第23話 氷の令嬢とご褒美タイム


 球技大会を終えた後、朝陽は千昭と日菜美から夕食に誘われた。

 何でも、敗者を慰める会なるものを開催するつもりだったらしい。


 ただ、夕食には既に先約が入っていたため、朝陽は丁重に断ることにした。

 

 あちらが敗者を慰める会なら、こちらは勝者を称える会とでも名付けるべきだろうか。


「良い匂い……」

 

 一人暮らし故に少し小さめのダイニングテーブルに黄金色に輝くオムライスが二つ並ぶ。

 そして、そのまま視線を前に向ければスプーン片手にじっ、と好物に見入っている冬華の姿があった。


「なんだよ、早く食べないと冷めるぞ」

「……本当にいただいていいのですか?」

「それは今更だろ。優勝したら高級オムライスを振る舞うって提案したのは俺だ」


 本当に、時間が経って冷静になった頭で考えても、一体何を提案しているんだといった感じだ。

 そして、まさか冬華が乗ってくるとは思わなかった。


 更に言えば、決勝戦後半からの冬華の無双っぷりも、発破をかけておきながら全くの予想外だった。


「……いただきます」

「ん、召し上がってくれ。MVP様専用の特製高級オムライスだ」

「その呼び方はやめてください……」


 表彰台に上がった時は"氷の令嬢"らしい凛とした表情を浮かべていたものの、面と向かって言われると恥ずかしいのか、球技大会での活躍ぶりをもてはやせば冬華は分かりやすく頬を染めた。


 決勝戦の最終スコアは四十五対四十四。

 スリーポイント六本を始めとする冬華の鬼神の如き活躍で、日菜美が率いるバスケ部主体のクラスから逆転勝利を収めた形だ。

 途中から冬華には二人のマークマンが付いたが、その勢いは少しも止まらず、隣で日菜美を応援していた千昭は思わず笑ってしまっていた。


 もう本当に、笑うしかない圧倒的強さで劣勢から勝利を収めた冬華が文句なしのMVPを受賞した球技大会は幕を閉じた。


(相葉には少し悪いことをしたかもな……)


 朝陽にブローチを上げる、と息巻いていた日菜美の落ち込み様は見ていられず、冬華無双の後押しをしてしまった張本人という事もあって罪悪感に苛まれる。

 

 面倒臭いことにならなくて良かったと思う反面、日菜美はあくまで自分の為に頑張ってくれていたのだから申し訳ない。

  

 今度、約束通り家に招く時は何でもリクエストに応えてやろうと心に決めつつ、朝陽はようやくオムライスを一口食べた冬華に視線を向けた。


「……美味しい……凄く美味しいです」

「口に合って何よりだ。いつもより奮発した甲斐があったよ」

 

 目の錯覚か、それとも気のせいか、冬華の美貌の中心にある大きな瞳が琥珀色を思わせるほどキラキラとしている。


 普段通り言葉数は少ないが、食事中は表情が少しばかり緩むようで、冬華は本当に美味しそうにオムライスを次々と口に運んだ。

 その様子は普段のクールな美しさとは一線を画し、今朝の微笑みの様な年相応の可愛らしさと愛らしさが姿を現している。


(少しは気を許してくれてるのかね……)


 "氷の令嬢"が笑ったとか、微笑んだとか、そういった類の噂はまだ聞いたことがない。

 誰かと普通に話している、といった噂さえもまだ一度も流れたことはないはずだ。


 そもそも、笑みを浮かべた、誰かと会話した、レベルの些細な事で噂になることがおかしい。

 ただ、その可能性が十分にある程、本来"氷の令嬢"は他人を拒絶し、心を閉ざしていた。


「良い食べっぷりだな。おかわりいるか?」

「……私がそんなに大食いに見えますか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 ハードな試合を終えてお腹が減っているだろうと気を遣っての提案だったが、どうやら冬華は別の意味に捉えたらしく、ぷいっと顔を背けられてしまった。


 こんな風に、ちょっとした掛け合いをしたり、普段は絶対に見られない表情を見れたりするのが自分だけだと思うと、少しこそばゆい思いがする。


 こうやって夕飯時に食卓を囲んでいる事も"氷の令嬢"からは到底考えられない事だ。


 それに、今日は手を怪我して安静が必要だとか、心配によるお節介が過ぎたとか、互いの距離を無視したやむを得ない理由が存在しない。


 球技大会で優勝したから、ご褒美に手料理を振る舞う。


 そんな冗談めかした提案の上で、今この空間は成り立っている。


「……さっきから何をぼーっとしてるのですか。あなたこそ早く食べないと冷めてしまいますよ」

「あ、ああ……ちょっと考え事してた」

「食事を忘れる程の考え事とはよっぽどですね……」


 距離が縮まったと考えてもいいのだろうか、などと本人に聞けるはずがなく、朝陽は適当に会話を切り上げてまだ手付かずの綺麗な黄色い膜へと手を伸ばした。

 

 一個二百円の卵にいつもよりワングレード上の鶏肉、牛乳やバターといった下味をつける材料にも拘った。

 高級、といえど朝陽基準によるものだが、自信作であるのは間違いない。


 早速スプーンいっぱいにオムライスを取って口に運べば、直ぐに卵由来のまろやかな甘みが広がった。

 具材たっぷりのケチャップライスは高い食材を使ったからか数段美味しく思えるし、周りを包む卵のふわふわ感と噛んだ後のとろとろ感は自分で作っておきながら満点をあげたくなる。


「めちゃくちゃ美味いな……」

「そうでしょう? 熱いうちに食べないと勿体無いです」


 まるで自分が作ったかのような言いようの冬華は既にオムライスの半分近くを口にしていた。


 いつもより大分食べるペースが早い――そこまで考えて、朝陽はほんの僅かに口角を上げた。


 何も、冬華の食事のペースに笑ってしまったわけではない。

 と考えるほど、冬華と食卓を囲んでいることにどうしようもなく笑みが込み上げたのだ。


 ただ、一週間続いたこの光景も遂に今日で終わりを迎える。


 その事実が、口いっぱいに頬張ったオムライスの甘みを少し控えめにさせ、今度は朝陽の表情に苦笑いが浮かんだ。

 

 

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