ふたり劇場
ありもしないことを妄想するのって楽しいな。それも少女漫画みたいなでき過ぎた話じゃなくて、むず痒い欠陥のある恋のワンシーンを。
妄想①
私は彼氏と冬のバスに乗っていた。
雪のせいで自転車が使えないため、バスが混んでいて、入り口の近くで2人とも立って乗っている。私より20cm背が高い彼は上のつり革に掴まるけれど、私は腕をいっぱいに伸ばさないと届かないから柱を握る。
付き合って4ヶ月になる彼は、バスの中でスマホばっかり。私にかまってくれない。
私は彼を見上げて彼の表情を窺って、変な顔をしてみたり視界に入ろうとしてみたりするのだけれど、私はスマホには勝てないらしい。
私は小さなイタズラを思いつく。カメラロールから昔にツイッターで拾ったネタ画像を開く。
「だいすこお兄さん」って書かれたコラージュ画像。これは初めて見たとき私も吹いた。
(元ネタは、最近一部の若者の間では「好き」を「すこ」という風習(?)があるのと、NHK教育番組に出てくるだいすけお兄さんを掛けたものである)
これをエアドロップで送ってやろう。iPhoneから彼だけに画像を飛ばす。
やっとこちらを見てくれる。苦笑い。その顔には、そう来たか!っていう驚きと、ずっと気づいてたけどイジワルしてたんだよっていう弁護みたいな本音が隠されていて、
私は彼のその表情にズキュンとする。
なんだかんだで私のことが大好きな彼と、今日も一緒に通学できるのが幸せです!
妄想②
私はお気に入りのカフェにいた。
金曜の放課後、私は制服ではない。近くの本屋さんの化粧室で、最近買った小洒落た服に着替えて、しっかりメイクをする。これでまるで別人になった気分。学校の友達と会っても2人に1人は気づかないだろう。
そんな感じで背伸びした私はカフェのカウンター席でコーヒーとクッキーを注文する。
新しいお客さんが入ってくる。制服姿の男子高校生だ。今日のカフェは混んでいて、数席しか空いていない。男子高校生はカウンター席の私の隣に座った。初めてここのカフェに来たらしく、新鮮そうにメニューを眺めている。そんな隣の彼を私は見つめる。
この人、どこかで見たことある!?
そんなうちにこちらの視線に気づかれて、目が合ってしまったので私は慌てて違う方を見る。記憶を辿ればおそらく数年前、私はこの人に会っている。こんなオシャレなカフェじゃなくて、もっと田舎のグラウンドで。懐かしい目の感じ、つり眉。愛着のある顔。
そうだそうだ、思い出した。中学生の頃に好きだった人。もう会うこともないのだろうと思っていたのに、まさかこんなところで再会できるなんて!
私の胸は高鳴る。
しかし彼は私が私であることに微塵も気づいていない。それもそうだ。こんな格好をしていれば高校生には見えていないかもしれないし、それ以上に久しぶりすぎる。話しかけるか否か迷ってうずうずしているうちに時間は刻々と過ぎてしまう。次の電車に乗らなければ門限を守れない。
仕方なく私は店を後にする。いつもはイケメンの店員さんに夢中だけど、今日はお会計の時まで、隣に座った彼を見つめていた。最後の最後にほんの一瞬、目が合ったような気がした。気のせいかもしれない。
話しかけられなかったけど、またここで会えたらいいな。
妄想③
私は愛する人とふたりきり、真夜中の廃遊園地にたどり着いた。
私たちは指名手配犯で、街中あちらこちらで探されている。捕まったらいずれ死刑囚になる。
知恵と体力を振り絞って、運が味方をし、逃げて逃げてやっとここまでたどり着いた。
伸びた雑草畑に彼が先に足を踏み入れる。歩く道があると分かると私を呼んでくれる。変な匂いがするけれどどうでもいい。もうここまでは誰も追ってこないだろう と思うだけで落ち着く。
秋風が吹く。秋の夜は寒い。
彼は私に観覧車に乗ろうと言った。
場違いなその台詞が、諦めを暗示していることを私は悟った。
錆びついていて、窓なんてあるはずもなく汚い観覧車。
この遊園地では営業していた当時、遊具の事故で死者が出たという話もある。私の生まれるずっと前の話だからよく知らないけど。
幽霊でも出るんじゃないかと思ったけど、幽霊になるとしたら私たちの方だ。
私は彼と不気味な観覧車に乗り込む。ゴミが落ちていて、虫がいて、臭くて不衛生の極みといった感じ。空腹は限界に達した。追われて走り続けてきて、身体も心もボロボロ。彼も同じようだ。まだいくらかお金はあるけれど、もうどこでも買い物はできない。
暗い狭い観覧車の一室。ここが私たちの最期になる。
お互いの最期の瞬間を覚悟して、私たちはくっついた。最後の一秒まで温もりを分け合っていたい。死刑囚よりずっと良い。
最愛の相方がいることだけで心強い。
そうして5分もしないうちに、どちらともなく命の灯を消していた。
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