水の魔神誕生

 ペンメルの目的地は港からほど近い商館だった。


「荷運びのペンメルだ。リポルタさんはいるかい?」


 ペンメルは正面玄関からズカズカと入っていくと挨拶らしい挨拶もなく要件を切り出した。

 俺とアルテミスもそれに続く。


 商館に入るとそこは広いロビースペースになっていて、奥のカウンターに事務員らしき男性が座っていた。

 事務員は立ち上がってペンメルのそばにやってくる。


「ようこそペンメル様、リポルタはただいま取り込み中でございまして、しばらくお掛けになってお待ちいただけますでしょうか」


「そうかい?せっかく急いで来たのにな。まあそっちの都合じゃ仕方がない、待たせてもらうよ」



 20分ほど待ったところで身なりのいい男たちが数名、ロビー奥の階段を降りて現れた。


 そのうちの一人を受け付けの事務員が呼び止める。

 呼び止められたのは人の良さそうな背の高い紳士だ。体格は良いが肉体労働者というよりスポーツなどで鍛えた風に思える。


 事務員は俺たちを示しながらしばらく男と話していた。

 すると男はこちらを見てうなづき事務員に指示を出したようで、事務員はカウンター奥のドアに消えた。


 そして男は足早にこちらに近づきペンメルに話しかける。


「やあペンメル、今回は早かったのですね。あと二日はかかると思っていたんだが」


「どうもリポルタさん。今回は幸運に恵まれてね」


「ほう、幸運……ですか。……ところでそちらのお二人は?」


 それに答えて俺が名乗ろうとするよりも早く、アルテミスが割り込む。


「こちらに座すは偉大なるモデーラ様にございます。そして私はその第一の従者、狩の神の名を戴いたアルテミスにございます。以後お見知り置きを」


「ほう?モデーラ殿、ですか。それに……従者?」


「まあその辺はおいおい……とりあえずはよろしくお願いします」


 俺はとりあえずリポルタに握手を求めて手を差し出す。


「ふむ……いえこちらこそ」


 リポルタは快く握手に応じてくれた。

 そしてペンメルのほうを見る。


「それはそうとペンメル、頼んでいた荷物ですが……」


 ペンメルは荷物から分厚い封書を取り出す。


「こいつだよ」


 ペンメルの持つ封書をリポルタは一瞥する。


「ふむ、なるほど。確かにユークド商会の封蝋ですな」


 ちょうどそこへ先ほど奥に引っ込んでいた事務員がお盆の上に小さな包みを押せて現れた。


「では、約束通り15パーツです」


 リポルタは荷物を受け取ろうを手を差し出すが、ペンメルは封書を引っ込めてしまった。


「おいおい、商人が情報の早さの意味がわからないわけじゃないだろ?こっちは予定より三日も先んじたんだぜ。もうちょっと色をつけてもらってもいいんじゃないか?」


「ふむ。では17で如何ですか?」


「25は貰わないとな」


「それは法外だ。18でどうです」


「どうせその百倍は儲ける算段だろ?23だな」


「とんでもない、この商売がそう都合よく行くものですか。19、これ以上は難しいですね」


「他の買い手を探すことだってできるさ。隣の儲けはあんたの損失だろ?22だね」


「その情報が役に立つか否かは、ふたを開けるまでわからないのですよ。であればそれは賭けだ。繁盛の秘訣は賭けに乗らないことです。20、どう頑張ってもこれ以上はありません」


