第15話 むぎゅっ

 その音には、どこかいけない雰囲気が含まれていた。


 ♦


 この前の夢に出てきた、うつくしいほうの美咲ちゃんが再び現れた。

 そしていま、わたしは何をされているかというと……。


 美咲「美味しいかい?」

 未咲「んむむっ」


 しゅおーっという音がわたしの口いっぱいに広がってやまない。

 わたしに似てあまいんだけど、いきおいとかはまるで別人のようで不思議だった。


 美咲「我慢してたからたくさん出ちゃいそうだ。飲み干せるかい?

    無理そうだったら、いますぐ口を離して全部はいてくれてもいいからさ」

 未咲「(大丈夫、飲めてる)」


 ♦


 そこで目が覚めた。なんだかあっけない。


 未咲「さっきのは夢、だったんだ……」


 外は大雪だった。あの日見た夢のことを、また思い出そうとしていた。


 未咲「玲香ちゃんとは、もしかしたら前世とかでああやって出会ってたのかも」


 そんなことを考えていたら、わたしの家のチャイム音が聞こえてきた。


 春泉「ハウディー、ミサキ! 体調、どう?」

 未咲「うんっ、すっかり元気になったみたい」

 瑞穂「チャオ~、わたしも来ましたよー」

 未咲「ありがとうふたりとも、よかったらあがって」

 二人「さんきゅー!」


 奇跡的にそろった。あんまり見なかっただけに、めずらしささえ覚えてしまう。


 未咲「『人生を左右するゲーム』とかする? あっ、でもこれ四人以上用だね」

 瑞穂「玲香さんでも呼びましょうか?」

 未咲「いやー、玲香ちゃんってあんまりこういうのしないっぽいんだよね……」

 春泉「ウミはどう?」

 瑞穂「うみさんは……わたしが好きじゃないので呼びたくはないかな……」

 未咲「ロコちゃんも最近元気なさそうだし……やめとこっか」

 春泉「えー、ハルミやりたかったのに……」

 未咲「じゃぁ、春泉ちゃんがひとりふた役ってのはどうかな?」

 瑞穂「えー、それじゃおもしろくないですよー」

 未咲「うーん、やっぱりやめよっか……」


 せっかく来てくれたのに、遊べるボードゲームのひとつも用意してあげられず。


 瑞穂「だいじょうぶですよ! 未咲さんとお話できるだけで十分楽しいですし」

 未咲「それならよかった……」


 そう言った瑞穂ちゃんだったけど、次の瞬間、とつぜんわたしに抱きついてきた。


 瑞穂「あの、未咲さん……しばらくこうしてていいですか……?」

 未咲「えっ、いいけど……」

 瑞穂「もしかすると、その……いまはちょっといいにくいんですけど、

    そのうち、ごにょごにょ……とかしちゃうかもなのでよろしくです……」

 未咲「うん……」


 瑞穂ちゃんの鼓動が、どんどん早くなっていくのが感じられた。

 脚をもぞもぞとさせていて、とにかく落ち着きがない。もしかしてトイレかな?


 未咲「ねぇ、瑞穂ちゃ……」

 瑞穂「あぁっ未咲さんっ、いまはまだ何も言わないで、ほしいというか……」


 むずかゆそうな顔も見せてくる。結末が見えてなお、なぜかねばる瑞穂ちゃん。


 瑞穂「あのね……わたしもう限界なの。街ゆく人たちの冷たさとか、喧噪とか。

    だからお願い、未咲ちゃん……わたしのこと、むぎゅってしてほしいの」

 未咲「うん、それはいいんだけど、やっぱりまず……」

 瑞穂「そうですよね……いきなりこういうことするのって、おかしいですよね。

    でもやっぱりもう、どうしてもがまんできなくて、わたし、わたし……」

 未咲「うん、もういいから、まずトイレ行こ? 行きたいんだよね?」

 瑞穂「ちがうんです……この街に来てからわたし、ずっと我慢してたことが

    あって……それが、女の子どうしでいちゃいちゃすることだったり……」

 未咲「それはちゃんとあとでしてあげるから……

    ほら、もう立たないと、瑞穂ちゃん、取り返しのつかないことに……」

 瑞穂「だから、もう時間がなくて……早くしないとわたし、壊れちゃいそうで」

 未咲「(どうしよう……ぜんぜん動いてくれる気がしない)」


 その後も瑞穂ちゃんの独白がとめどなく続いた。

 しばらくして、かすかな水音とともに、脱力する瑞穂ちゃんの姿が映った。


 未咲「……しちゃったかな?」

 瑞穂「聞かないでください……そんなことくらい、わかってますから……」


 すべて知ったうえで、あえてその選択をしたみたいだった。

 けっきょくわたしがどうこうするお話ではなく、たんなる妄言だったっぽい。


 未咲「気持ちはわからなくはないけど……わたしより重症っぽいような」

 瑞穂「そんな!」


 ぎゃんがつくほど泣かれてしまった。とっても恥ずかしい思いしてそう。

 きょうのことはきれいさっぱり水に流してしまえばいいよね。トイレだけに。


 ちなみに春泉ちゃんはこの光景を見て、とくに何も思わなかったみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る