次なる道標
「海竜の子供は船着き場の倉庫の一つに捕らわれていました」
リポルタが何を企んでいたのかはアルテミスから手短に説明してもらった。
海竜の子供はリポルタの持っている倉庫に捕らわれていたそうだ。
それを発見したところにリポルタが手下を引き連れて現れ、ひと悶着あったらしい。
その時リポルタの語ったところによれば、海竜の子供を使って親海竜を呼び寄せたのだそうだ。
海竜の住み着いた河では船舶による運送は行えない。
商人であるリポルタがなぜそんなことをしたのか。
リポルタは実は利益を上げるために商品そのものよりも流通を抑えようとしたらしい。
船舶による運送を妨害する間にやつは陸運で業界に食い込むつもりだったのだ。
ヒューイに興味を持ったのもその関係なのだろう。この世界では空輸ができるなら流通の独占も可能かもしれない。
それにしても、そんなことを語って聞かせるなんてなんとも律儀な悪党ぶりだ。
しかしだとしたら一人でそんなことが全てできるだろうか?
「アルテミス。リポルタの商館に最初に入ったとき、リポルタと一緒に出てきた連中を覚えているかい?」
「はい、覚えております」
「そうか。じゃあ今後あの連中を見かけることがあったら教えてくれるか」
「畏まりました。モデーラ様はあのときの方々が今回の件に関わっているとお考えなのですね」
「たぶんね」
「どういうことですかな、モデーラ殿」
「リポルタが力のある商人だったとしても、一人で何もかもをやっていたと考えるのは不自然かなと思ったんですよ。商人であるリポルタが海竜の子供なんてそう簡単に入手できるだろうかなと。そいつらを見たのはたまたまなんですが、なにか関係があるのかもしれない」
「ふむ、この件にはかなり深い部分があるとお考えか。本当の敵は内にある、ということですな。なんとも厄介な……」
そう。あの街には何人かのリポルタの協力者が潜んでいるということだ。
ゴングが海竜を曳航して湖の河口に到着したのはそれから一時間ほど後だ。
ヒューイの吊していた檻をアルテミスが開けると、海竜の子供は待っていたとばかりに湖へと飛び込んだ。
気絶した親海竜に寄り添う海竜の子供の鳴き声はどことなく不安そうに聞こえる。
親海竜がなかなか目を覚まさないのを遠目で見ていて少しヤキモキする。
もしかしてやりすぎただろうか。実はすでに死んでいたりとか?
「モデーラ様、ご心配なく。海竜の心音は確認できいます」
ゴングがそう教えてくれるが、目覚めてくれるまでは安心できそうもない。
「モデーラ様、海竜が動き出しました」
ゴングの言葉にはっと顔を上げると、今まで湖を漂っていた海竜が動き出す様子が見えた。
海竜の子供がその周りを泳いで存在をアピールしている。
「あとは揃って海へ戻ってくれれば……」
海竜たちが互いに発する穏やかな声が聞こえてくる。
やがて海竜の親子は下流へ向かって泳ぎ始めた。
「これで一安心ですね」
俺は胸をなでおろす。
しかしロスガノスはそうでもないようだ。
「ええ。ですが直ちに街へ戻り、片付けなければならないことがありますな」
その通りだ。
俺たちはすぐに踵を返しイナーサの街へ向かった。
ロスガノスは直ちに人を集めてリポルタの屋敷と商館へ押しかける。
だがそこはすでにもぬけの殻で、残っていたのは事情を知らない僅かな使用人や日雇い人夫だけだった。
ロスガノスの事情聴取によると、リポルタは負傷して屋敷に戻ってきたそうだ。
……どうもアルテミスがリポルタと遭遇したときになにかしたらしいが、この件はあまり深く追求しないでおこう。
その後、リポルタは心配する使用人たちをよそに、まるでいつもの商談にでも出かけるように従者車……従者に引かせた馬車のような乗り物……で立ち去ったということだ。
屋敷を家探しする警備隊の報告でリポルタの
いよいよ悪役らしい。
アルテミスがあの時リポルタと会談していた連中の似顔絵を描いてくれた。
あの場所にいたのはリポルタ以外に全部で六人。
うち二人の所在は確認でき、聴取にも応じたが知らぬ存ぜぬで何も出なかった。
あの場に居たというだけでは証拠不十分で逮捕もできそうにない。
三人はこの街の人間ではなく、すでに去ったあとだった。