「賭けをしないための情報だろ?儲け損ねて泣くのか、損をして泣くのか。どっちにしろこれがなけりゃ泣くことになるんだ。21、これ以上は下がらないよ」


 双方しばしの沈黙。

 口を開いたのはリポルタだった。


「負けましたよ。ただしこの次もこちらの仕事を優先で受けていただきますからね」


「ヘヘッ、毎度!」


 リポルタが事務員に耳打ちすると事務員は再び奥に入って追加の包みを持ってきた。

 ペンメルはその包みと引き換えに封書を引き渡す。

 包みを開いたペンメルは俺の方に向き直って中身を数え始めた。

 それは金色をした小指ほどの長さに細い枝ほどの太さの棒だった。

 どうやらこれが通貨のようだ。


 ペンメルはその中の3本を取り出すと俺に渡して言った。


「あんたの取り分はこんなもんでいいだろ?」


 せっかく頂いたけれども、この世界での相場というものがわからないなぁ。


 一方のリポルタは封書を開き中身を確認すると一瞬目を細める。


「確かに受け取りましたよ。それにしても今回はずいぶん早かったではありませんか。あなたの言う幸運とやらについて教えていただけますかな」


「今回予定より早く着いたのは、このモデーラさんのもう一人の従者のおかげさ。なんといっても空を飛べるんだからな」


「ほう、空を?」


「それに今湖に入り込んでいる海竜を追い払ってみせたんだ」


「なんと!それは本当ですか?」


 それまでの話は緩くスルーする感じだったリポルタが、この話には強く食いついてきたようだ。


「興味が湧いてきましたな。もしよろしければモデーラ殿、あなたの従者を見せてはいただけませんか?」







 俺たちはリポルタを連れて船着場へ向かう。


 その途中、ペンメルは次の届け先に向かうために俺たちと別れた。


「それじゃああたしは行くよ。今回は本当に助かった。またどこかで会う機会があればいいな!」


 それだけ言うとペンメルは従者を引き連れて去って行く。


「ああ。またどこかで」


 ペンメルの背中を見送りつつ、また会うことなんてあるだろうかと考える。

 この世界がどのくらい広いのか、俺は全然知らない。



 船着場では人垣はさすがに消えていたがそれでもまだ数人が興味深そうにヒューイを見ている。


「彼がヒューイです」


 リポルタは初めて見るヒューイを不思議そうに見ていた。


「これは……荷車……いや、車輪がないな。ソリのようにも見えるが……それに上についている巨大な板は……」


 リポルタが独り言のように感想を漏らしているとヒューイが声をかけてくる。


「よう、おかえりモデーラさん。また新しいお客さんかい?ずいぶん身なりがいいが、遊覧飛行でもご所望かい?」


 突然喋り始めたヒューイにリポルタは辺りを見回し声の主を探した。


「今のは……?」


「俺っちはヒューイ。人呼んで風のヒューイだ。あんた、自分の目が信じられないなら、触ってみてもいいぜ。大丈夫、今日のところはお代はサービスだ」


「これが従者であるかどうかを置いても、喋る従者など……」


「中をご覧になりますか?」


 俺はヒューイのキャビンのドアを開けて、中に入るようリポルタに促した。

 リポルタは促されるまま恐る恐る足を踏み入れる。


 中に入ったリポルタは機内を見回して誰もいないことを確認した。


「確かに誰もいないようですな……」


「いっただろ?俺っちは俺っちなのさ」


「君は……空が飛べるのか?」


「ああ、もちろん。風のヒューイの通り名は伊達じゃないぜ」


「実際に飛んで見せてくれることは……」


「そいつは我がモデーラさん次第さ。それに飛ぶにしたってそのあとのことも考えなきゃな。飛んだらいつかは降りなきゃならない。だが降りるためにここがいつまでも使えるとは限らない」


