第81話 やきもちとくべつ


「……なあ、冬華」

「なんでしょう、朝陽くん」 


 事前の打ち合わせ通り、二班で合流して中華街を観光する間、朝陽は隣を歩く冬華に声をかけた。


「気のせいだったらいいんだけどさ……なんか怒ってる?」

「怒ってませんよ。朝陽くんの気のせいです」

「そ、そうか……」


 キッパリとした物言いに、思わず怯んでしまう朝陽。

 気のせいだと冬華は言うが、その表情は明らかに不機嫌そうだった。

 

 対照的に、前を歩く千昭と日菜美は楽しそうに笑い合っている。途中で買った肉まんを頬張って、いつものように二人でイチャイチャとしていた。

 宣言通り龍馬にべったりの明日香も、幸せそうな笑顔を浮かべている。


 そんな様子を眺めていると、ふと後ろを振り返った明日香と目が合った。すると明日香は口をパクパクとさせ、何やらアイコンタクトを図り始めた。


(ご、め、ん、ね……が、ん、ば、れ?)

 

 何だそれ、と朝陽は微笑する。

 そんな朝陽を見て、冬華は一層顔を曇らせた。


「……朝陽くんは、宮本さんと仲がいいんですね」


 抑揚のない声で話す冬華。その視線は明日香に向けられている。

 

「仲がいいかというか……まあ、最近よく話すな」


 同じようなことを千昭にも言われたな、と朝陽は思い出しながら返事をした。


「そうですか」


 聞くだけ聞いて、冬華は朝陽から顔を背けてしまう。そもそも、合流してから一度も目が合っていないような気さえする。


 相変わらず不機嫌そうで、何やらはっきりとしない冬華。その珍しい様子を不思議に思っていると、ぴたりと冬華の足が止まった。


「どうした? 体調悪いなら先生に……」


 朝陽も足を止めて心配から声をかけると、冬華は首を横に振った。

 他の班員は前にいて、後ろを歩いていた二人の異変に気付く様子はない。


「宮本さんと……よく話す、だけですか?」

  

 先程の平坦な声とは変わって、その声は少しだけ震えていた。

 不安そうな表情を浮かべる冬華と一瞬目が合って、すぐにまたうつむいてしまう。

  

 質問の意図を掴み損ね、朝陽は首を捻った。

 冬華が何を言いたいのか、何を聞きたいのかわからない。

 それでもこれ以上はヒントをもらえないらしい。


「宮本とは普通に友達だぞ」


 結果として回答は当り障りもないものになった。

 しかし、それが冬華にとっては求めていたものだったらしい。


「……よかった」

「よかった?」

「あっ、いえ。こちらの話です」


 ほっ、と胸をなでおろした冬華は安堵の表情が浮かんでいる。その姿は普段通り、優しく穏やかだ。

 

「友達、なんですよね?」

「そうだけど……そんなに気になるか?」

「だって……」


 もにょもにょと口を動かし、言い淀む冬華が頬を淡く染める。


「かがみん」


 ポツリ、と冬華が朝陽を呼んだ。その瞬間、胸が跳ねるのを感じる。

 いつもと違う呼び方で、それでも自分を呼んでいるのだとはっきりわかった。

 それは日菜美に付けられかけたあだ名であり、明日香に呼ばれるようになったあだ名だ。


「どうしてそれを……」

「宮本さんが言っていたのを聞きました」


 なるほど、と朝陽は頷く。 

 それから、なるほど? と首を捻った。


「それがどうしたんだ」

「二人が仲睦まじい様子だったので……いいなあって」


 頬の色を一層赤くした冬華が上目遣いで朝陽を見つめる。

 その姿は非常に可愛らしく、愛らしい。

 からかいたくなったのは、そういう訳だろう。


「やきもちか?」


 朝陽としては、冗談のつもりだった。

 その冗談を冬華は同じく冗談で返す。

 そう朝陽は想定していた。

 

「……内緒です」


 少し間が空いて帰って来た言葉にいったいどう反応すればいいのか。

 冬華は顔をほんのりと赤く染めたまま笑顔を浮かべた。

 またしても朝陽の心が静かに騒めき、それからチクリと痛みを感じる。


「そういう冬華は、最近山田と仲いいよな」

「山田くんですか?」

「……ほら、呼び方変わってる」

 

 我ながらみっともないと朝陽は自嘲する。

 ただ、これを機に気になっていることを聞きたかった


「そうですね、趣味が合うので仲良しだとは思います」


 迷いのない肯定の言葉に胸の痛みが鋭くなる。


 龍馬はよく冬華と恋愛小説の話をすると言っていた。同じクラスになってから何度かオススメの作品を語り合っている二人も見かけている。

 その姿はとても楽しそうで、とても華やかだった。

 そして朝陽は、決まって心がモヤモヤとして、胸が痛くなった。

 

「でも」


 冬華が短く話を区切る。


「名前呼びは朝陽くんだけですよ?」


 それが何を意味するのか、気付かないほど朝陽も鈍感ではない。


 遠回しに、特別だと言われているのだ。


 顔が熱くなる朝陽に、冬華は一歩前に近づく。

 いつの間にか上機嫌になっていると、その表情から感じ取れた。


「やきもち、ですか?」 

「……内緒だ」

「お互い様ですね」


 ふふっ、と笑った冬華は軽やかに身を翻して朝陽に背を向ける。


「さ、いきましょう。みんなに置いて行かれてしまいます」

「そうだな。そろそろ行こうか」


 二人は並んで、一緒に歩き出す。

 それから少し歩いて、また立ち止まる。


「……いませんね」

「……いないな」


 先に進んでも、見慣れた後ろ姿が見つからない。

 人混みが段々と多くなり、雲行きが怪しくなってくる。


「これは……はぐれてしまったかもしれません」


 一難去ってまた一難。

 二人は顔を見合わせ、それから笑った。

 

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