そして最後の一人は……。
「こいつはちょっと手が出ないな……」
悔しそうに歯噛みするロスガノス。
「どうしたんですか?」
「この似顔絵の人物、まず間違いなく貴族のノーティアム卿なのですよ。ただ彼はこの街を取り仕切る貴族院のメンバーの一人なので、証拠がこの似顔絵だけではどうにもならない。下手にことを起こせば、それこそ命すら危なくなる」
命まで取られてはたまらない。
とはいえ野放しにしてはまた厄介ごとが起こるかもしれない。
なんとももどかしい話だ。
そしてそんなところにまでコネを持つリポルタはかなり大物だったらしい。
リポルタのその後の足取りを掴むことは残念ながらできなかった。
そもそも街をまたいでの捜査網を敷くような警察機構はこの世界には存在しないらしく、周辺へはアルテミスの描いた似顔絵に基づく警告を発するにとどまることとなる。
ロスガノスは手を尽くそうと躍起になっているが、結果が出せそうにないことも自覚しているようだ。
そういえば、ヒューイの調査に現れた学者の老人、ジュラングと言ったっけ……も姿を消したらしい。
ジュラングがこの件に関わっているとしたら、一体彼は何をしたのだろう?
ただの偶然ならいいのだけれど、どうにも胸騒ぎがする。
そうやって三日が慌ただしく過ぎていった。
リポルタの屋敷が押収されてしまったので、俺たちは宿を取りそちらに移ることになった。ヒューイは残念ながら同じ宿に泊まることはできなかったので、警備隊に提供してもらった荷物置き場のスペースに置くことになった。
俺たちは海竜から街を救った英雄としてどこへ行っても歓迎され、顔見知りもできた。
海竜の動向を監視していたヒューイからそれらが海へ出たことが報告されると、今回の事件も一つの区切りを迎えることになった。
俺は一つの懸案を解決するために、街の大学を訪ねた。
「なるほど……少し時間はかかるかもしれませんが、調べてみましょう」
大学の図書館で司書官を務めるゲーデリク氏。
ゆったりとしたローブを着て、口の周りに白いひげを蓄えた様子は魔法使いのようにも見える。
リポルタの言っていた「空から落ちてきた異世界人の手記」について聞いてみると、彼はその調査を快く引き受けてくれた。
ここにその手記があればいいが、なくても所在の手がかりが得られるかもしれない。
もちろんあのリポルタの言ったことだ、俺の気を引こうとした口からでまかせということもあり得るが、今の所俺に残された手がかりはそのくらいしかないのだからまずはそこから手を付けることにしよう。
そんな事を考えながら俺は大学を後にした。
ロスガノスたちの警備隊詰め所に顔を出してみると、神妙な面持ちで会議をしていた。
今回の事件には彼らとしても考えるべきことはたくさんあったのだろう。
彼らは言ってみれば警察と軍隊の中間のような組織で、害獣への対処に当たることもあれば、犯罪の捜査にあたることもある。
今回はその両方が同時に発生したわけで、おそらく前例が殆どなかったのだろう。
「目の前で行われている犯罪に対処するだけで良いというわけには、今後は行かないのかもしれません」
だがそういうのはこの街の行政などに働きかけ新しい組織を作るなど、個人では手に余る。
そして今回はそうした犯罪において、通常では想定できないような相手と戦う必要性が出てくることも示唆されてしまった。
「そこでモデーラ殿にはお願いがあるのですよ」
「お願い、ですか」
「モデーラ殿の見識を我々警備隊にお貸し頂きたい。海竜と戦える程のものでなくとも、きっと貴殿なら有用なものをお作りいただけると思っております」
たしかに今後のことを考えるとほぼ人力だけの今の警備隊には不安がある。
何より乗りかかった船だ。不安を残して旅立ちたくはない。
ロスガノスの提案に応じて、俺は新しい従者を考案することになった。
この世界の人々が新しい従者を考案できない理由は簡単に言えば「従者とはこういうものである」という先入観があるためだ。
それを取り払うのは簡単ではないが、いくつかの見本を見せてやれば、それを真似たものを作ることはできる。
これはキュランナの村の村長がやったことで証明済みだ。
