第26話 全てはあのときから始まった (橘 美花 登場回)

 帰り道を歩いていると、どこからともなく数年ぶりの声がした。

 音もなく忍び寄っては、声をかけるタイミングを見計らっていたようだ。


 美花「久しぶり~! 未咲だよね?

    しばらく見なかったから、どうしてるのかなって思ってたんだー」


 ……とたんにヘンな汗が流れだす。

 そう、この子はわたしにとんでもない癖をつけた厄介者。


 美花「覚えてる? 教室のみんなの前で盛大におもらしイキしたこと!」


 橘 美花。中学の頃の同級生。


 授業中に我慢できなくてずっとそわそわしてたわたしに目をつけて、

 我慢してることをみんなに知られたくなかったら、教壇にのぼって

 教室にいる女の子全員に下着を見せびらかしてこい、と命令した子。


 当然、そんなことしたらみんなに変態みたいだって思われちゃうし、

 ともすれば、我慢してることがみんなにバレてしまうかもしれない。


 というか、本当の目的はそれだったのかも。最近ようやくわかった。


 美花「あのできごと以来、爆発的に未咲のおもらしが増えたよね!」

 未咲「そ、そうだっけ……? あはは、よく覚えてないや……」

 美花「とぼけちゃってぇ。それってやっぱり、あたしのおかげだったり?」

 未咲「うーん、どうだろう……」

 美花「せっかくだから、当時のことについてちょっといろいろお話しない?

    あたしクレープおごるから、未咲はただそこでじっとしてていいよ」


 まずい……あのころを思い出すと、だんだん降りてきてるような気がする。

 悟られないようにしながら、この場をやり過ごすしかない。

 とても逃げられるような相手じゃない。そのことだけはよく知っているから。


 未咲「(もし、話が思ってたより長くなっちゃったらどうしよう……)」


 そのことしか、頭になかった。


 ♦


 美花「おまたせー! はい、どうぞ」

 未咲「あ、ありがと……」


 なおぎこちない返答で、わたしは美花の横に並んでいた。


 美花「さぁて、何から話そっかな~……」

 未咲「あの……」

 美花「ん?」


 見ると、制服のすそを押さえて何かを耐えているように見える。


 美花「あっ! もしかしてトイレ?」

 未咲「ち、ちがうよっ」

 美花「じゃぁ、何?」

 未咲「あのときのこと、わたしやっぱり許せないよ……」

 美花「どうして? みんなの前で気持ちよさそーに失禁してたじゃない」

 未咲「だって、あのできごとさえなかったら、

    幼馴染の玲香ちゃんがおもらしするなんて考えられなかったし、

    夢でヘンな妖精を見ることだってなかったし、それから……」

 美花「ちょっと待った、ちょっと待った! えっ、それあたし関係なくない?」


 何を話し出すかと思ったら、そんなことか……と、つい拍子抜けした。

 てっきりはまっちゃって抜け出せないとか、そんな話だと思ったのに。


 美花「でもでも~、やっぱりおもらしって癖になるでしょ?」

 未咲「そうかなぁ……」


 どうしてだろう、やっぱりかなわない。

 この子の話しかたとか、醸し出す雰囲気だとかに、どうしてものまれてしまう。


 おしっこの穴がひくひくして止まらない。早く立ち去ってくれないかなぁ……。


 美花「じゃ、あたしはこれで」


 あっ、思ってたより早く時間が流れていったみたい。

 ほっ、よかった……そう胸をなでおろした、そのとき。


 未咲「ひっ!」


 大変よくないイメージが、頭の中に流れ込んできた。

 例えると、踏切が空いて渡れると思ったら、電車が目の前を通った、みたいな。

 そんな危険なイメージ。


 これを思い浮かべてしまったせいで、わたしはあのときのような失態を犯す。


 未咲「ちょっと、出ちゃった……」


 背中を見せる美花の表情が、なぜか見えるような錯覚をおぼえた。


 未咲「もうちょっとだけ、だそうかな……」


 当時では考えられないような発想に、ただ落胆するしかなかった。

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