最終話 取り戻した想い


―――


「白本を殺したら俺はお前を殺す。」

「赤江さん!!」

 聞いた事のある台詞を呟きながら、赤江さんはツカツカと歩いてくる。そして私達の前に来ると立ち止まって、その手に持っていた物を突きつけた。


 それは銃だった。菊池さんが慌てて前に出る。

「赤江っ!お前それを……」

『どこから持ってきた?』と続けたかったのだろう。しかし守口が天井に向けて一発撃つと、その場にいた全員の動きが止まった。


「やっと会えたな、赤江真。記憶は戻りましたか~?」

「あぁ、お陰さまで。」

「……え?」

 さらっとそう言う赤江さんの顔を凝視したが、その目は守口を見据えていて交わらなかった。


「あ、赤江さん……」

 私はその目を見つめながら、あの時の事を思い出していた。


 そう、今みたいなシチュエーションで、赤江さんは私の後ろにいる犯人に怒りと狂気がない交ぜになった視線を向けた事があった。


 あれは私がまだ刑事になって数ヶ月の頃。対策係のメンバーとも赤江さんともまだ上手く打ち解けていなくて、そのせいでいつも焦っていた。

 早く成果を挙げれば皆認めてくれる。そう思って闇雲に動いて……そして――


 ある日私はへまをして、この守口のような凶悪犯に人質にされたのだ。

 対策係の皆にとっても捜査一課の皆さんにとっても、私なんて守る価値のある人間じゃない。そう思っていたし、もう既に諦めていた。


 これで殉職という事になったら何か貰えるのだろうか。いやでも、自分の失態で死ぬのだからそれはないか。

 ドキドキと煩い心臓とは裏腹に、頭の中は気持ち悪いくらい冷静だった。


 だけどこめかみに当てられていた拳銃に力が入ったその瞬間、赤江さんの鋭い声が聞こえたのだ。


『白本を殺したら俺はお前を殺す。』


 私はその時、凄く恐かった事を覚えている。それはそう言い放った赤江さんの顔が本気だったから。

 本当に相手を殺すんじゃないかというオーラが見えたから。


 でも流石にそれはないだろう。ただの威嚇だ。そう思っても彼の迫力は言葉に出来ないものがあった。


 もし本当に赤江さんが引き金を引いたら?

 犯人を捕まえる為とはいえ、殺人を犯してしまったら?


 ――私のせいで人を傷付けてしまったら?


 恐くて恐くて堪らなかった。

 赤江さんが引き金を引かないよう、ただ祈る事しか出来なかった……


「守口、白本は関係ないだろ。離せ。」

「離す訳ねぇ~だろうが。」

「ちっ!」

 赤江さんの舌打ちが聞こえた瞬間、私の頭の上を何かが通っていく気配がして後ろで火花が散った。

 どうやら赤江さんが一発撃ったようだ。守口も含めてその場にいた全員が深いため息をついた。


「赤江……お前、ビックリさせんじゃねぇよ!」

「はっはっはっ!面白くなってきたじゃねぇ~か!なぁ、赤江真!」

 菊池さんが震える声を絞り出して怒っている。だけどそれにも構わずに、守口は赤江さんに銃口を向けた。


「さぁ~て、どう出ますか?天才赤江は。」

「………」

 私はハラハラと二人を交互に見る。そしてふと赤江さんと目が合った。

「あ……」

 その目はあの時と同じく狂気が宿っていて、一瞬体がビクついた。次の瞬間にはあの時感じた恐怖が体中を駆け巡る。


 このままじゃ赤江さんは本当に人を殺してしまう!

 私のせいで彼の人生を台無しにしたくない……!


 そんな強い想いが私を突き動かす。気付いたら守口の腹に頭突きを食らわせていた。

「うっ……!」

「赤江さんは私が守る!!」

 銃口を赤江さんの方に向けようとした守口の手に必死にしがみつく。渾身の力を振り絞ってやっとの事で銃を奪った。


「……確保!」

 一瞬遅れて菊池さんの声がする。一課の人達がバタバタと守口に駆け寄るのを、私は床に突っ伏したまま、呆然と見つめた。


「白本……」

「あ、赤江さん。大丈夫でしたか?」

 声がしたので振り向くと、呆れた顔の赤江さんと目が合った。

「たくっ……無茶しやがって……」

「えへへ…」

「笑うとこじゃない!」

 笑って誤魔化そうとしたら、頭を殴られた。私は殴られた所を擦りながら赤江さんを見た。


「だって……約束したじゃないですか。」

「約束?」

「赤江さんの事は私が守るって。」


 そう、付き合う事になった時、私は言った。何があっても彼を守ると。

 危なっかしくて常人離れしていて道を踏み外しそうな狂気を持つ彼を……私が……


「あぁ……そう言えばそんな事言ってたな。だけど……」

「?」

「お前が危ない目に合ってまで、止める必要なんてない。」

「何ですか、それ!せっかく私が……」

 勇気を振り絞って赤江さんを守ったのにそこまで言われて落ち込んだ。


「大丈夫だ。お前が隣にいてくれさえすれば、俺が道を踏み外す事はない。」

「は……」

 突然のプロポーズみたいな台詞に、アホ面のまま固まってしまった。


「~~~!!たまには優しいとこ見せないと、あいつの方がいいって言われちゃたまんないからな!」

「へっ?あいつ?」

「お前……。正直あいつの方がいいって思ってただろ?」

「だ~か~ら!あいつって誰ですか?」


 私の問いに顔を赤くしながら『あ~』だの『う~』だの唸っていたが、やがて意を決したように顔を上げると言った。

「記憶無くしてた間の俺の事だよ!」

「へ……?」

 思ってもみなかった答えにビックリして赤江さんを見ると、ますます顔を赤くした。


「あ!そう言えば記憶!記憶戻ったんですよね?良かったぁ~!」

 記憶が戻った事を思い出して、私は思わず赤江さんに抱きついた。

「ふんっ……!記憶が戻らなくてもいいとか思ってたくせに。」

「ギクッ!……えっとぉ~そのぉ~」

 疑いの目で見てくる赤江さんから目を逸らしながら、体をそっと離す。そしてにっこりと笑った。


「だってどっちも赤江さんなんですもん。選べませんよ。」

「……///」

「お帰りなさい、真さん。」

「……あぁ、ただいま。百合子。」



―――


 失われた時間なんて最初からなかったかのように、記憶が戻った彼とは自然に話せた。そしてその時私は、自分が間違っていたのだと思い知らされたのだ。


 赤江真という存在だったからこそ、私は一緒にいられた。彼だからこそ愛したんだと……


 神様は大切な事を私に思い出させようとしてくれたのかな?

 貴方に初めて会った時の事や、貴方と過ごしたかけがえのない時間の存在。当たり前になりすぎて、どこかで忘れていたのかも知れない。何が一番大切なのかを……


 厳しいだけじゃ生きていけない。だけど優しいだけじゃ物足りない。

 私はそのどちらかだけを、夢見ていたのかな。


 真ん中に陣取って胡座をかいている貴方が、やっぱり大事だと気付いたよ。


 だからたまには優しくしてください。



 初めましてをもう一度貴方と


 貴方と出逢えて良かった……



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