だから俺がするべきなのは俺のイメージするものを彼らに見せてやることとになる。
ただし模型に戻したゴングを見せても彼らには同じように作ることができなかった。
彼らには模型という概念があまり根付いていないようで、実際のものを縮小して作るということがとにかくできなかったのだ。
そのため彼らの作った従者は作られた時の大きさのままで動き始めることになってしまうのだ。
そこで俺は原寸で作ることができるサイズで、様々な状況に対応できそうな従者のデザインを考えることになった。
水上での移動能力と共に陸上でも運用できるようにするには……。
基本的なコンセプトを固めると、街の船大工たちの元を訪ねて図面を起こす。
そして最初の試作品が完成する頃にはまるまる二日が経っていた。
街から離れてこっそり能力の検証を行う。
新しい従者は期待以上の能力を発揮してくれた。
そして依頼されてから四日後、いよいよお披露目を行うときがきた。
ハイドロランナーと名付けたその従者は、水上バイクの形状を参考にしたデザインだ。
人が乗れる胴体部には左右のエンジンポッドと二本のハンドルが出ていて、パイロットは胴体の上に立って、ハンドルを握って操縦することになる。
お披露目の席ではアルテミスにパイロットをやってもらった。検証した時に俺ではすぐに振り落とされ、うまく扱いきれなかったからだ。
アルテミスが駆るハイドロランナーは素晴らしい速度で波を蹴立てて湖面に線を引くように疾走する。
その姿に見物していた警備隊の面々が歓声をあげた。
その速度もさることながら、機敏な旋回性能もみんなを大いに沸き立たせた。
そしてフィニッシュに水上からジャンプすると同時に空中でハンドルを腕に、エンジンポッドを足にした人型に変形して、アルテミスと共に桟橋に着地を決める。
「モデーラ殿、素晴らしいですな!」
ロスガノスが賛辞を送る中、警備隊員たちが順番にハイドロランナーの試乗をする。
最初は扱いきれずに振り落とされていた彼らも、じきにコツを掴み自在に操ることができるようになっていた。
お披露目と試乗会の中で出てきた改善点を船大工たちと共有して図面に修正を加えると、早速製造に取り掛かってもらう。
最初の製造分の五機が引き渡されたのはそれから三日後。
これで製造から運用、改良のサイクルができたことになる。
俺がこの街を離れても、そのサイクルが続けられれば今後も大丈夫だろう。
それは俺がここを離れる準備ができたことを意味していた。
「大学間で共有している蔵書の目録がありましてな」
アルテミスと一緒に再び大学の図書館に出向くと、ゲーデリク氏が書類の束を持ってきて積み上げた中から一枚を取って俺の前に置いた。
「そうした中から可能性のありそうなものを抽出してみました」
「つまりリポルタの言っていた手記は実在するということですか?」
「断定は……できません。著者名やタイトル、書かれた時期などが判明すればより絞り込むことはできるのですが。しかし特徴が合致するものがいくつかありました。それとその著者で絞り込んだものがこちらになります」
数枚の書類を渡されて目を通す。
そういえばこの世界に来た当初、日本語が通じたのも驚いたけれど、文字が読めるのもなんとも不思議な話だ。
「これに書かれた収蔵先の図書館を当たれば、見つけられるかもしれない……」
「そのリポルタという人物が言っていたことが事実ならば、可能性は高いと思います。それに……」
「それに?」
「その手記が好事家の元などに渡っていたとしても、こうした図書館を巡ってみれば噂の一つも聞くことができるかもしれません」
「なるほど……」
手がかりが何もないよりはましとはいえ、かなり分が悪そうな気はしてきた。
だが今はこれを信じて辿るしかない。
「とりあえずの目的地としてこのミーヤクーダが良いでしょう。そこの図書館には友人がいますので、彼に話を聞くとよいでしょう」
そう言ってゲーデリク氏は紹介状をしたためてくれた。
「わかりました。ありがとうございます」
俺達は大学を離れると、次にヒューイのところに顔を出した。
「よう、モデーラさん。お出かけかい?」
「ああ、次の目的地が決まったよ」
「そいつは良かった!ところでお客さんだぜ」
客?俺に?
