第32話 伝染するこころ
雪がちらついている。
なのに、空はもう冬が終わったような顔をしてそこに存在している。
ところどころ青空が見えていたのだ。どこまでも、とてつもなく青い。
それは真夏の海のようで、とっても――
未咲「起きて、起きてようみちゃん!」
うみ「んぁ……なんだよ、気持ちよく寝てたのにさぁ……」
未咲「あぁんもう、寝ちゃだめだよ! 着いたよ、海に!」
うみ「ん……あぁ、そういや車で移動してたんだっけ、あたしたち」
きょうは休日で、車じゃないと行けない距離にある海に行く予定だった。
玲香ちゃんのお父さんが車を用意してくれて、ほんとうによかった。
玲香「ごめんなさい。うちのお父さん、わたしよりも寡黙で」
なにも謝ることじゃない気がするんだけどな……。
玲香ちゃんはどうしても、そのことを気にしているみたい。
春泉「正直に言うと、ハルミちょっとものたりなかった……」
未咲「(しっ、それは言わない約束でしょ!)」
正直さが仇となった。
おかげで玲香ちゃんのお父さんは、ちょっと申し訳なさそうにしてしまった。
でも、無理もない気もする。
車の中がずっと静かで、話すこともなんだか憚られたような気がするから。
父親「楽しんでおいで」
それだけを言って、玲香ちゃんのお父さんは車の中に戻っていった。
未咲「ありがとうございます!」
言って、わたしたちは砂浜に足を向けた。
♦
未咲「見てみてれいかちゃん、わたしたちのおっきなハートだよ!」
玲香「はいはい、見てますよ」
こんな感じのやりとりにも、もう慣れた。
わたしたちはただの幼馴染。それ以上でも、以下でもない。
うみ「はじめてみたいな感じがするな、海に来るなんて」
それくらい、長らく海なんて見てなかったような気がする。
ロコ「移動してる間にもう夕方になっちゃうなんて……」
それくらい、かなりの大移動だった。
春泉「でも、夕焼けがすっごくキレイ……」
ハルミはひとり感動していた。
うみ「けっきょくあたしたちって何なんだろう……
こんな寒さしかない世界で、いったい何を感じろってんだよ」
ひとり悪態をつくうみちゃん。
ロコ「それなりにたのしいことはあるけど、やっぱり不満足だよね……」
ロコもそれに呼応するかのようにつぶやく。
未咲「みんなー! こっち来て!」
四人「?」
未咲ちゃんだけは、ずっと元気。
それがかえって、わたしたちにとっては眩しかったりして。
未咲「あれっ?! 書いてるうちに、波に消されてわかんなくなっちゃった!」
玲香「まったく、あの子ったら相変わらず……」
親かなにかのように、幼馴染を見ている玲香。
父親「そろそろ帰ろうか。もうすぐ日が暮れそうだから」
玲香「ちょっと待って」
玲香ちゃんみずから静止をかける。そして取り出したのは、自前のカメラ。
玲香「撮るわよ、みんな並んで」
未咲「おっ、用意がいいねぇ、玲香ちゃん」
うみ「可愛く撮ってくれよ、不細工なのはゆるさないからな」
玲香「言われなくてもわかってるわよ」
フィルムにおさまったのは、いつもと変わらない四人の笑顔。
わたしはそこにいない。あいにく、写真におさまるのは好きじゃないから。
未咲「じゃ、帰ろっか」
玲香「そうね」
そう、わたしたちはこれでいい。たとえ下半身がどれだけ冷たくなろうとも。
すべて水に流してしまえばいい。いやなことも、よかったことも。
いつだっていまを生きていたい。ふとした瞬間に、そう思えた。
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