第80話 かがみん


「女子って凄いよね……」

 

 一通り観光を終え、横浜中華街へ向かう間、朝陽と同じ班の男子がふと呟いた。彼は呆れ顔でクイっと黒縁メガネを正す。その視線の向こう側には、横一列で歩く女子三人の姿があった。


 真ん中に位置するのは明日香で、右に左に顔を向けながら会話をリードする。両隣の女子は笑顔でそれに応じながら、楽しそうに話をしていた。


「そうだな、俺もそう思う」

 

 朝陽は同意しながら、数時間前のことを思い出す。


 くじ引きで班が決まった段階から、同じ班になった女子三人の仲は悪かった。具体的には明日香と他の二人が対立していた。それは校外学習当日になってからも変わらず、ついさっきまでギスギスしていたはずなのだ。

 実際、オリジナルのカップラーメンを作れるミュージアムで班が分裂したのも、そういった対立を表していた。


 それが今では、仲良く揃ってトークに花を咲かせている。

 

「最初は険悪、最後は百合。これぞ王道……尊い」

 

 何やら意味のわからないことをブツブツと呟くメガネ君は歩くスピードを速め、朝陽の少し先へと歩み出た。

 そして入れ替わりに、金髪が目立つ女子が隣にやって来る。


「ねえねえ、かがみん。かがみんは中華街で何が食べたいとかある?」

「俺は肉まんとシュウマイ……おい、何だその呼び方は」


 どこか覚えのある呼び方に朝陽が顔を引きつらせると、明日香は明け透けに口を開く。


「私、好きな人にはあだ名で呼ぶようにしているんだよねー」

「好きな人って……は?」

「あっ、勘違いしないでよね! 好きは好きでもLIKEだから」


 無駄に発音の良い英単語に、朝陽はなるほどと相槌を打つ。

 近くでツンデレが何やらと小声で聞こえたが、そちらは無視して話を進めた。


「でも山田は名前呼びだよな?」

「そうそう。龍馬は特別だから、一周回ってシンプルイズベスト、的な?」


 自慢げに語る明日香は嬉しそうに龍馬の名前を呼んだ。

 彼女にとって龍馬は本当に特別な相手なのだろう。普段の言動からも伝わる想いが、今日はより一層感じられる。


「できれば俺も普通に呼んでほしいんだが」

「えー、いいじゃん。かがみんってカワイイでしょ」

「日菜美と同じこと言ってる……」

「流石ひなっぺ、いいセンスしてるねえ」


 前に日菜美に付けられそうになったあだ名がここに来て復活するとはと、朝陽はため息をつく。

 その様子を見てもなお、明日香は「かがみん、かがみん」とからかうように連呼した。どうやらあだ名呼びをやめるつもりはないようだ。


「ったく、何がお眼鏡に叶ったんだか」

「えーっとね。恋に振り回されているところ?」

「よくわからんが、何故か図星をつかれた気分になる」


 朝陽がダメージを受けたように胸を押さえると、明日香はまた楽しそうに笑顔を浮かべた。


「あっ、龍馬たちだ!」

 

 どうやら話しながら歩いているうちに、集合場所へと辿り着いたらしい。


 おーい、と明日香が両手をぶんぶんと振る。

 少し先を見れば、龍馬や日菜美、そして冬華も手を振り返していた。

 

「そんなに笑顔で手を振っていいのか? 押してダメなら引いて見ろなんだろ」

「……すっかり忘れてた」


 しまった、と目を見開く明日香。しかし、少し固まった後に何かを吐き出すように小さく笑った。


「やっぱり私は押してダメなら押しまくらないとね」

「うん、間違いない」


 朝陽が肯定すると、明日香は満足そうに頷く。


「てことで、ここからは我慢してた分、龍馬に付きっ切りで楽しむぞー!」


 ぐっと、両手を天に伸ばして宣言した明日香は、それから朝陽に目を向けた。


「私も頑張るから、かがみんも頑張ってね? 私、応援してるから」

「何の話だ?」

「氷室さんの話だよ」

「……知ってたのか」

「気付いてたよ。だから、かがみんと話をしたいと思ったの」


 ニヒヒ、と笑った明日香は一歩前に出て、龍馬のもとへと歩き出す。

 

「ほら、かがみんも早く!」


 その大きな声は、全員に聞こえたらしい。


 日菜美が最初に反応を示し、千昭がニヤニヤと笑い、龍馬は優しい笑顔を浮かべた。


 そんな中で、小さな声で確認するような言葉が呟かれる。


「……かがみん?」


 先ほどまで穏やかに笑っていた冬華が、何かに取り憑かれたように固まっていた。


「ありゃ、これは私やっちゃったかも」


 てへぺろ、と可愛らしくベロを出す明日香。一方で朝陽は状況を飲み込めないまま、冬華たちの班と合流した。

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