「なるほど、では場所は我が商館に用意しましょう。それでよろしければ、飛んでみていただきたいのですが、どうですかな?」


「そうですね。いつまでもここに置いておくわけにもいかないとは思っていましたし」


 それを聞いたリポルタは腰につけたポーチから紙とペンを取り出すと何やら書きつけ、さらにポーチから取り出した細長い小さな金属筒に細く巻いて収める。

 そしてそれを手近にいた港湾労働者の少年を呼び止めて駄賃とともに手渡すと自分の商館に届けるように言った。


 少年を見送るとリポルタは俺たちを振り返る。


「準備はできました。行きましょうか」




 初めてヒューイに乗ったリポルタの反応はペンメルと似たようなものだった。

 慣れないうちは事あるごとに大騒ぎだったが、余裕ができてくると外の景色を見てしきりに唸っている。



 しばらく遊覧飛行を楽しんだ後、リポルタの商館へ向かう。


「あそこへ降りてください」


 リポルタは商館の裏を指し示す。そこは荷物が山積みされた荷物置き場になっていて、その一角がヒューイの着陸にちょうど良い広さで開けられていた。



「いや、実に素晴らしい!!」


 ヒューイから降りたリポルタは芝居掛かった仰々しさで話し始める。


「空を飛ぶ従者などかつて誰も考えつかなかったものをモデーラ殿はよくぞ作り出された!実に素晴らしい仕事です。何よりこれには未来がある!」


「ま、まあそうかもしれませんね」


 俺としては市販のプラモデルを組み立てたにすぎないのだけれども……まあ褒められて悪い気はしない。


「さぞや多くの苦難を乗り越えられた事でしょう。ぜひ詳しく聞かせていただきたいものです」


 リポルタは俺にずいと顔を近づけると満面の笑みを浮かべる。


「如何でしょう?我が家に食客として、止まっていただけないでしょうか!?」


「いや、俺は……」


「何かご予定がございましたか?」


「実は俺、元いた世界へ戻るための旅の途中でして……」


「元いた……世界、ですか?」


 リポルタもさすがに異世界の話をされても理解はできないだろうなぁ。


 だがリポルタの答えは予想と全く違った。


「その話、もっと詳しくお聞かせ願えませんか?もしかしたら力になれるかもしれません」




「昔、古い本を読んだことがあります。具体的にどのような本だったかは……。記憶に残っているのは何十枚かの紙を紐で綴った簡素な作りのもので、ただ、大変古い本だったことだけです」


 商館に隣接して建てられたリポルタの屋敷で昼食に招かれ、その席でリポルタは語り始めた。


「その本はある男の手記でした。その男は自分をとても遠いところから来たと記していました」


 思い出しながら話を続けるリポルタ。


「その男がどこから来たのかはよくわかりません。当時の私には理解できなかったのかもしれません。ただ一つだけ印象に残っていた言葉が」


「それは?」


「その男は自分を空から落ちてきたとしていたのです」


 娯楽の少ないこの世界で異世界モノのフィクションが存在するとは思えない。

 俺がこの世界に来た時にも落下したような記憶がある。

 ならばリポルタの読んだ手記というのは事実だろうか。

 その手記を詳しく調べることができれば、手掛かりを得ることができるかもしれない。



 食後、使用人に部屋へ案内される。

 広い部屋、高い天井、豪華なシャンデリア、天蓋付きの大きなベッド、高級そうなソファーセット、快適にものを書けそうなライティングデスク、専用のバストイレ付き。

 俺が今まで宿泊した一番高級なホテルの部屋でも、この豪華さの前にはウサギ小屋だなぁ。


 リポルタが俺を食客として招くと言っていたのは本気らしい。

 が、そうなると問題は目的だな。

 伊達や酔狂でどこの誰ともしれないヤツをここまでして囲うわけがない。


 リポルタの興味を引いたのがヒューイだとすれば、当然彼が欲するのは空を飛べる従者だろう。

 商人としてもそれは妥当なことだと思う。

 問題は……ヒューイをもう一つ作ることができそうにないってことだよなぁ。

 この世界には模型店なんてないだろうし、ましてやミリタリースケモなんてあるはずもないし。


「モデーラ様」


 ソファーに座って考え込んでいる俺の傍らに、アルテミスが立っていた。


「どうしたの?」


「何か思いつめた表情をなさっておいででしたので……」


「ああ、うん……大丈夫だよ。それよりも立ちっぱなしだと落ち着かないよ。座ったら?」


「では、失礼します」


 アルテミスは俺の隣にぴったりとくっついて寄り添うように座る。

 ……うん、そういうことじゃあないんだけど……まあいいか。


「もしよろしければ、お話しくださいますか?私では役に立てずとも、言葉に出せばお考えをまとめられるかもしれません」


 まあそうかもしれないな。

 俺はさっきまで考えていたことをアルテミスに話してみた。


「そうですね……リポルタ様の真意を確認する必要はあるとは思います。モデーラ様の御推察は確度が高いように思いますが、それ以上の何かを企んでいる可能性もありますし。いずれそう遠くなく何らかのアプローチはあると思いますが」


