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「また、あの夢をみたの?」
あたしの前に座る彼女は、赤いルージュで縁取られた唇を大きくあけて言った。重そうなまつ毛を持ち上げながら、綺麗な眉毛を歪ませた。
「そうなの。なんだかここまでくるとちょっと怖いよね。」
ハハッと自虐的に笑ったあたしの姿にさらに彼女は眉をひそめる。
今日は休日。
いや、世間は平日。でも獣医師のあたしにとっての休日はみんなの平日。あくせく働いている人から見れば暇人にみえるんだろうな、なんてどうでもいいいことを思った。
「やっぱりさ、それ夢占いできる人に見てもらったほうがいいんじゃない?」
そういいながら目の前のケーキを突っつく彼女は、派手なその容姿で誤解されることも多いけどあたしの数少ない友達の1人。
「うちはさ、タロットしかみれないからな〜。タロットだったらいつでも占ってあげるよ。」
「そういうの信じてないの知ってるでしょう。」
「そうだよね。残念ながらうち、霊視とかそういう第六感もないんだよね。あればみてあげられるのにね。」
「はるかにそういう能力ないのは知ってる。何年付き合ってるとおもってるの?そんな感じで占いうまく行ってるの?」
「占いって以外と儲かるんだよ〜。どの時代にもあって廃れない職業って占い師じゃん?」
「そう?医者じゃない?」
「医者もそうだけど、どの時代でも人の恐るものは変わらないんだよ。目に見えないものを恐れるの。」
「ふ〜ん。」
彼女、はるかは占い師だ。中学のときから仲良しで、その頃から占いが大好きでそのせいかはしらないけれど、気づいたら占い師になっていた。でも、みんなが期待するような第六感とかいうものは元からなく、霊感だってない。
占い師の養成所のような学校があるようで、そこに入学して今に至る。
学校に入学するときも、怪しいし辞めた方がいい、とあたしはどうにかほかの道を探るように説得したけれどポヤポヤしてるわりに昔から頑固だったはるかの決意を崩せなかった。それでも今そこそこ儲かっているらしい。固定客もけっこういるようで、最初の杞憂は無駄だった。
「でもさ、でもさ、そんなに同じ夢って見ることないじゃない?ちょっと気になるよね。」
興味がないような顔をしながらもはるかの目はキラリと光った。
「それは友達としてあたしを心配して言ってるの?それとも占い師として興味があるだけ?」
ため息まじりで冷ややかにみつめるあたしに臆することなくはるかはこともなげに、
「ええ〜もちろん、どっちもでしょう。」
とはっきりと言ってのけた。
「でしょうね。そんな気はした。」
「だって、気になるじゃん!葵は気にならないの?」
「いや、気になるよ?だってこの夢を見るたびにあたし、疲れてるんだもん。いい加減解放してはほしい。」
「でしょう!だったらさ、知り合いの占い師に夢占いできる人いるから聞いてみる!」
「う〜ん、でもなあ。」
まだどうしても踏ん切りがつかないあたしをキッとはるかはひと睨みして言った。
「でもなじゃないよ。はっきりさせよう!決めた!夢占いに行く!」
その目にあたしはじぶじぶ頷くしかなかった。
こんなときにこのはるかの頑固というか、よく言えば芯の強さが顔をだし、あたしはこっそりため息をついた。
「幸せ逃げる。」
スマホをさっそくいじりだしていたはるかが素早くそれをみつけて画面から目を離さずに言った。
よくわからないけれど、さすが占い師だなとなんとなく納得した。
私の家はいわゆる名家と言われる家柄で、この土地一帯で我が家の名前を知らない人はいない。
この名前のせいで私はずっと孤独だ。
学校でも家でも、私はずっと1人だけカゴの中の鳥のように何かに縛られて自由がない。
友達なんてこの先も今までも1人もいたことなんてない。
昔乳母の目を盗んでこっそり遊んでいる子たちの中に混ざろうとしたことがある。
『私もまぜて』と笑顔で言った私に、彼女たちは明らかに戸惑いの目を向けてそしてそれは次第に恐怖の色をおび、結果あいまいに微笑んで『もう帰らないと』と言いながら1人2人と私のまえから消えて言った。
その時から私は自分の置かれた状況とこの世界での立ち位置を十分理解し、皆が羨むすべてを持っていいるのだから代わりに諦めなければいけない大事なものがあることを知って、私は何も望まなくなった。
私が望んでいいものなど何一つないことも知った。
そして、大きくなるにつれて、羨望される的はその綺麗な眼差しだけでなく、妬みと軽蔑というどす黒い視線を受け続けなければいけないことを知った。
『ほら、あそこの…』
『ああ、あの浦島様の…』
『怖い、怖い…』
『恨まれたら1000年先まで祟られる…』
『近づかないほうがいい…』
『そうしよう、そうしよう…』
私がなにをしたというのか。
そんな怒りもあったが、そんなものは遠にはるかかなたへ消えた。
なぜなら私は理解したからだ。
この家がなぜここまで羨望されつつも恐れられているのか。
この家は、浦島家は、『人魚』の家系だという。
それゆえか、男子は産まれず男も長生きはしないという。
私の父親という存在に、私は生まれてこのかた会ったことも写真で見たこともない。
とっくの昔に亡くなっていて、話題にすらあがったこともない。
だからこの家には、男というものは誰一人としていなかった。
だだっ広い大きな家に、年老いた曽祖母と祖母と私。
母は幼い頃に亡くなった。あんまり記憶がないけれど病弱だったという母親は、私の記憶の中ではずっと布団の中だった。
家族と呼ばれるものはこれだけで、使用人が数名いるだけだ。
そしてもう一つ。5年に一度お祭りがある。それはこの地域ではとても大切なもので、この地域が潤うためには必要不可欠であるという。それを務めるのが私たちの役目であり、存在意義である。
この地域を守ることで私たちは多くの富を手に入れたという。
それは下衆な言葉を借りるなら、人ではあらざるものに魂を売ったということらしい。
いずれにしろ、皆思っているのだ。
私たちを崇め恩恵を受けたと思っていながら愛想笑いに隠して、人の道理から外れた私たちを軽蔑し嘲笑っている。
バケモノたちが、と。
なんとも人は醜いのだろうか。
真実などは関係なく自分の目でしっかりと見ようともせず、目に見えないものを恐れる。
同情にもにた切なさに気づいた私はもうすぐ15歳。
明後日の祭りは私が主役である。
いつもよりも特別な意味を持つ今回のお祭りで、私はその日人魚となる。
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