に四日おきに発生していることになる。
そして、今夜もまた……。
***
イナーサの街から一時間ほど飛ぶと周囲の地形が山間の森林地帯から巨大な平地に変わっていく。
やがて地面に農耕地帯と思われる人工的な模様が現れるとその先に巨大な都市が現れる。
「スゲーなありゃ。イナーサの五倍はあるんじゃないか?」
「そうだねヒューイ。どれだけ人がいるんだろう」
「下の農耕地帯では多数の従者を使って農作物の大規模な生産を行っているようですね」
「適当な場所に降りて、後は徒歩で移動しよう。街の上空まで行って変に目立ちたくはないな」
「了解モデーラさん、降りられそうな場所を探すぜ」
しばらく飛び回ってようやく見つけた人気のない場所は都市部からかなり離れていた。
「これは……かなり歩くことになるな……」
「すまないモデーラさん、どこも人か従者がいたもんでな」
「いや、大丈夫だよ。それより君をしまっちゃおう」
「おう、しばしのお別れだな」
「ああ、しばらく我慢してくれよ」
俺はツアゴルの呪文でヒューイをプラモデルに戻すと、イナーサの街で作ってもらった収納ケースにしまう。
このケースはプラモデルを固定して安全に収納できる工夫がしてある特注品で、中にはすでにゴングと未組立のキットが収納してある。
「さて、それじゃ行こうか」
「はい、モデーラ様」
しかしこの距離を歩くとなると、到着する頃にはだいぶ日が傾いてしまうな……。
到着は予想通り日が沈む寸前になった。
収納ケースは便利なのだが重すぎて長時間持ち歩くのには向かないな……。
疲れ切った俺は途中からアルテミスに持ってもらっていた。
街を囲む外壁にたどり着くと、ゲート前に入国審査の列ができている。
列は徒歩と荷車で分かれているようだ。
俺たちは徒歩の列の最後尾に並んだ。
並んでいる人々は一人のようだったり従者を連れていたりと様々で、中には以前出会ったペンメルのように大きな荷物を背負っている者もいた。
「そういえばイナーサでは入国審査とか、やらなかったなあ。あの時はいろいろうやむやにしてた……」
「モデーラ様はあの街の英雄ですから、そのようなことは必要ないでしょう」
アルテミス、その考えいろいろ危ういよ。
列はゆっくりと進み、やがて俺たちの番になった。
審査官が俺たちをいぶかしげに見ながら質問する。
「入国の目的は?」
俺は紹介状を見せながら答える。
「人に会いに来ました。イナーサの街のゲーデリクさんに紹介状も書いてもらっています」
「入国するのはあなたと後ろの女性の二人でよいですか?」
「はい」
「フム……ではこちらでしばらく待機を」
審査官は紹介状を手に取ると、内容を読んでしばらく考えたのち、柵で囲われた待機スペースに誘導する。
「よう、ご同輩」
待機スペースでは同じく審査待ちらしき男が座っていて、俺たちに気さくな挨拶をしてきた。
「やあ、あなたも審査待ちですか」
「あぁまあね。俺はヤークベイル」
ヤークベイルは脇に大きな背負い箱を置いている。
彼も荷運びだろうか?
