第7話 冬なのに、公孫樹の葉っぱをまいたのは

 ある日の朝、通学路を歩いていると、見たことのない葉っぱが落ちていた。


 未咲「ん……? なんの葉っぱだろう……」


 拾ってよく見ると、それは黄色い扇形をしていて、真ん中がくぼんでいた。


 未咲「でもこれ……ほんものの葉っぱじゃ、ないよね……」


 触り心地が、やはり少し本物とちがっていた。

 本物の葉っぱは、もっとつるつるしているはずだと思うから。


 未咲「あれっ、あんなところに段ボール……?」


 落ちている葉っぱをたどっていくと、そこにうすぎたない段ボールが見えた。


 未咲「なんだろ……」


 ひょっこり顔をのぞかせたのは、一匹の仔犬だった。


 仔犬「わんっ!」

 未咲「あっ、犬だ! かわいい……」


 そう言うと、犬はそれにこたえるように甘えた声を出す。


 仔犬「くぅ~ん、くぅ~ん」

 未咲「すっごくなついてくれてる……でも……」


 そう、わたしはこれから学校に行かないといけない。どうしたものか……。


 未咲「いいや、連れてこっと。教室に入れるのも、先生に許可もらえばいいよね」


 教室に連れていって真実を知ったとき、わたしは驚いた。


 ♦


 未咲「おはよう、みんな!」

 うみ「おぉ未咲……って、その犬どうしたんだ?」

 未咲「えへへ、仔犬ちゃん拾ったの」

 うみ「なんか、ところどころきったねぇ色だなぁ……」

 未咲「そんなことないよ! ほら、毛並みはきれいだし!」

 うみ「見るところそらしたってことは、多少はそう思ってんじゃねーか」


 犬を拾った、と聞いて、ひとり耳をぴくっとさせた子がいた。


 瑞穂「(あの犬、わたしの捨てた犬にすっごくよく似てる……)」


 そう、わたし瑞穂は今朝、犬を捨てた。


 ♦


 瑞穂「んしょ、よいしょ……」


 小さい体だけに、段ボールが大きく感じてしょうがない。

 いま育てているので精一杯なのに、この子まで育てる自信がなかった。


 瑞穂「誰か、拾ってくれるといいけど……」


 とりあえずこの子を見てもらえるように、わたしは工夫をこらした。

 そのひとつが、この葉っぱ……を模した、うすっぺらな紙。


 瑞穂「たしか、いちょうって言うんだっけ……」


 秋という季節に黄葉して地面に落ちていくという、かつてあった木の名前。

 わたしはなぜだか、その葉っぱが幼いころから好きだった。


 瑞穂「形がいいんだよね、つい拾いたくなっちゃう感じというか……」


 もちろんこれは、想像上のお話。ほんとうに拾ったことは、一度としてない。

 だから小さいころ、これをたくさんつくって部屋の床全面にちりばめていた。


 瑞穂「そうお母さんに聞いたころから、とくに意識するようになったっけ」


 そしていま、わたしは無責任なことを、この葉っぱでごまかそうとしている。


 瑞穂「だってしょうがないよ、みんな忙しいんだから……」


 いつまで経っても終わることのない、この季節。

 せめてこれが落ちる季節にまで戻ってくれれば、何か変わるかもしれないのに。


 瑞穂「わたし、悔しいよ……こんなこと、したいわけないのに……」


 家族が増える、って考えれば、うれしい以外の感情はきっとなくなる。

 だけどわたしは、そうは思えなかった。


 瑞穂「だからせめて、わたしよりやさしい人にかわいがってほしいなって」


 ここに至るまでの思考が、とても単純でまともに後先を考えていない。

 このまま誰にも拾われずに、ここで凍え死んでしまってもおかしくないのに。


 瑞穂「でも……もうここまできたら、持って帰るわけにも……」


 そう言い終わるより前に、わたしは道の端っこに段ボールを置き終わっていた。

 そして後ろめたい気持ちを抱えつつ、それでも学校に向かうことにした。

 後ろは、一度として振り返らなかった。


 瑞穂「元気でね、こはる」


 ♦


 瑞穂「(きっとそうだ……あの汚れぐあい、今朝見かけたばかりだし……)」


 さっそく捨てたことを後悔しかけた。だけどふいに、ちがう考えも浮かんだ。


 瑞穂「(待てよ……未咲ちゃんが拾ってきてくれたってことは、

     彼女がお世話してくれる可能性が出てきた、ってことじゃない?)」


 そう考えると、なんだかほっとするような、だけどやっぱりだめなような。

 捨てた張本人なのに、どこか捨てきれない思いはどうやら残っていそうだ。


 瑞穂「(このまま黙っていれば、うまくは運びそう……かな?)」


 そう思ったのもつかの間、話題はこの子を捨てたのは誰かという流れになった。


 うみ「それにしても、この寒い中誰がこのか弱そうなのを置いてきたんだか」

 未咲「か弱そうかどうかはさておいて、確かに気になるよね」

 ロコ「かわいそう……」


 教室をとりまく空気が悪くなっていく気がして、わたしは途端に怖くなった。


 瑞穂「(どうしよう……早く言わないと!)」


 震えがおさまらなくなって、気づけばわたしは立ち上がっていた。


 瑞穂「あっ、あの!」

 三人「「「?」」」

 瑞穂「じ、じつは……その……」


 尻すぼみになりかけたけど、ここで言わないと収拾がつかなくなる。言おう!


 瑞穂「その仔犬、わたしが捨てました……」

 うみ「えっ」

 ロコ「瑞穂ちゃん、それ本当なの?」

 瑞穂「そう、わたしが捨てたの……ぐすっ、ごめんなさい」

 未咲「こんなにかわいいのに、どうして?」

 瑞穂「育てていく自信がなくて……それで、しかたなく……」

 うみ「しかたなく、ってなぁ……お前、自分が何したかわかってんのか?」

 瑞穂「わかってるよ! そりゃ、わたしだってこんなこと、したくなかった!

    けど、けど……こうするしか、楽になる方法が思いつかなくて……」

 うみ「そいつはあんまりだ、瑞穂。この世に生を受けた、大切な命なんだぞ」

 瑞穂「だからわかってる……いまやっと、後悔の念が出てきたとこ……」

 うみ「ま、ゆっくり反省しろ。この仔犬はあたしたちで面倒みりゃいいさ」

 未咲「そうだねうみちゃん、わたし今度とっておきの首輪買っておくね」

 うみ「頼んだ」

 ロコ「一件落着だね~」


 瑞穂は元気はありあまっているわりには、こういうところは疎かったのか。

 今回の件で、そのことはよーくわかった。できるなら改善してほしいかな。


 ♦


 先生「は~い、授業始めますよ~……あら、そちらのワンちゃんは?」

 未咲「あー、これはですねー……気にしないでくださいー」

 先生「はぁ、そうですか……」


 未咲の声を聴いて、その仔犬はそちらに耳を傾ける。

 後ろを振り返ると、仔犬こはるはぶるっと震えて気持ちよさそうな顔をしていた。

 段ボールの中では、しっかりとそこらへんの対策がされているようだ。

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