第91話 眩しい先へ
じめじめとした雨続きの日が終わり、外は明るく温かい陽光に包まれていた。
夏が近づくにつれ、不思議と気分が高揚するのは、長期休みが待っているからだろうか。
山に海、プールにバーベキュー、お祭りは毎日のように開催され、特大の花火が夜空を彩る。
嫌がらせかと不満を言いたくなる大量の課題から目を逸らせば、大抵の学生にとって夏休みとは夢のような日々だ。
友達と遊ぶも良し、祖父母の家に帰省するも良し、はたまた自分だけの時間を存分に楽しむのも良し。
そんな楽しい未来を前にして、ぼーっと呆けている男が一人。
夏の暑さにやられてしまったのか。それにしては空調が効いて、涼しい空間いる。
薄暗い部屋は広々としていて、目の前だけが眩しく照らされていた。
いい雰囲気だな、と直感的に思う。
宝石のような瞳は僅かに潤み、桜色に染まる頬から恥じらいが見て取れた。
甘い吐息が、肌に触れる。
「愛してる」
その一言を境に、二人の唇が重なった。
と、スクリーンに映るキスシーンを見ながら朝陽はふと考える。
映画の中のカップルは数々の試練を乗り越え、幸せの絶頂を迎えていた。
たった2時間弱の映像だが、作中時間では1年が経過していることになる。
客観的に見れば、とても遠回りでもどかしく、直線距離を教えてあげたくなる恋路だった。
この映画に登場する男女のように、現実の恋愛も当事者とそうではない人では見え方が違ってくるのかもしれない。
ふと隣を見れば、冬華が静かに涙を流していた。
その美しい横顔に、つい見惚れてしまう。
「いい映画でしたね……!」
エンドロールが流れ、館内の照明が一斉に光を宿す。
その明るさに負けず劣らず、嬉々として感想を語る冬華の目は輝いていた。
ひとまず席を立つことにして、近場のカフェへと移動する。
「ラストの演出が特に良くて、あの伏線がまさかここで回収されるとは」
熱く語る冬華と、相槌を打つ朝陽。
実を言うと、最後は隣に夢中で内容を覚えていないのだが、総じていい映画だったという評価は頷ける。
「冬華はこれが好きなんだな」
朝陽が言うと、冬華は少し照れくさそうに頷く。
今日こうして二人で映画を見に来たのは、とある告白をきっかけに由来する。
告白と言っても、恋愛感情を伝えたわけではないが。
それと限りなく近い気持ちをお互いにさらけ出した結果だ。
お互いのことをもっと知りたい。
そうして、朝陽と冬華は遠回りを選んだ。
決して悪い意味ではなく、それが一番だと二人が願ったのだ。
「この映画、冬華が前に読んでた小説が原作なんだろ?」
「かなり前の作品なのですが、今になって映画化、そして大ヒットのようです」
「今度それ貸してよ」
「小説も読んでくれるんですか?」
「うん。普通に興味あるし」
正確には、冬華が好きなものに、だが。
冬華は嬉しそうに微笑んで、次々とオススメの作品を紹介していく。
砂糖を入れ過ぎて甘くなったカフェオレを片手に、朝陽もまた口元を緩めて話を聞いた。
映画に誘ったのは朝陽で、冬華は二つ返事で頷いた。
そして今度は冬華の誘いで、有名な料理店に行くことになっている。
こちらは朝陽がいつか行きたいと話していたお店だ。
こうやって二人は前よりも会話が増え、理解が深まり、何より一緒にいる時間が増えた。
お互いにどこか吹っ切れたように晴れやかな表情をしていて、意識し合いながらも大きくは変わらない日常が続く。
しかし、いつまでもこのままではいられない。
このままで終わらせたくない、と強く思うようになった。
「冬華」
「はい?」
唐突に名前を呼ばれ、冬華は首を傾げる。
「夏休みの初め、近くで大きな祭りがあるの知ってるだろ?」
言い淀むことなく、朝陽は言葉を続ける。
「一緒に行こうぜ」
準備はもう、できている。
「……実は、私も誘おうとしていました」
「マジか、そりゃ偶然だな」
「朝陽くんは浴衣着ますか?」
「そうだな……冬華に合わせるよ」
冬が過ぎ、春が来て、夏が近づく。
移ろう季節の中で、二人の関係性も変わろうとしていた。
【後書き】
お久しぶりです。
随分と間が空きましたが、書籍版2巻の執筆をしていました。
『氷の令嬢の溶かし方』2巻3月30日発売。
収録内容は第1章完結までです。
2巻は1巻以上に大幅な改稿を行い、大きな時系列の変化や多数のオリジナルエピソードなど、web版の読者様にこそ読んでほしい内容となっております。
もっと具体的にお話すると、冬華の浴衣姿や誕生日イベントなどなど、とにかく盛り沢山です。
そして簡潔にお話すると、このままだと書籍版が打ち切りになりそうなので、web版の読者様で書籍版未購入の方はお力添えを頂けると助かります。
もう本当に、イラストだけでも書籍版買う価値があるくらい素敵な一冊になっておりますので、何卒よろしくお願いします。
ということで、来週もweb版更新します。
第二章完結間近、二人の甘い時間を見守ってください。
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