第78話 忍び寄る金色の影


 新学年最初の試験を乗り越え、校外学習当日。

 テストから解放され、遠足気分で横浜に訪れた生徒の顔は明るい。

 午前のプログラムは全体行動で資料館巡りと学習の色が強いが、それでも生活圏から離れた校外の街並みに皆のテンションは高まっていた。


 朝陽も資料館には興味がないが、午後の自由行動は楽しみにしていた。

 班分けで親しい友人とは離れてしまったものの、話し合いの結果行きたい場所に行けることになったので文句はない。

 それに、最後の一時間は千昭や日菜美、冬華がいる班と合流することになっている。その事を思えば、自然と気分が上がっていった。


 そして、校外学習とは別に上機嫌な男が一人。


「いやー、テストの点がいいと気楽に遊べて最高だな!」

「テストの点が悪くても気楽に遊んでただろ」

「少しは気にしてたって。ほんの少しは」

「本当かねえ……」


 資料館に向かう間、朝陽と一緒に歩いていた千昭が嬉々として口を開く。


「マジで、平均点なんて久々に取ったわ」

「順位も去年と比べて大幅アップしてたな」

「もしかしたら俺、天才かも知れない……」

「うわ、調子に乗ってる」

「冗談だって、天才じゃなくて秀才ってな」


 秀才かはさて置き、千昭が努力したのは間違いない。ただ、褒めると今以上に調子に乗るので朝陽は呆れ顔で応じた。


 少し前を冬華と歩く日菜美も点数と順位を大きく伸ばし、二人揃ってバカを卒業。残念ながら人前でのイチャイチャは変わらないので、今後もバカップルと呼ばれ続けるはずだ。

  

「朝陽は目指せ、氷室さん越え」

「それは目標が高すぎる」


 今回も学年一位に輝いた冬華を超えるには、全科目で満点に近い点数を取る必要がある。

 得意科目を今以上に伸ばすのはもちろん、苦手科目を克服するのは簡単にはいかない。


 朝陽にとっての苦手科目は数学と英語であり、毎回のテストでそれなりの成績に収まる原因だった。

 去年、他でもない冬華に教えてもらったお陰で基礎固めは成功したが、それでも上位陣と肩を並べるには及ばない。


「数学と英語で九十点台とか取れる気がしない」

「でも、今回英語の点数高かったよな?」

「それは……」


 ふと、朝陽の頭にクラスメイトの顔が浮かんだ。


「かーがーみっ!」

 

 後ろから明るく弾む声で名前を呼ばれ、朝陽が振り向く。

 金色の長い髪が最初に目に入り、すぐに声の主が明日香だと認識できた。


「げ、宮本」

「げって何よ吉川!」

「列崩すなって言われたろ。ほら、後ろに戻れ」

「いーじゃん、少しくらい!」


 千昭の言う通り、資料館までは集合場所に着いた順で列を組んで歩くことになっている。

 しかし、後ろのほうにいたはずの明日香は聞く耳を持たなかったらしい。


 やいやいと言い合う千昭と明日香に挟まれ、小さく朝陽はため息をつく。

 

「噂をすればなんとやら……」

「えっ、もしかして私の話してたの!?」

「正確には今からしようとしてた」


 興味津々といった様子で金色の髪が近づく。

 朝陽に横にぴったりと着いた明日香は、「なになに!」と話の先を促した。


「中間試験の英語、宮本に教えてもらったとこが出題されて点とれたって話」

「おー、それは良かったね! 私も教えた甲斐があったよー」

「ん、ありがとな」

「どいたまー!」


 まるで自分のことのように喜ぶ明日香に、千昭が目を細めて首を傾げる。


「宮本って最近、朝陽と一緒にいること多いよな」


 その指摘に明日香は一瞬ピクッと反応して、それからいつもの笑顔を浮かべた。


「そうかな、普通じゃない? ねー、火神」

「まあ、言われてみれば俺も多いとは思うけど……」

「あれ、火神も!?」


 思えば、テスト週間から今日まで朝陽は明日香とよく話すようになった。

 それは朝陽から、というわけではなく明日香から近づいてくる印象だ。

 

「でもさ、友達だし別にいいじゃんね」


 ニコリ、と笑う明日香。

 その瞳は有無を言わせない迫力がある。


「……まあ、そうだな」

「火神と私は仲良しってことで!」


 結局、ふんわりとした結論に落ち着き、朝陽も千昭も異論を唱えない。


「そういや、山田はいいのかよ」

「……龍馬?」

「一番仲いい友達だろ」

「あー……そうだね」


 肯定した明日香は長い長い列の前を見据えた。

 背が高い龍馬のいつにも増して爽やかな笑顔が目立つ。その隣には日菜美を挟んで、楽しそうに微笑む冬華がいた。


「……あそこまで行くのはちょっと遠いかな」


 弱々しい明日香の言葉に千昭はそれ以上何も言わなかった。


 そうして三人で資料館までの道を歩く間、何度か後ろを振り返る冬華と目が合った。その度に何故だかぎこちない笑顔を浮かべる冬華との距離がゆっくりと開く。


「お前ら、後ろが混むから立ち止まるなよー」

 

 見知らぬ都会の道なりに、担任の竹内先生の呑気な声が響いた。




 

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