第6話 つきまとう恐怖に、あらがう術はなく(2,048文字)
――その日、玲香ちゃんは思い出そうとしていた。
見知らぬ女性に体を好きにされた恐怖を。
そんな痴女がいる電車の中にとらわれていた屈辱を。
玲香「(あぁ……なんでわたしだけなの……っ)」
そう、ほかのみんなは同様の被害に遭ったことがない。
なぜならば、電車で通学しているのがわたしだけだからだ。
ところで、どうして未咲は幼馴染なのにわたしのように電車通学をしないの?
……考えるだけ無駄そう。あの子の考えてること、いまだによくわからないし。
玲香「(過去のことはあまり気にしないたちだけど、さすがにこれは……)」
忘れたくても、なかなか忘れさせてくれない。
あのときの感触がときおり顔をのぞかせてくるし、とても怖い。
いま、電車に乗っている。
もしかすると、また襲われてしまうかもしれない。
そんなことを考え出すと止まらなくなって、動悸がする。
玲香「(やだ、っ……もう降りたい!)」
襲われているときのことを思い出すと触られた部分が反応して、少し排泄した。
あのときとまったく同じ。一刻も早くこの場から離れたくなった。
玲香「(もう少しだけ、こらえないと……)」
襲われたあの日から、なんだかトイレが近くなってる。体がおかしくなってる。
体が疼いて止まらなくなってきた。呼吸も早いし、脈も速くなってる気がする。
人が当たり前に行っている排泄行為が、こんなに恋しくなるとは思わなかった。
玲香「(でも次の駅に着いて、トイレまで間に合うかどうか……)」
わたしの見立てでは、おそらく絶望的。以前のようにはいかないからだ。
いまでこそわたしの排泄器は頑張ってくれているけど、それも一時的だ。
玲香「(さいわい人は少なそうだけど……もし見られたりしたら……)」
立ち直れない、かもしれない。おねがい、誰も見ないで……!
玲香「いやっ……」
聞かれたかもしれない。わたしながら情けない声だと思った。
なんとか平静を保たなきゃ……じゃないと気づかれる……。
列車の扉が開いて駅に降り立った直後、強い尿意が下腹部を襲った。
玲香「出ないで……!」
こらえきれなくなったぶんが下着を通過し、わたしをそこにしゃがませた。
玲香「みんな、見てるかもしれないのに……」
実際はそんなことはなく、各々いつもどおりだったわけだけど。
こんな恰好してたら、訝しげに見る人も中にはいるはずで……。
玲香「……やっぱりだめっ!」
発したその数秒後、あきらめたようにわたしの体は躊躇のない排泄を許した。
玲香「こんなところでしちゃ、本当はだめなのに……」
すそだけは汚れないように気をつけながら、すべて出し切ることにした。
玲香「あのことさえなければ……」
やっぱりどうしても、そのことを思い出してしまう。
駅を利用する人たちは、これを見て何を思うだろう。
未咲「おやっ、こんなところに玲香ちゃんがいる」
誰の声かと思えば、わたしの幼馴染だった。
未咲「奇遇だねー、わたしもおしっこしたいなーって思ってたところなんだー」
玲香「未咲、あんたはこれを見てなんとも思わないの?」
未咲「だって我慢できなかったんでしょ? 冬だし女の子だし仕方ないよ」
玲香「そうだけど、そうじゃなくて……そもそも!
なんであんたがここにいるのよ? 歩いて通学してるはずでしょ」
未咲「やー、きょうは気が向いてこっちで行ってみようかなー、って。
そしたら玲香ちゃん、きゅうに駅降りるからなんでかなー、って」
玲香「おも……らした(←『思い出した』って言ってる)のよ、いろいろ……」
未咲「えっ、なになに? もっかい言って?」
玲香「……なんでもない!」
半べその玲香ちゃんがいとおしく映って、気づけばわたしは口づけをかわした。
玲香「ちょっ、何なのよ突然そんな、やめなさ……もう、駅員さん呼ぶわよ!」
未咲「そんなこと言って~、ほんとうはわたしにいじくってほしいんでしょ?」
玲香「いやっ……ほんとにヘンなこと思い出すから……ほんとにやめて……っ」
言って、玲香ちゃんは大泣きした。その表情を見て、わたしは思わず固まった。
未咲「えっ……れいかちゃん、だいじょうぶ?」
玲香「いまのわたしが大丈夫に見えるの……?」
未咲「どっちかというと見えないかも……だけど、なんで?」
玲香「話せば長くなるわ……とにかく、いまはひとりにして」
未咲「……わかった、学校で待ってるね」
いちど振り返ってみる。
玲香ちゃんの周りに、さっきとは比べ物にならないほどの蒸気が上がっていた。
未咲「おぉぅ……わたしも早く行かないと、玲香ちゃんみたくもっちゃう……」
♦
玲香「……」
何も言わずに、玲香ちゃんが教室に入ってきた。
春泉「レイカ、ハウディ……レイカ……?」
未咲「春泉ちゃん、いまは玲香ちゃんのことはそっとしてあげてほしいな」
春泉「なんだかよくわからないけど、ミサキがそう言うなら……」
瑞穂「わたしもチャオって声掛けたかったです……」
うみ「また次かな」
どことなく教室が暗く感じるひとときだった。
未咲「(セーター編んでみたけど、これを渡すのはまた今度にしよう)」
頑張って完成させたセーターを、机にそっとしまった。
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