辺りを見回すがそれらしい人影はない。
「どこにいるんだ?」
「俺っちのローターの上さ」
なんだって?上を見上げるとそこにはやけにカラフルな鳥が一羽止まっている。
あれはオウムのようだ。
これがお客さん?ヒューイの冗談だろうか……?
「モデーラ殿、お久しゅうございます」
突然鳥がしゃべり始める。
「モデーラ様、あれはクルカ村長の声かと思います」
アルテミスが気がついて俺に言った。本当だ、確かにクルカ村長の声だ。
あれからどれほど経ったわけでもないが、ずいぶん懐かしい気がする。
「キュランナ村のクルカです。御息災でありましょうか。今日はほんのご挨拶に上がりました。この鳥は私の新作でしてな。モデーラ殿のように自分の意思でしゃべらせることはまだ私には難しいようですが、言葉を覚える鳥を象ることで伝言を伝えさせることができるのではないかと考えましてな」
ああ、なるほど。これは録音なんだな。
「この鳥は
なるほど、村長も考えたもんだ。
それにしてもやはりあの人は器用だなぁ。よく見てみても本物のオウムにしか見えない。
「足に取り付けた通信筒に入れていただければ、小さなものや手紙なども運ぶこともできるはずです。……ふむ、
獣人たちとの関係も良好なようでなにより。アミカもよくやってくれているようだ。
「……さて、お話はこんなところです。実のところ特別な用向きがあったわけではございませんでな。もし差し支えなければ、旅の話などを聞かせていただければと思います。それではこの辺で失礼させていただきます」
伝言を伝え終わると
「そうだな……それじゃあ
俺は旅の様子を
「あの村長さんもやるもんじゃないか」
ヒューイが楽しげに言った。
もしかした世界の片隅みたいな小さな村から変革が始まるかもしれない。俺はそんなことをふと思った。
「ところでモデーラさんよ、何か用があったんじゃないのかい?目的地が決まったって言ってたよな」
そういえばそうだった。
「うん、次の目的地が決まったから、出発の準備をしようと思ってね」
「そうか。まあ俺っちらは流れものだからな。地面に根を張っちまう前に離れるのが正解だと思うぜ」
確かにそうかもしれない。
「これはモデーラ殿、いかがなされましたかな」
警備隊の詰め所へ向かうとロスガノスがいた。
「実は……挨拶に来たのです」
「そう、ですか……」
ロスガノスは少し考え、そして言った。
「船着き場へ行ってみませんか」
船着き場から見える湖では警備隊員たちが新型従者での訓練をしていた。
それを指差しながら、ロスガノスは語る。
「御覧ください、あの新しい従者は素晴らしい性能です。従来の帆掛け船とは比較にもなりません」
「それは……どうも」
「使いこなすには時間がかかりそうですが、それでも我々は確実にやり遂げて見せるでしょう」
ロスガノスとはここしばらく一緒にいることが多かったが、いつも厳しい表情をしていた。
それが今まで見なかったような優しげな笑顔をしてた。
「モデーラ殿、貴殿から我々は形の有無に関わらず多くのものをいただきました。我々はそれを活用し、より良い明日を築くのに使わせていただきます。貴殿が示してくれた道標は我々の希望となるのです」
ロスガノスは振り返り、手を差し出した。
「あなたの旅はあなた自身のためにあります。ですが、その道中には多くの道標を求めている人々がいるでしょう。私達のことは心配なさらず、進んでください。実り多き旅になるよう、祈っておりますよ」
俺とロスガノスは固く握手を交わした。
「さあ乗った乗った!乗り遅れたらおいていくぜ!」
ヒューイが相変わらず陽気にまくしたてる。
俺とアルテミスはヒューイに乗り込むとコックピットに並んで座る。
エンジン音が高まりローターの回転数が次第に上がっていく。
ヒューイの周りを取り囲む多くの人々は皆一様に穏やかな笑顔で手を振っている。
やがてヒューイが舞い上がると、歓声が上がった。
見送る人々がみるみる小さくなっていく。
「じゃあヒューイ、まずは川を下ってくれ。目指すはミーヤクーダだ」
「了解、モデーラさん!」
次なる道標を目指して。
<< つづく >>
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