短編「凍ったままの秋」
朶稲 晴
【創作小話/凍ったままの秋】
秋風がアスファルトの上を引き摺られて、かろかろと心地よい音をならしていた。踊る子供たちは皆一様に暖色に服を染めて親離れをし、笑っていた。もうすぐ冬がやってくる。秋風が引き摺られる音も、赤い子供たちが笑う声も、そろそろ聞けなくなる。
冬、あぁ。冬。
冬が来たら何をしよう。しんと凍てつく空気に耳を切られながら散歩をしよう。固雪に足をとられないように、慎重に歩こう。氷の匂いと乾いた塵の匂いを鼻からめいっぱい吸い込んで、肺がひりひりするその感覚を楽しみたい。ふとももあたりの血が凍って皮膚を刺すあの感触や、寒風にひっぱたかれる頬の、あの感触。辺りは一面白であるからにして目に悪く、眼球の裏側がきゅうっと痛くなる、あの感触。
音は静がいい。生き物はみんな寝静まって植物はみんな息絶えたあの音が好きだ。聞こえるのは自分の呼吸音だけ。起きているのも、生きているのも自分だけの世界の音を聴きたい。
口の周りにできた氷の粒を舐め取って、舌が外気に触れて怯えるのも毎年だ。よせばいいのに乾いた唇の皮をむしって、皹から血が出るのも毎年だ。これらも、あぁ。冬が来たなと感じる瞬間であった。
あとは、あとは、何をしよう。
家の中では何をしよう。ときおり屋根を雪が滑り落ちる音を聴きながら、まどろむのもいい。お気に入りの掛布を幾重にも重ねて暖をとり、まるまって横たわろうか。きっと文句を言うものはいまい。好きにさせてくれ。
蜜柑も食べるか。段ボールいっぱいの小ぶりな蜜柑を、はやく食べないと腐るからと、慌てる必要もないのになにかに追いたてられるように食べよう。今年の蜜柑は当たりだとか、はずれだとか、ぐちぐちいいながらもなんだかんだで箱いっぱいの蜜柑を食べきる未来が目に見える。指の先が蜜柑の剥きすぎで黄色くなるのも、それもまたいいだろう。
あとはやはり、書き物だろうか。まわりがしんとして静だからきっとはかどるだろう。春と夏と秋とに書ききれなかった題材を、すべて書いてしまおう。矢のように好きさってしまったそれらの季節を思い出しながら、そしてまた巡り廻ってくるだろう季節を想像しながら、何もないこの季節に書き物をするのもよかろう。北国の冬は長い。いいだろう。
あぁ。そうだ。汽車にも乗りたい。冬の汽車はいっとういい。特に夜の汽車は。黒く塗りつぶされた雪敷の線路を、蛍光灯がちろちろと照らす様は慎ましやかで美しい。車内の、あの暖房のききすぎてどんよりと濁った空気もいとおしい。停滞しきってもわぁあんとまとわりつくあの偽物の生温さが気持ち悪くも癖になる。そして、もし乗客が自分だけなら、窓を開けるだろう。一気に流れ込むきぃんとした針のような寒さが車内を掻き乱し、やがて外と同じになるだろう。そうしたらまた窓を閉めて、暖まるのを待つ。実に贅沢な遊びだ。
それから。それから、
かろかろかろ。
ハッとして顔をあげる。そうだ。今は秋だった。冬はもう少し先だ。
秋も、嫌いではないが、どうも冬に比べると見劣りするな。北国の秋は短いから、ただ秋を感じる間もなく過ぎ去ってしまうのも原因だろう。
これから来る冬に寄せる期待を隅に追いやり、今日は秋の楽しみを探そう。
きっとあるはずだ。見つけられるはずだ。
短編「凍ったままの秋」 朶稲 晴 @Kahamame
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