第9話 Numb 【意味】(寒さなどで)感覚を失った

 寒空の下で寒さに凍える、一匹の仔犬。

 もし彼がことばを話せたら、きっとこう言っていたに違いない。


 ――


 仔犬「うぅ、きょうも冷えるワン……誰か拾ってくれるといいけど……」


 なお、このまま進めると語尾が一辺倒になりがちなので、ここまでにする。


 仔犬(みんなー! ぼくはここにいるよー!)


 言いたくても、ろくに出せない。ここ数日、おなかが鳴りっぱなしだからだ。

 するとそこに、ひとりの女の子がやってきた。


 女子「だいじょうぶ? あたしのこれ食べて、げんきだしてね」


 あぁ、なんてやさしい子なんだろう。

 世の中こんなひとたちであふれていたらいいのに……そんなことを考える。


 仔犬「わうっ、わぅぅん……」


 ぼくは鳴いていた、もとい泣いていた。

 こんなところでくさっていちゃだめだ。きっといいひとがそのうち現れる。

 そう信じて、ぼくはきょうもふかふかなじゅうたんの敷かれた段ボールにいた。


 仔犬「それにしてもかぶれるなぁ……誰か替えてほしいんだけど……」


 そう、自分の出したもので、ぼくはとってもかゆい思いをしていた。

 むずむずするけど、うまくかけない。それがとてももどかしかった。


 仔犬「前足の感覚がないや……だって、寒すぎるんだもん……」


 防ごうにも防げない。どれだけ下がふかふかでも、温まるほどには限界がある。

 人肌が恋しい。みんな通り過ぎるだけで、ひさしく人の手に触れられていない。


 仔犬「誰か、誰かっ……」


 同時におしっこがしたくなって、ぼくはためらうことなく出した。

 この一連の流れにも慣れすぎた。ぼくはもう、もう……。


 仔犬「うわぁあぁぁぁんっ、もうだめだぁ……」


 本気で泣いた。とても鳴いた、なんてものじゃなかった。

 ぼくはもう、誰にも愛されないんだ!


 仔犬「こんな世界、消えてなくなればいいんだぁっ!」


 慟哭だった。ぼくの世界は、暗黒に染まろうとしていた。


 紳士「お呼びですかな」

 仔犬「あ、あなたは……?」

 紳士「やぁどうも、はじめまして。わたしは……おっと、名乗らないほうが。

    じつはいまのこの恰好は世を忍ぶ仮の姿でね、言うわけにいかないんだ」

 仔犬「見るからに紳士、って感じがします……」

 紳士「よくわかったね。これで人の目を簡単に欺けるんだ。単純なものだよ」

 仔犬「人間って、意外と鈍感なんですね……」

 紳士「もちろん気づく人も中にはいるよ。

    だけど、誰も彼も疑う程度で、わたしの真の正体には迫れないようなんだ」

 仔犬「へぇー……」

 紳士「ここでひとつ提案なのだが、わたしに拾われてみないかい?」

 仔犬「あやしい人じゃ、ないんですよね……?」

 紳士「面と向かってそれを訊いてくるきみは、なかなか度胸がすわっているね。

    あぁ、いちおうこれでも、過去には世界を救ったこともある大聖人だよ」

 仔犬「そんなすごい人が、どうしてぼくなんかの前に現れたの?」

 紳士「きみには世界を救える力があるとこのわたしが信じてやまないからだよ。

    どうだい、興味はないかい? もし興味があるのならば、ついておいで。

    世界を救ったあかつきには、素晴らしい環境をきみに差し上げるからさ」

 仔犬「それってどれだけ素晴らしいの? ぼくに教えてよ!」

 紳士「そうだなぁ、たとえばドッグフードを毎年食べ放題にするとかだろうか」

 仔犬「なにそれ、すっごくうれしい!」

 紳士「だろう? それときみ専用の家だとか、遊び道具だとかも、ね。

    あげたらきりがないくらいのしあわせを、ぜんぶきみにあげるよ」

 仔犬「確かにうれしいけど……そんなに多くはいらないかな」

 紳士「遠慮がちなんだね、きみは。では、きみが必要なぶんだけ差し上げよう」

 仔犬「あの……ちょっと待って。

    よく考えたら、ぼくは世界を救うことに興味はないんだ……

    ただ、こころやさしい飼い主さんに飼われたいだけ。それでいい」

 紳士「そうかい……いい提案だと思うんだけどね」


 その紳士さんは悲しそうな顔をした。だけど、やっぱりぼくはこのままがいい。

 どれだけこの世界に希望がなくたって、めげずに前を向いていたい。


 紳士「では、お元気で。愛にあふれた飼い主さんが見つかるといいね」

 仔犬「うん」


 紳士さんはあっという間に姿を消した。

 もしかするとこれは、ぼくが見た幻かもしれない、と思いながら。


 ♦


 未咲「って内容の本を最近読んで、感動しちゃったんだ~」

 玲香「なんでかわからないけど、どこかで聞いたことある感じがするわね」


 言いつつ、表情はゆるみっぱなしの玲香ちゃんとわたしだった。



※タイトルをつけるにあたり、次のツイートを参考にいたしました。

  https://twitter.com/eiken_1/status/1199246420919779328

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