第12話 心の闇

 アトランティスの空は様々な表情を見せる。一日の始まりは抜けるような青色。日が落ちる頃になると、太陽の光が雲と海を橙色に染め上げ、見入ってしまうほどの美しい景色を作り上げる。

 その後は時間が経つにつれ、海は深い青色となり、空には満天の星が輝き始める。


 太陽が西の空に沈みかけている今、二人の少女は目の前の経験豊かな魔法使いの話に耳を傾けていた。

 カーミラはふと、話を止めると窓の外に視線を移した。少し冷えてきたようで、薄めの生地の肩掛けを羽織る。テーブルに置かれた水晶に触れると、部屋の中が淡いオレンジ色に染め上がった。


「うわぁ」


 それを見たミリアムは、感嘆の声を上げる。


「こんな簡単な魔法が珍しいのかい?」


 カーミラはまるで子供のように目を輝かせるミリアムを見て、ふふ、と上品に笑った。


「ええ……! エリーネの家でも同じ魔法を見ましたが、カーミラさんの方が鮮やかで、洗練されていて……」


 エリーネはその言葉に、ふくれっ面を作る。


「むー。そんなこと言ったって、私はまだ修行中だし、そりゃおばあちゃんの方が魔法は慣れてるし……ふんだ」


 なんだかミリアムをカーミラに取られてしまったような気がして、エリーネは少し機嫌が悪くなってしまう。


「まあまあ、エリーネ。これからあんたの魔法使いっぷりをしっかり見せてあげればいいさ。ほら」


 カーミラは玄関まで歩いていくとゆっくりと扉を開けた。ふわり、と風が室内に流れ込んでくる。


「うっ……わああぁぁ!」

 ミリアムが頬に手をあて、これまでにないくらい表情を輝かせている。


 開いた扉の隙間からは、青く明滅する魔法の粒子が、穏やかな風に乗り部屋の中に入り込んできた。昼間に見た時よりも、濃く強く明滅しており、数も増えているようだ。

 ミリアムは誰に言われるでもなく、カーミラの横を通り過ぎると外へと駆けていった。


「あっ! ミリアムちゃん」


 その背中を追いかけ、エリーネも外に出ようとすると――。


「エリーネ」


 カーミラが小さな声でエリーネを引き留めた。


「……あの子の素性は聞かないよ。でも、私はあんな子は見たことない。恐ろしいよ。どうしたらあの年で、過去のアトランティスの人間よりも深く濃い闇を心に抱え込めるんだろう」

「深い……心の、闇?」


 ミリアムは魔法の粒子が飛び交う中、まるで妖精のように、その場で大きく腕を空に伸ばしていた。


「で、でも、あんなに楽しそうにしてる、のに?」

「ミリアムは気がついちゃいないだろうけどね。あの子は今、自分の心の穢れたものを必死に外に追い出そうとしてるんだよ」


 エリーネの体に悪寒が走る。


「あんたも、両親を亡くして、心には相当な傷を負っているんだと思う。でも、ミリアムの心の穢れはそれとは全く性質が違う。それがあの黒いインティリアを作り出したんだ」


 ミリアムは舞うように、魔法の粒子を追いかけている。

 心の穢れ。黒いインティリア。


 エリーネは何か、自分たちとは別のものを見てしまったように、体を震わせる。


「エリーネ。ダメだ。怖がっちゃいけないよ」

「……おばあちゃん」

「あの子は、本当に純粋で優しい子なんだ。あの子の心に触れられるのは、エリーネ。あんたしかいないと思ってる」


 再び、エリーネはミリアムに目を向ける。


 先日、初めて会った時のミリアムの印象は、正直ちょっと怖かった。でも、お互い様々な会話を通して、ほんの少しだけ近づくことができた。もっと、ミリアムのことを知りたい。できるなら、その心に蠢く闇を払ってあげたい。


「インティリアを持つ人は幸せになってほしい……」


 そう、ぽつりとつぶやく。


「お母さんの思い。私はその思いを引き継ぎたい」

「エリーネ……」


 エリーネは、ふんっと鼻から息を吐き出し、力強く一歩を踏みしめる。ひらひらと踊っているかのようなミリアムに近づく。


「ミリアムちゃん!」


 あまりの大声に、ミリアムが転びそうになってしまう。驚いた表情で振り返ると、仁王立ちで立ち尽くしているエリーネを見て、二、三歩後ずさってしまう。


「ど、どうしたのですか? そんな大声で?」

「今から、インティリアの『核』を作ります!」


 ミリアムはもう一度、体を震わせる。


「あ……ええ。そうでしたね。すいません。なんだかこの光景を見ていたら、いてもたってもいられなくなって……お邪魔でしたね」


 エリーネは大股でミリアムに歩み寄ると、その小さな肩をしっかりと掴んだ。


「ミリアムちゃんが作るの!」


「ふえっ……? な、なにをですか?」

「ミリアムちゃんが『核』を作るの! うん! 作ってみよう!」


 ミリアムは一瞬何を言われているのかわからないといった様子で呆けていた。

 エリーネは自信満々で、カーミラに振り向いた。


 カーミラも、思いもよらぬエリーネの提案に言葉を発せないようだった。

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