第85話 梅雨入り
「いきなり始まるー? ドキドキ、抜き打ち、心理テーストッ!」
「よっ、待ってました」
「いや、待ってねーから」
昼休みの時間、今日は朝陽の机にいつものメンバーが集まった。
そして、いきなり始まるドキドキ抜き打ち心理テスト。
高らかに宣言した日菜美は、お弁当箱と一緒に一冊の雑誌を取り出す。
「あなたの心を丸裸、絶対に当たる心理テスト特集……?」
「冬華、それ読まなくていいから」
恋愛小説を好む冬華は、少しばかりロマンティストな一面がある。これは女性に共通すると言っていいのか、心理テストに興味を惹かれるのもまた必然のことだった。
「それでは第一問!」
日菜美が問答無用で進行を進め、それにノリノリで冬華と千昭が、そしてしぶしぶ朝陽が耳を傾ける。
「雪が降る夜、恋人との待ち合わせ。相手を待っている間、あなたは退屈しのぎになにをする?」
選択肢は四つ。
A、髪の毛や洋服を整える。
B、ラブソングを聞いて気持ちを高める。
C、スマホでゲーム。
D、友達と連絡を取る。
答えは四人で綺麗に分かれた。
「これは、あなたが純愛度。つまり、恋人に対してどこまで真摯さを貫くかがわかります」
日菜美が楽しそうに、結果を読み上げる。
そして、一人が非常にうるさくなった。
「なあ、友達と連絡取るってそんなにダメ!? なんで、いいじゃん! 純愛度十パーって納得いかねえ! 俺は百パーセントアイラブヒナだぞ!」
「もー、わかってるって。ちーくんの愛は伝わってるから、そんなに気にしないで大丈夫だよ?」
騒がしい千昭に、嬉しそうな日菜美。
心理テストはどこいったのか、行き着く先はバカップルだった。
ちなみに日菜美はBを選び、純愛度七十パーセントとこちらもやや不満気な様子だった。
「朝陽くん、純愛度低いですね……」
「三十パーセントだってな。みんなゲームくらいするだろ」
「……浮気したりするんですか?」
「いや、なにその疑い」
「だって、絶対に当たる心理テストの結果が……」
「心理テストって遊びだから、真に受けんなって。それと、世の中に絶対はない」
朝陽が弁明するも、なぜか冬華はジト目で睨んでくる。
そんな冬華はAを選び、純愛度百パーセントという結果が出ていた。
それだけは絶対かもしれない、と朝陽はなんとなくイメージで思う。
冬華の視線から逃れるべく、朝陽がふと窓の外を見る。
「あれ、今日って雨予報だったか?」
「いいや、百パーセント晴れって書いてあったぞ」
「ちーくんそれ、携帯の初期アプリでしょ」
「あの天気予報、なかなか当たらないですよね……」
朝陽に続いて、千昭と日菜美、冬華も窓の外を眺める。
空は灰色の雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。
「こういうの、曇天って言うんだっけ?」
「よく知ってるな。千昭なのに」
「よく知ってるね。ちーくんなのに」
「俺に対する扱い酷くね!?」
千昭が嘆くのを、冬華がくすくすと笑う。
「そういえば、もうすぐ梅雨入りするそうですね」
「ええーっ、やだー! 私、雨大っ嫌い!」
「それなー、雨ってだけで気分下がる」
「そうそう。学校行くときとか、雨降ってると休みたくなるもん」
バカップルの雨嫌い談義を聞きながら、朝陽も心の内で同意する。
雨で身体が濡れるのは不快だし、かと言って雨から身を守るために傘を差すのも面倒くさい。水溜まりに足を突っ込んだ日には全てが台無しになってしまう。
そういうわけで、雨はどうしても嫌われやすい。
「私は雨、好きですよ」
静かに呟いた冬華に注目が集まる。
「雨に濡れるのはなるべく避けたいですが……雨の日の匂いというか、雰囲気って素敵じゃないですか?」
冬華は同意を求めるが、千昭と日菜美は頭上にハテナマークを浮かべている。
一方で、朝陽は少し理解できるところがあった。
「静かな場所で雨の音を聞くのは好きだな」
「あー、それはわかるかも。なんか落ち着く」
「ヒーリングミュージック? みたいなのにもあるよね。雨の音」
三人がうんうんと頷くと、冬華は嬉しそうに微笑んだ。
「でも、予定がある日の雨はちょっと困りますね」
「そう、重要なのはそこ!」
食い気味に反応した千昭が、恨めしそうに空を睨む。
「せっかく六時間目が体育なんだ、雨降ったら許さんぞ!」
「山田と対戦できるって張り切ってたもんねー」
「球技大会の恨み、倍返しにしてくれるわ!」
「あのとき負けたの恨んでたのかよ」
「一年越しのリベンジということですね」
「打倒山田、俺の右足が火を噴くぜ」
そんなふうに冗談めかしたやり取りをしていると、背後から近づいてくる気配があった。
「今、僕の名前呼んだ?」
声がして振り向くと、ニコニコと爽やかな笑み浮かべた龍馬が立っている。
「ちょうどいいところに。ここで会ったが百年目、いざ尋常に勝負!」
千昭が箸を刀に見立てて構えるのを、日菜美と冬華がおかしそうに笑う。
龍馬はノリ良く両手を上げて降参のポーズをとりながら、ふと視線を朝陽に向けた。それからすぐに、深い黒色の瞳が冬華を捉える。
「氷室さん、ちょっといいかな」
「私ですか?」
「うん、話があって。放課後、時間作れる?」
その一言に教室が騒めく。
聞き耳を立てていたのか、クラスメイトの視線が一斉に集まった。
千昭は密かに顔をこわばらせ、日菜美はハッと驚いたような表情をしている。
きっと全員が同じ展開を思い浮かべたのだろう。
すなわちそれは、告白という一大イベントだ。
それも、学年一の人気を誇る男子とかつて氷の令嬢と呼ばれた女子の間で。
ただでさえ注目を集めやすいシチュエーションが、ドラマのワンシーンのように切り取られる。
しかし、それを誰よりもわかっているのは本人だった。
「この前借りた小説、感想を伝えたくてさ。今はもう時間ないし、学校終わってからどうかなって」
示し合わせたかのように、今度は視線が散っていく。
期待していた内容と違い、がっかりとした様子が多い。その中で、ほっと胸をなでおろす生徒もいくらか。そしてまだ疑っている、勘ぐっている生徒も少数いた。
朝陽といえば、確信に近い考えだった。
前から話を聞いていたこともあるが、龍馬と目が合った時に察してしまった。
「もう読んでくれたんですね! 放課後空いているので、楽しみにしています」
冬華はいったいどう思っているのか。
龍馬からの誘いを、嬉しそうに頷く。
その答えに微笑んだ龍馬は、「邪魔したね」と一言残して仲の良いグループの集まりへと移動した。
「あっ、雨だ」
誰かが小さな声でそう言った。
ポツリ、ポツリと窓ガラスを水滴が叩く。
これから勢いが強まってきそうな雨脚は、朝陽が持つ折り畳み傘では頼りなかった。
【後書き】
いよいよ龍馬が動いたことで、物語は大きく転換気を迎えます。
暫くもどかしい展開が続くかと思いますが、その時は第二章の章題を思い出してください。
また、糖分不足を補うために「小説家になろう」にて新作を始めたので、良ければ読みにきてください。カクヨムコンが始まり次第、こちらでも投稿します。
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