「お……」
「こちらに御座すは偉大なるモデーラ様です!」
今日も使命を果たしたと言わんばかりにドヤ顔のアルテミス。
うん、だいぶセリフがかぶってたね。
「へ、へー。モデーラさんね、よろしく。それでこの美人さんは?」
「彼女はアルテミス。俺の従者です」
「従者?」
うん、テンプレだね。
「はい、偉大なる我が主、モデーラ様の手により生み出された従者です!」
アルテミス、満面のドヤ顔。
「へ、へー……」
すいません、こういう子なんです。
話題を変えよう。
「実は俺は……えーと、故郷を探す旅の途中なんですよ」
これなら嘘ではないと思う。
「へえ、そりゃどういうことだい?」
ヤークベイルは俺の話に乗ってきたので続ける。
「実は以前住んでいた場所からちょっとしたトラブルで遠くまで飛ばされてしまったので、帰る道を探しているんですよ」
「飛ばされたって?」
「その辺は、話すと長くなるので……」
「なるほどね、なんか手掛かりはあるのかい?」
「ええ、それがあるらしいというので、この町に来たんですよ」
「そうか。俺はこの町には過去に何度も来てるんだが、今回は手形をなくしちまってね。再発行待ちさ」
「手形、ですか」
「あぁ。一度審査を通ったら手形を発行してもらえるようになる。手形があれば以降は審査が簡略化されるんだ。便利だぜ?」
「なるほど」
簡単に取れるものなら俺も取っておくかなぁ。
「ヤークベイル殿、準備ができたのでこちらへ」
入国審査の事務員が顔を出して名前を呼んだ。
「ああ、俺だ。じゃ、また機会があれば」
「ええ、またどこかで」
ヤークベイルは立ち上がって背負い箱を持ち上げると、軽い挨拶とともに事務室の中に消えていく。
やがて辺りを照らしていた夕焼けが消えて夜の帳が辺りを包み始めた頃、紹介状を確認に行っていた事務員が戻ってきて俺たちは解放された。
その頃には入国待ちの列も消え、ゲートの格子戸はすでに降ろされていた。
「さて、まだ宿が取れればいいんだけどな」
この世界では日が沈めば一日が終わるらしく、通りには明かりもなく、そこに面した建物はどれも窓のよろい戸を閉めて閉じこもっている。
「飲み屋とかもさっさと閉めちゃうのかな」
「この辺りにはそう行った店はないのかも知れません。それらしい看板も見当たりませんし」
「なるほど、じゃあ音は聞こえないかい?人が集まって会話していたり、食器のなる音がしていたりするような」
「はい、モデーラ様。あちらの方に……」
と、そこでアルテミスが動きを止めて上を見上げる。
「どうした?」
「何か来ます」
「え?」
その瞬間、アルテミスが俺を守るように俺の前に立ちふさがった。
肩越しに見ると、どこから現れたのかわからない人影がいつの間にかそこに立っている。
ゆったりとしたローブを羽織ったその人物は、目深にかぶったフードの奥で一瞬笑ったような気がした。
と、通りの向こう側から何人かの明かりを持った集団が現れ、それとほとんど同時にローブの人影はジャンプして、建物の隙間を壁から壁へ三角飛びを繰り返しながら一瞬で屋根まで登り、消えていった。
「そこの二人!大人しくしろ!」
先ほど通りの向こうから現れた集団は、俺たちを目指して駆け寄ってくる。
この街の衛兵たちだろうか。獲物に
もちろん俺たちには覚えがない……というか、まあ多分さっきのやつだろうな。
「モデーラ様、お下がりください」
アルテミスは俺と迫りくる衛兵たちの間に立ち、突き出される
衛兵たちの手元に残ったのは先端を失ったただの棒だけになり、その一瞬の出来事に彼らは腰が引け気味になる。
「とりあえず、落ち着いてお話をしませんか?」
俺はアルテミスの背後から覗き込んで衛兵たちに申し出る。
「おそらくあなた方が追っていたやつは俺たちの目の前に一瞬姿を現しですぐに飛んで消えたあいつでしょうね」
衛兵の詰所まで案内された俺たちは、作戦会議室らしきところで大卓を前にして、衛兵たちに取り囲まれて座って話していた。
イナーサといいここといい、最近は何かとこういう人々に縁があるのかも知れない。
「飛ぶなんてそんな馬鹿な!」
衛兵の指揮官らしき人物……ダンバーレと名乗ったカイゼル髭を生やしたなかなかインパクトのある面構えの男……は唾を飛ばしそうな勢いで声をあげる。
「そうは言ってもあなた方が追いかけていた相手は屋根の上にでもいたんじゃないですか?そこから姿を消すなら、いずれにせよ空でも飛ばないことには」
「そ、それはそうだが……」
そこで俺の背後に立っていたアルテミスが口を開いた。
「私たちが見た相手はローブで全身を隠していましたが何か荷物を抱えていたように見えましたが、それはこの件に関係がありますか?」
アルテミスはよく見ているなぁ。
俺は気がつかなかった。
「それだ!そいつの特徴はわかるか?」
