【書籍2巻発売決定記念SS】氷の令嬢とハロウィン

【前書き】

書籍2巻発売記念として書き下ろしたハロウィンSSです。

二人がまだ名前を呼び合う前の、ほんのりと甘いそんな一幕。



【本文】


 とある日の夜。

 朝陽は信じられないものを見たような顔で、その場に立ち尽くしていた。


「今、なんて言った?」

「……もう一回言わせるとはいい性格していますね」

「いやすまん、聞き間違いかと思ったから……」


 驚きで目を丸くする朝陽の前には、目を細めて抗議する冬華がいた。


 二人は冬華の怪我をきっかけに夜ご飯を一緒に食べることになっているのだが、まだ知り合ったばかりで距離感が掴めずにいる最中。

 そんななかで、冬華が衝撃な一言を発したのだった。


「……トリックオアトリート」


 小さな声で控えめに呟かれた言葉に、朝陽は思わず唾を飲み込む。


「……お菓子くれないとイタズラします」


 続けて言葉が放たれるのと同時に、二人の視線がぴったりと重なる。

 上目遣いで覗き込む冬華は羞恥心で一杯なのか、頬をほんのりと赤く染めて身体を小さく震わせていた。


「……ふっ」

「今、笑いました?」

「気のせいだろ。だからそう睨むな」


 思わず漏れてしまった笑い声を奥底にしまい、朝陽は心の中でやんわりと微笑む。

 それは決して冬華をバカにしているわけではなく、ふいに垣間見えた可愛らしい一面に微笑ましくなったからだ。

 

 氷の令嬢と呼ばれていながら、こういったイベント事には興味があるのかもしれない。

 もしくは単にお菓子が食べたいだけか。冬華が風邪をひいて倒れた際、「スイーツは別腹」などと寝言を呟いていたことを思い出す。


 そんなことを考えていると、ふと朝陽のなかでイタズラ心が芽生えた。

 トリックオアトリートと聞かれているのは朝陽のはずが、そんなことを忘れてトリックを試みる。


「もしお菓子がないとしたら、氷室はどんなイタズラをしてくれるんだ?」

「えっ……そ、それは……」

 

 イタズラ内容までは考えていなかったらしく、冬華は明らかに動揺して目を泳がせる。

 うーんうーんとしばらく考えた後、やがてハッと閃いたような顔をして口を開いた。


「夜ご飯を作る時、こっそり砂糖と塩を入れ替えます」

「それは氷室も困るのでは……? てか、前に素でやってたろ」

「うっ……で、ではコーヒーを淹れるときブラックにします」

「へー、氷室が作ってくれるのか。それは珍しくて普通に楽しみだな」

「ううっ……なにかいいイタズラは……」


 普段イタズラなどしないせいか、いくら頭を悩ませても子供じみた可愛い提案しか出てこない。

  

「イタズラがこれじゃあ、お菓子をあげなくてもよさそうだな」


 ついつい興が乗って朝陽はイジワルを続けてみる。

 

 するとやりすぎてしまったのか、冬華は頬を膨らませたあと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 

「……氷室?」


 少し心配になって、小さな背中に朝陽は声をかけてみる。


「ごめん、意外だったらからかいたくなった。お菓子ならほら、色々あるから好きなやつ取っていいぞ」


 一向に反応してくれない冬華に機嫌を直してもらうため、朝陽は千昭と日菜美用に作ったスイーツの残りを差し出す。


「おーい、氷室ー……聞こえてるかー……?」


 静かな部屋に朝陽の声だけが響く。 

 距離感を間違えて失敗した、と後悔していると、ようやく冬華が振り返りーー


「ふふっ、イタズラ成功です」

「なっ……氷室、お前ってやつは……!」

「あなたもイジワルしたからおあいこですよ」


 ニヤリ、と意地の悪い笑みを浮かべた冬華は、朝陽からチョコレートクッキーを受け取る。

 そして一口に含んだ後、ゆっくりとその口角をたゆませた。


「サクサクでほんのり甘くて……とてもおいしいです」

 

 幸せそうな微笑みに、朝陽の胸がじんわりと熱くなる。

 

 ハロウィンも悪くないな、と朝陽もまた笑顔を浮かべた。



【後書き】

最新話更新は来週になります。


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