第79話 恋バナ


 資料館巡りを終え、昼食の時間を千昭を始めとする男友達と過ごす。

 そうして迎えた午後の自由行動、朝陽は手作りのカップラーメンが作れると話題の体験型ミュージアムに来ていた。


 自動販売機でカップを買い、手を洗ってからイラストを描くコーナーへ。

 こういった細かい作業についこだわってしまう朝陽は黙々と作業を続け、一通りデザインを終えてからようやく顔を上げた。


「……他の三人は?」


 五人班揃って行動していたはずが、いつの間にか朝陽の近くには明日香しかいない。

 周りを見渡す朝陽に対し、明日香はケラケラと楽しそうに笑う。


「みんな先行ったっぽいよ」

「行ったっぽいって。連絡取って合流しないと」

「真面目―! どうせ出口で会えるっしょ。私たちはゆっくりしてこーよ」


 上手く丸め込まれた気がするが、先を急ぐ必要もないので朝陽は大人しく席に着く。

 引き続きカップに絵を描き込み、納得いく形に仕上げたところで明日香もカラーペンを置いた。


「わっ、火神の絵ってなんか……面白いね」

「それ、褒めてんのか貶してんのか」

「半分半分かな。まあ、上手くはないよね。むしろ下手、いや独創的?」

「正直な奴だな」

「私、嘘つけないから」


 そう言って、明日香は朝陽のカップをぐるりと一周見る。


「上手くないけど……ほら、この猫とか可愛いよ?」

「……猫は描いてない」

「えっ、じゃあ何それ」

「犬」

「わーお……」

 

 予想外の回答に固まる明日香に、朝陽は小さく肩を落とす。


「た、確かによく見たら犬かも……うん、犬だね。どっからどう見ても犬」

「いいんだ、千昭と日菜美に散々馬鹿にされてるから」

「元気出して、絵心なくても生きていけるよ」

「壮大なフォローをありがとう」


 そんな軽いやり取りをしていると、明日香のカップが目に入った。


「宮本は何描いたんだ? サッカーボールと人?」

「これは龍馬なの。でもってこっちが私……ってあああ!」


 いきなり大声を上げた明日香に、朝陽は怪訝な目を向ける。


「どうした急に」

「私、無意識に龍馬描いてた!」

「……は?」

「もー、これじゃ作戦にならないよー」


 意味のわからないことを捲し立てる明日香は、呆気に取れている朝陽に構わず話を始めた。

 

「押してダメなら引いてみろって言うじゃん? だから私、今日まで頑張って龍馬と離れてたの」

「へえ……」

「テスト前のファミレスで思いついてさ。校外学習の班違うし、辛いけどここでやるしかないって!」


 意気揚々と説明する明日香はどこか楽しそうで嬉しそうだ。しかし、徐々にその表情が暗くなっていく。


「でもやっぱ難しいねー。龍馬、あまり気にしてなさそうだし」


 あはは、と力なく笑う明日香は自らが描いたイラストに目を落とす。

 原っぱでサッカーボールを蹴る龍馬と、その様子を後ろから見つめる明日香。二人の距離は近いようにも遠いようにも思えた。


「山田のこと、本当に好きなんだな」

「うん、好きだよ? 大大大好き」

「そ、そうか……」


 普段から隠す素振りのない好意を改めて宣言されると、何故だか聞いた自分が恥ずかしくなってくる。同時に朝陽にとってはとても眩しい言葉だった。


「……なあ、宮本」

「なになに?」

「どうしてそこまで好意を伝えられる?」

「えっ、まさかの恋バナ!?」

「まあ……ちょっと気になった」


 意外そうな顔をする明日香から、朝陽は気恥ずかしさで目を背ける。


「やっぱこの話はなし。あいつらと合流しようぜ」

「いやいやいや! しようよ恋バナ!」

「なんでそっちが乗り気なんだ」

「私も火神とそういう話したかったの」


 そう言って、明日香が朝陽を強引に座らせる。


「まず質問に答えるとねー。私、よくビッチとか尻軽とか言われるの」

「本当にそれ恋の話か?」

「うん、私の恋の話。でもって、みんなの恋の話」


 先の見えない話は止まることなく進んでいく。


「自分が一番と思う可愛い恰好をして、自分が一番好きな人を追いかけて。それっていけないことなのかな?」


 明日香の問いかけは、朝陽に対してというよりは自分に向けているような口調だった。

 

「私は自分の気持ちに嘘はつけない。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。だから周りに何て言われても一直線に大好きな人へアピールするの」

「……凄いな」

「でしょでしょ? 私、凄い!」

 

 思わず素直な感想をこぼした朝陽に、明日香はえっへんと胸を張る。


 純粋な日本人には有り得ない髪色。

 着崩した制服から大胆に露出する肌。

 遠目からでもわかる派手めのメイク。

 わかりやすいにも程がある好意のアプローチ。

 どこまでも自分の気持ちに正直な言動。

 

 その全てが揺るぎない確かな信念のもとにある。

 だからこそ朝陽は自分と照らし合わせて、宮本明日香という人間を眩しく感じたのだ。


 親しい友人である千昭や日菜美に対しても滅多にしない恋の話を明日香に向けたのも、そういった憧れに近い思いがあったからだった。


「もう一つ聞いていいか?」

「どうぞどうぞ」

「宮本はその……告白、しないのか」

「もうしたよ? でもって振られちゃった」

「……マジで?」

「ここで嘘ついても仕方ないでしょ!」


 あっけらかんと笑う明日香は、ゆっくりとその表情を寂しげなものにする。


「好きな人がいるんだってさ」

「……そうか」

「氷室さん可愛いもんねー、私も男の子だったら好きになっちゃうよ」


 龍馬の好きな人は本人から聞いている。その名前を明日香が発したことに、朝陽は目を見開いて驚いた。


「好きな人の好きな人ってよくわかるんだよ。なんたって、いつも目で追ってるからね」


 朝陽が疑問を投げかけることなく、明日香が自ら説明を加える。


「だから火神の質問に答えるとしたら、私はもう一度告白のチャンスを待ってる。龍馬が氷室さんに想いを伝えるまでずっと」

「……辛くないか?」

「辛いよ。でも、私は私の幸せと同じくらい好きな人の幸せを願ってる。だから、龍馬の恋を邪魔したくない」


 その言葉に、朝陽は改めて明日香に尊敬の念を抱いた。

 そして同時に、ファミレスで龍馬に言われた言葉を思い出す。


「勢いで沢山喋っちゃったけど質問の答えになってた?」

「なってたよ。十分過ぎるくらい」

「それならよかった」


 再び笑顔を浮かべた明日香はうんと伸びをしてから立ち上がった。


「それじゃ、そろそろ先に進もうか」

「そうだな」


 明日香の背中を追って、朝陽はイラストコーナーを後にする。

 少し先に見えるウェーブのかかった金色の髪は、いつもより数段明るく見えた。

 

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