アルテミスは衛兵たちをかき分けて壁際まで歩くと、ナイフを抜いて壁に水平線を刻み、それを示しながら言った。
「おおよそですが身長はこのぐらい。細身の女性的体格で……」
線の高さは150cmほど。
次の一言はダンバーレたちを動揺させたようだ。
「そして従者です」
確かに彼らがイメージする従者の動きとは一線を画すものかもしれない。
だがアルテミスの言う通りだろう。あの動きは人間にはできない。
すると問題になるのは、あの従者のモデーラはだれかということだ。
ところで詰め所で話し込んでいるうちに、どこの宿屋も閉まってしまったので、俺たちはその夜を詰所で明かすことになった。
翌朝。
ダンバーレの要請で衛兵たちの調査に協力を要請された。
いや、俺たち予定があるんだけれども……。
昨夜の泥棒が盗み出したのは破壊された古い従者の右腕だそうだ。
街の富豪の一人で好事家のナガルザン氏のコレクションの一つらしい。
昨夜衛兵隊はそのナガルザン氏の屋敷に張り込んでいたそうだ……それは泥棒が事前に予告を出していたから。
泥棒というよりも、怪盗だな。
そして昨夜、予告通りに怪盗は現れ見事に盗み出して、まんまと逃げ果せた、と。
ダンバーレは「これで4回目なのに全く手がかりがない」とボヤいていた。
「アルテミスはどう思う?」
ナガルザン氏のコレクション部屋、つまり昨夜の犯行現場の検分をしながら聞いてみた。
「そうですね、まず一番気になるのは、なぜ従者の残骸などを集めるのかでしょうか」
「確かに気にはなるね。でもそれはその従者のモデーラがそう命じたからだろうね。つまりそのモデーラが残骸を欲しがっている、と」
「その可能性は高いと思います、モデーラ様」
「だとすると、そのモデーラが誰なのかが重要になる……」
「どうかなされましたか、モデーラ様?」
「何か理屈に合わないところがある気がしてきたんだ」
「と仰いますと?」
「残骸ってことはガラクタだよね。それを欲しがるのはなぜ?」
「珍しいものだから自慢をしたいのではありませんか?」
「そう思うよ。でもそんなものを自慢する相手って誰だろう?」
「それは……同じように従者の残骸を集めている人ではないでしょうか」
「だろうね。でもそうならば、この街には自慢する相手はいないということだよね」
「……同じように収集している好事家はそう多くはなく、盗んだものを見せびらかしていては、いずれ遠くなく被害者に話が伝わりすぐに捕まるということですか?」
「そう。自慢する相手はどこか遠いところにいる誰かだろうか?それなら一応理屈は合うけど……」
「同じ街で盗み続けるのが納得できないのですね。遠くの誰かに自慢できるのなら、その足でどこか別の場所へ行って、そこで盗めばリスクも低い」
「その通りだよ。だとすると残骸のもう一つの利用法を検討しないといけない」
「もう一つと言いますと?」
「残骸となった従者の復元、かな」
今まで盗まれた残骸のことを詳しく説明してもらうため、ダンバーレのところに出向く。
「何かわかったかね?」
「今のところは何も。それよりこれまでに盗まれたものについて、教えていただけませんか?」
ダンバーレは不思議そうな顔をする。
「構わんが、なぜだね?」
「怪盗の目的を確認するためです。集めた残骸で従者を復元しようとしているんじゃないかと思ったので、残骸の詳細を知りたいんです」
「……なるほど。それならば、すでに起こった事件の被害者の方々に直接聞くのが良いだろうな」
ダンバーレは早速三人の被害者と面会の約束を取り付けてくれた。
三人の被害者、コアール、マルヤネク、ハットールの三人はいずれもこの街の富豪で 妙なものを集めるのが趣味なのだそうだ。
そうした好事家仲間の間で、古い従者の残骸の収集が流行っているらしい。
ナガルザン氏を含めた四人が現時点での被害者だが、話をまとめるとそれぞれに収集して今回盗まれた部位はナガルザン氏の右腕、コアール氏の左腕、マルヤネク氏の右脚、ハットール氏の左脚と重複していなかった。
そればかりか詳しく聞いているうちにどうもその従者が同じ特徴を持っていることもわかった。
また話を聞く限り、彼らの持っていた従者の残骸はいくつかの珍しい特徴を持っていたそうだ。
つまりその造形は大きく破損しているものの、もともとは人間を緻密に象ったものだったらしいという。
「いよいよ犯人の意図が従者の復元にある可能性が高まったかな……」
「しかし本当に破壊された従者の復元などできるのでしょうか?」
「それは……わからない。従者が破壊されるのが人間の死と同義なら、できないのかも知れない。ただ、もしそれが不可能だったとしても、弔ってやりたいと思ったのかも知れないしね」
「……」
「アルテミス?」
「モデーラ様は、もし私が破壊された時は……」
