第96話 背中を押されて


 日が沈むにつれ、屋台の照明が一層まばゆい光を放つ。

 道行く人の足は増え、喧騒も次第に大きくなっていった。

 

「まもなく花火が打ちあがります。ご観覧のお客様は、川沿いのレジャースペースまでお越しください」


 夏祭り会場に、落ち着いた声のアナウンスが響く。

 浴衣姿の老若男女はそれを聞いて、一方向へと歩を進めた。


「俺たちも移動しようか」


 時計を見て、朝陽が声をかけた。

 すると、指先に僅かな力が加わる。

  

 隣を伺うと、うん、と頷いた冬華が微笑んでいた。

 その優しい笑顔を見て、いまさらながら胸がときめく。

 確かに繋がれた左手から伝わる体温が心地よい。

 

 射撃、輪投げ、スーパーボールすくい……一通り遊んだ後で、気分が高ぶっていることもあるかもしれない。

 地を踏む足取りが軽くなり、和らいだ表情から次々と、口数が多くなっていった。

 

「花火、楽しみですね」

「そうだな。ナイアガラとか、久々に見てみたい」

「ナイアガラって……カナダとアメリカの間にある滝ですよね?」

「それを模したどデカい花火があるんだよ」


 他にも知っている花火のあれこれを教えると、そのたびに冬華の顔が明るくなる。

 無垢で純粋な瞳がキラキラと輝き、まだ光の少ない夜空を待ち遠しそうに見つめた。


「朝陽くんって物知りですよね」

「そうか? それを言ったら冬華のほうが頭いいだろ」

「そういう話じゃなくて。雑学、といいますか。花火のことなんて、私なんにも知りませんよ?」

「ああ、それは……」


 一度、冬華から目を離して、ぼそっと白状する。

 

「実は、調べてきた」

「……今日のために?」

「まあ、そうだな」


 本当は言いたくなかったのだが、嘘をつくのも違うので正直に話す。

 冬華にいいところを見せたくて、なんてカッコをつけようとしたのではないのだが、そう思われても仕方のないので勝手に気恥ずかしくなってしまう。


「ふふっ」

「笑うなよ」


 予想通り、笑い声が漏れる。


「だって、嬉しいじゃないですか」

「嬉しくて?」

「はい」


 予想外の反応に聞き返すと、冬華はまた小さく笑った。


「朝陽くんのことですから、私を楽しませるために調べてきてくれたんでしょ?」


 どうして心の内を見透かされているのか、図星を突かれた朝陽の頬が熱くなる。

 昨夜、ネットで適当に調べた薄い知識ですら、こうして冬華が笑顔になってくれるのだから儲けものだ。

 

 ニコニコと嬉しそうにする冬華と、ニヤニヤと顔に出ないようにする朝陽。


 花火大会の会場は、もう目の前に迫っている。

 繋いだ手はそのままに、二人のペースで到着すると、既にたくさんの人で溢れかえり、声と足音がいっぱいに広がっていた。


「これは凄いな」

「あまり落ち着いて見れなさそうですね」

「会話するのもやっとだしな」


 お互い意識して大きな声を出さないと、言葉を交わすことすら難しい。

 それだけ人が集まっているだけに、花火を見やすい場所を見つけることすら一苦労しそうだった。


「この様子だと、日菜美さんと吉川さんと合流できるか不安ですね」


 ふと冬華がそう言って、そこで初めて朝陽は二人の存在を思い出した。

 忘れていた、というのは失礼かもしれないが、それほど冬華との時間が楽しかったのだ。


 それに、これからのことを考えると、冬華と二人っきりで花火を見たい想いがある。

 きっと日菜美と千昭も、その気持ちを汲んでわざわざ離脱してくれたのだと思うのだが。


「……メッセージきた」


 送信者は吉川千昭。

 内容は、日菜美の家で花火を見るとのこと。

 そして、添付された一件の位置情報だった。


「あいつらは本当に……」


 思わず笑ってしまう朝陽に、首をかしげる冬華。

 メッセージの内容を伝えると、少し残念そうにしたが、「では二人で見ましょうか」とすぐに口角を上げた。


「それで、その位置情報はどこを差しているのですか?」

「この近くだな。まあ、大体見当つくけど」


 そよ風が二人の背中を押して、川沿いから離れた並木道へと進んでいく。

 途中でもう一度、メッセージが届く。今度は千昭と日菜美、それぞれからだ。

 

『男見せろよ朝陽』

『勇気だせー! 応援してるから!!!』


 いい友達を持ったな、とまたひとりでに頬が緩む。

 熱のこもった小さな手を引いて、朝陽は先へ先へと道を急いだ。



【あとがき】

第二章完結まで残り2話です。

最後まで応援よろしくお願いします。

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