「やっぱりそう思うよね」


「でもいざとなったら逃げてしまわれるのが良いかと。何があってもモデーラ様は私たちが必ずお守りいたしますので!」


 アルテミスはそう言って微笑む。

 きっとアルテミスもヒューイもその言葉通り、俺を守ってくれるんだろうな。


「ありがとう……そういえばもう一つ問題があったなぁ」


「それは?」


「海竜だよ。俺たちに関係はないといえばそうなんだけど、関わった以上助けたい」


 アルテミスは再び微笑む。


「モデーラ様の成したいように」


「そうだね……よし!」


 俺はソファーから立ち上がる。

 たぶん俺には頭よりも手を動かす方が向いているんだ。




 商館裏に駐機していたヒューイは俺がきたことにすぐに気がついた。


「ようモデーラさん、ここは遊び相手も見物人もいなくて退屈だね」


「それはすまなかったね。ちょっと荷物を取りに来たんだ」


「そうかい、そいつは残念だ」


「悪いけども明日まで待ってくれないか?明日にはきっと君が必要になる」


「おお、そうかい!モデーラさんよ、一体何をやらかす気だい?」


「海竜と、リターンマッチさ」




 屋敷の部屋に戻ると早速テーブルにキットを広げる。

 組み立てるキットは四十年以上派生作品が作られ続けているTVロボットアニメシリーズの初代作品に登場した水陸両用ゴングだ。

 このアニメシリーズは同一のメカについても繰り返しリファインされたりして様々なキットが販売されているが、今回のゴングはメーカーがマスターレベルとカテゴライズしている内部構造まで再現された1/100スケールのシリーズになっている。