「待った待った!そんなこと言うなよ、縁起でもない」
「……」
「……」
「……」
「わかったよ。そもそもそうならないように気をつけるし、万が一そうなった時は必ず復元する。約束するよ」
「はい!ありがとうございます!」
まあ、俺の従者たちを破壊できる存在がこの世界にあるかどうか、少し疑問ではあるけれど。
俺たちは再びダンバーレの元へ戻った。
「現物を見ることができなかったので断言はできませんが、おそらく盗まれた従者の残骸は同一の個体のものでしょう」
「とすると犯人はまさにその個体の残骸を集めているということか!」
「その可能性は高いですね。俺はこれから図書館へ行ってこようと思います」
「図書館?なぜ?」
「問題の従者が人に似せて作られているようだからです。そういう特殊なものは、どこかに記録が残っているかも知れない」
「な、なるほど……」
「もし犯人から再び予告状が届いたら知らせてください。それでは行ってきます」
さて、ようやく当初の目的の図書館へ来ることができた。
外から見た図書館はあまり見ない不思議な形状をしている。
これは大きな六角形の塔が寄り集まったような形状をしているんだろうか。
図書館の中に入ると巨大な六角形の建物は中央がさらに小さな六角形の吹き抜けになっていて、壁に沿ってフロアが作られているのがわかる。
各フロアは六角形の対面の壁につけられた二か所の階段で結ばれていて全部で三層が見える。
フロアは吹き抜けの六角形の各頂点に配置された柱に加えて各フロアに設置された巨大な本棚で支えられているようだ。
一階フロアの中央部分にはこれも六角形の事務スペースが設置され、その外周は受付カウンターになっていた。
カウンターにいた事務員に紹介状を見せながら尋ねてみる。
ゲーデリクの紹介状の宛先はこの図書館にいるハルツェンポルスとなっている。
「この図書館にいるハルツェンポルス氏に会いに来ました。イナーサの街のゲーデリク氏の紹介状もあります」
事務員は紹介状に目を通すと静かに言った。
「そちらのベンチでしばらくお待ちください」
俺たちが座ってしばらく待っているとゆったりしたローブを着た白髪の男が現れる。
「お客人とはあなたですかな?」
俺は立ち上がりなの
「こちらに御座すは偉大なるモデーラ様です!」
れなかった。
「なるほど、私は司書官のハルツェンポルスです。ゲーデリクの知人ということですが、本をお探しだとか」
「ええそうだったのですが……それとは別に衛兵隊に協力するため調べていただきたいことがありまして」
「ほう……聞きましょう」
俺は自分の探している空から落ちてきた男の手記と、人を模して作られた従者に関する記録について尋ねた。
「現状では、従者に関する記録を優先していただければ」
「わかりました……ふむ、いずれも興味深いですな。従者の方は……少しお待ちください」
ハルツェンポルスはしばらく席を外し、何冊かの本が並べられた手押し車を押して戻ってきた。
「こちらの本がそれになります」
「随分早いですね!?」
「実はここ二週間ほど同じように人を模した従者に関して調べておられる方がおりましてな」
このタイミングで……何か関係があるんだろうか?
「どんな人ですか?」
「背はそれほど高くない長い銀髪の若い女性です。」
「若い女性……」
「モデーラ様、その方は」
「ああ、多分そうだろう……ハルツェンポルスさん、その人が探していた本は見つかったのですか?」
「特に興味を持たれていたのがこちらの本のようです」
ハルツェンポルスは手押し車から一冊の本を取り、俺たちに差し出した。
タイトルは「ルーデングームの封じられた姉妹」。
本の内容も気になるが、これを読んでいた女性というのも気になってきた。
「図書館を張り込む!?」
ダンバーレが素っ頓狂な声を上げる。
「なんでまたそんなことを?」
「犯人の関係者が来るかもしれないからです」
「かもしれない、ではなぁ」
「来ないならばそれでいいんですよ。でも現状手掛かりが全くないわけですから、わずかな可能性でも見過ごすべきじゃないと思うんですよ」
「……まあこちらとしては一目撃者でしかないあなた方に協力を要請している立場ですからね……」
「ご理解いただけて何よりです。ではそういうことで」
ハルツェンポルスにお願いして図書館内の事務室で待機する俺とアルテミス。
件の女性が本を読みに来たら知らせてもらう手筈を整える。
果たしてくるだろうか……。
どのくらいの時間がたっただろう、事務室のドアがノックされた。
ドアを開けて入ってきたハルツェンポルス。
「来ましたぞ」
彼は声を潜めて言った。
俺とアルテミスは立ち上がる。
まずは話を聞くところからだ。
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