第95話 確かな繋がり


 屋台を回りながら小腹を満たしている途中、ふと冬華の足が止まった。

 

「あれ、みんなでやっていきませんか?」


 指を差していたのは、金魚すくいの屋台。

 近づくと店番のおじさんが元気よく迎えてくれた。


 お金を払い、ポイを受け取って姿勢を低くすると、涼しげな空気が漂う。

 子供用のプールに大量の金魚が窮屈そうに泳いでいて、赤一色のなかにまぎれた金色や黒色が右往左往と行き先に迷っているように見えた。


「ちょっと! ちーくん、破れるの早くない!?」

「おっかしいな、金魚すくいは勢いって聞いた気がすんだけど」

「いやいやいや、こうやってそーっと……」

「破れてますやん」

「むぅぅぅぅぅ! おじさん! もう一回お願い!」


 千昭と日菜美は既に遊び始めているようで、どうにかして一匹すくおうと躍起になっている。


「お二人とも熱中してますね」

「何事もあんな感じだからな」

 

 隣にしゃがんだ冬華が、そうですねと相槌を返す。


「冬華は金魚すくいしたことあるのか?」

「小さい頃に何度か。一度もすくえませんでしたけどね」

「店番の人がおまけしてくれるやつな」

「透明なビニール袋のなかで泳ぐ小さな金魚をずっと眺めていました」


 懐かしそうに振り返る冬華は、淑やかに浴衣の袖をまくった。

 

 そっと水面に近づいて、群れからはぐれた小さな金魚を影が覆う。

 ぴちゃん、と尾ひれが水をはじき、波紋が広がった。

 しかし、そこに金魚の姿はない。


「取れちゃいました」


 驚き半分嬉しさ半分といった顔で、冬華が笑みを浮かべる。


「よかったな、記念すべき一匹目じゃん」

「でも二匹目は難しそうですね。ほとんど破けていますし」


 そう言って、冬華はお椀のなかで泳ぐ金魚に目を伏せる。

 仲間を探しているのだろうか、何度も同じ場所をぐるぐると回っている。


 小声で、キャッチアンドリリースと聞こえた。


「返しちゃうのか」

「一匹じゃ寂しいでしょうから」


元居た場所に戻った金魚が、一目散に群れへと向かって泳いでいく。

 

「それで、朝陽くんの腕前は?」

「たった今、冬華に自己ベストを抜かれたとこ」

「つまり成功したことないじゃないですか」


 冬華を見習って、ゆっくり浅くポイを水面に差し込む。

 金魚が危険を察知して逃げようと動き出し、そうはさせまいと持ち上げると腕に重みが加わった。それと同時に、急に力が抜ける感覚がする。

 ぽちゃん、と水が跳ね、プラスチックの枠組みだけが残った。


「私の勝ちですね」

「いつから勝負になってたんだ」

「勝ったら何でも言うこと聞いてくれるって」

「そんな約束した覚えはないぞ」


 慌てて首を振ると、冬華が面白おかしそうに笑う。

 夏祭りを満喫しているようで、浮き立っているのがよくわかる。


「あれれぇ、朝陽は一匹もすくえなかったの?」

「俺たちは三匹もゲットしたぜ!」

「それはよかったな。で、お前ら何回挑戦したんだ?」

「……さあ?」

「二、三回くらいか?」


 しらを切ったところを問い詰めれば、合計五回挑んだらしい。そのうちすくえたのは一匹で、あとの二匹はおまけだというのだから、煽られるにしては不満な成果だ。

 金魚は日菜美が責任もって育てるらしく、早くも名前を付けようとしていた。

 

「ってことで、私たちは一度帰りまーす!」

「はいはい……は?」

「か、帰っちゃうんですか!?」


 まだ夏祭りは途中も途中で、この後にはメインの花火大会が控えている。

 千昭も日菜美も楽しみにしていたはずだが、唐突な帰宅宣言はいったいどういうことなのか。


「私んちこの近くだから、金魚預けてこようと思って。このままじゃ動きづらいし」

「俺はヒナを一人にできないから付き添いね」

「それなら最初から持ち帰らなきゃよかったのに」

「だってー、よく見たらこの子たち可愛いんだもん」


 それに、と日菜美が言葉を続ける。


「四人ではもう十分楽しんだし!」


 その言い方に、朝陽は隠された意図を感じ取り、ため息をつく。


 花火大会までは三十分。

 この人ごみのなか、合流するのにも時間がかかるので余裕を持ってほしいが、二人は適当に返事をしたのちに行ってしまった。

 

「あいつら本当に自由だな」

「そこがいいんじゃないですか?」

「まあ、そうかもしれんけど」


 変に気を遣われるのは癪だが、こればかりは素直に受け取ることにする。


「せっかくだし二人で楽しむか」

「それじゃあ私、射的やってみたいです」

「いいね、次は負けない」

「結局勝負にするんですか」


 笑いあいながら目的地へ向かう途中、右に左、前に後ろと人にぶつかりそうになる。

 そのたびに冬華との距離が近くなったり遠くなったり、やがては見失いかけて朝陽は手を伸ばした。


 袖を掴むではなく、指先を握るのでもなく、その小さな手のひらに触れて繋がりを求める。


「……!」


 前に進みながらも無言の時間があった。

 冬華はうつむき、前髪をいじり、そして耳を赤くしながらそれを受け入れる。


「いきなりはびっくりします」

「わりぃ、はぐれそうになったから」


 考えれば、本音はただこうして手を繋ぎたかっただけかもしれない。

 そんな気持ちは既に伝わっているのか、朝陽の手に優しい力が加わった。


「……離さないでくださいね」

「おう」


 祭りは活気づき、人は賑やかになる。

 この熱気は夏の暑さとはまた違う、独特の空気だ。




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