 パーツ数が多く詳細なディテールや多彩なギミックの再現で高い評価を受けているシリーズだが、造形に対する解釈によってはやり過ぎ感もたまにある。


 ゴングは作品の中では敵方のメカとして登場しているが、初登場で主人公機を圧倒してみせた活躍やパイロットのセリフが印象的で、今でも人気のあるメカになっている。


 しかしこれ、設定が概ね人型をした身長17.8mとヒューイよりもはるかに大きなメカなので、契約時には屋外へ持ち出さないとなあ。




 黙々と組み立て中。




 しかしこのキットは精密なだけにゲート処理も丁寧にやらないと、ちゃんと組み立てられなかったり動かなかったりするから大変だ……。


「モデーラ様」


 組み立て作業の途中でアルテミスが肩に手を置いた。


「ん、どうしたの?」


「お食事の時間だそうですが、いかがいたしますか?」


 窓の外を見ると、日が落ちて薄暗くなっている。


「あれ、もうそんな時間か」


 少し考える。

 今はまだキリが良くないなぁ。


「ちょっと待って、左手首まで組み立てちゃうから」


「かしこまりました……お食事をここに運びましょうか?」


 パーツをニッパーで切り離しながら答える。


「うーん、そうだね。そうしてもらえるかな」




 組み立て再開。


 アルテミスが運んでくれた食事をつまみながら作業を続ける。


 組み上がった頃には空が白み始めていた。

 完成したゴングはなめらかな卵型のボディに手足が生えたようなデザインだ。

 足の裏には水中用の推進装置があり、短時間の飛行を可能にするブースターを装備している。

 手は伸縮可能で指は鋭く頑丈な爪になっている。


「よし、これで……」


 おっと危ない。またうっかり呪文を唱えてしまうところだった。

 この部屋がいくら広いといっても、こいつには狭すぎる。


「完成したのですね」


「ああ、そうだ。こいつは大きいから街から少し離れたところまで行って、そこで契約しよう」


「かしこまりました」


 アルテミスが荷物を片付けている間に俺はソファで一休み。


 しかし結局徹夜しちゃったなぁ……。




「お目覚めですか?」


 すぐそばでアルテミスの声がする。


「……?」


 俺はぼんやりした頭で周囲を見回す。

 いつのまにか毛布をかけてソファで横になっている。

 俺の頭の下にはアルテミスの膝枕……。


 飛び起きようとする俺をアルテミスの手が優しく押し留める。


「お疲れのようでしたので」


 まあ確かにそうだ。


「今は何時?」


「屋敷の使用人達が朝食の準備をしているようです」


「そうか……」


「お出かけはお食事の後がよろしいかと」


「そうだね」


 俺はアルテミスの柔らかい太ももからゆっくりと起き上がる。


 部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「お客様、お食事の準備が整いました」





 屋敷の食堂へ出向くとリポルタはすでに食卓について食べ始めていた。


「おはようございます、モデーラ殿。昨夜はよくお休みになられましたかな?」


「おはようございます。いえ、徹夜でちょっと作業をしていたもので……」


「ほう……?何かをお作りでしたかな?」


「ええ、まあ」


 俺が席に着くとアルテミスはその斜め後ろに立った。


「アルテミス殿は、お食べにはならないのですか?何かお気に召さないことでも?」


 リポルタの問いにアルテミスが答える、


「いいえ、リポルタ様。昨日申し上げた通り、私はモデーラ様に作られた従者ですので」


「なんと……?これは失礼、てっきり何かの冗談とばかり……」


「いいえ、気にしておりません。何より私が人間に見えるというのは、我がモデーラ様への賞賛であると思っておりますから」


「しかし……アルテミス殿は本当に人間にしか見えませんな……モデーラ殿、いったいどのような技でお作りになられたのですか?」


 この質問も何度目だろう。答えにくい質問第1位だな。


「いえ、これは……」


「……」


 リポルタは俺の答えをじっと黙ったまま待っているが、俺もつい押し黙ってしまう。


「……」


「……ああ!なるほど、何か秘密の技でおいそれと人に話すことはできないのですな。さもありなん。私も思慮が足りませんでした、どうかご容赦を」


 リポルタは俺の沈黙を都合よく解釈してくれたようだ。

 とりあえずほっと胸をなでおろすといったところか。


「いえ、気にしないでください。こちらこそ失礼を」


「ところで……」


 リポルタが話題を変えた。


「モデーラ殿は今日は何かご予定はありますかな?」


 今日の予定は……。


「ええ、実はこの後、少し出かけようと思っています」


「ほう、どちらまで?」


「街の外へ出て、湖のほとりまで。まあすぐに戻る予定ですが」


「湖まで……?」


 リポルタは少し不思議そうにしている。


「それは何のためでしょう?いや失礼、海竜の件はまだ方が付いていないようなのに、湖に不用意に近づくのは良くないと思いまして」


「ええ、実はそれに関係あることなのです」


 そういえばリポルタは商人なのに、海竜の件で困っている様子がないな。何故だろう?

 商人である以上商品の出荷や入荷が滞っては困るはずだけど。


「ほう、それはどんな?」


 リポルタがやや身を乗り出してくる。


「それはまあ……見てのお楽しみです」




 朝食が終わると早速部屋に戻り、荷物を持ち出してヒューイのところへ。


「おはよう!モデーラさん!……その顔は、何か始めようってところかな?」


 朝から陽気なヘリコプターは意外と鋭かった?


「おはようヒューイ。本当にそんなに顔に出ているかい?」


「ああ、最高にワクワクって感じさ!それで俺っちのところに来たってことは、どこかへ飛びたいってことだろ?どこがお望みだい?モデーラさんの命令なら、地の果てだって飛んでいくぜ」


「ありがとう、でもそんなに遠くじゃないよ。湖の水辺で適当な広さの空き地までだ」


「それはまた控えめな命令だな。だが俺っちは完璧にやり遂げてみせるぜ!さあ、乗った乗った!乗り遅れたら、置いていくぜ!」


 俺たちが乗り込むとヒューイはすぐに飛び立った。

 下にはそれを見上げる倉庫作業員の姿が見えた。




 街の城壁から少し離れ、人通りもない湖のほとりの空き地にヒューイは降り立つ。


「本当にこんな近くでいいのかい?もっと遠くへだって行けるんだぜ?」


 ヒューイは残念がっているが、街に騒ぎを起こさず、でも街から遠すぎないここがちょうど良い。


 水辺の石の上にゴングを立たせると俺は少し下がって距離をとった。


「それじゃ……"完成っと"!」


 呪文を唱えるとゴングが輝き始め、そして一気に膨張する。

 その勢いでいくつか小石が飛ばされてきた。下がっておいたのはやはり正解だな。


 光が収まると、そこには見上げるほどに巨大なゴングが立っていた。

 ゴングは頭部のカメラで辺りを見回し、俺を見つけると地面を揺るがしながら恭しく片膝をついてを頭を下げる。


「あなたが我がモデーラ様でありますか?」


 ゴングの低く太い声が響く。


「ああ、そうだ」


「おお、ならば我に契約の証、名前を与え給え。さすれば我が力の全てを我がモデーラ様のために捧げましょう。さあ、名前を!」


「ああ、君に名前をあげよう。君の名前はゴングだ」


 するとゴングは雄叫びをあげた。


「おおおおおお!我が名はゴング!!我は今この時より我がモデーラ様に永遠の忠誠を誓いましょう!」


 どうやらゴングに宿った精霊は武人タイプらしい。


「よろしく、ゴング。早速だけど、俺をかコックピットに入れてくれるか?」


「お安い御用だ」


 ゴングは手のひらを差し出す。俺がその上に乗るとゴングは俺を腹部に開いたコックピットハッチまで持ち上げた。

 俺はハッチの中に飛び込むと、その奥にあるシートに座る。

 俺の周りには組み立て説明書に挿絵として添えられた設定が通りの計器やモニター、スイッチ、レバーなどが並んでいる。


「これは……高まるな」


「我も高揚感を感じております。次はいかがいたしましょう、我がモデーラ様」


「じゃあ次はヒューイと無線で通信できるか試してくれるか?」


「直ちに!」


 数秒間空電ノイズが聞こえた後、コックピット内にヒューイの声が響き渡る。


「グゥゥゥゥッモォォォォニン!イナァァァーサァァァァ!チャンネル7のイナーサ・レイディオぅ!朝のこの時間は、俺っち風のヒューイ様がお送りするぜ!今日のゲストはぁッ!モデーラさんだ!」


「お、おう」


「ヒューイ!少し黙りなさい!モデーラ様ですか?こちらはアルテミスです」


「ああ、俺だよ。二人ともよく聞こえるよ。こっちの声は聞こえている?」


「はい、良く聞こえます」


 通信は感度良好。


「じゃあこれからゴングの性能をテスト……能力の確認を始めるから、君たちは上空からついてきて」


「了解しました、モデーラ様」


「オーケーゴング、じゃあさっそく始めるか。ハッチを閉じて湖の中に入ってくれるかい」


「御意」


 ハッチが閉じると同時にコクピット前面のモニター類が下りてくる。

 モニターに映し出される辺りの景色はゴングの視点で、まるでビルから見下ろすようだ。

 ゴングが立ち上がる振動がコックピットに伝わってくる。


 大きく視界が旋回して湖が見えるようになる。

 後方警戒モニターにはヒューイが飛び立つ様子が映し出された。

 ゴングが歩きだし、次第に水面が視点に近づいてくる。

 視界が完全に水中に没すると、ゴングは姿勢を変え脚部の水中用推進装置の低い作動音が聞こえてくる。


「じゃあゴング、君の能力を見せてくれ」


「仰せのままに、我がモデーラ様」


 水中用推進装置の唸りが高まり、ゴングは加速を始めた。



<< つづく >>

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