第5話 もうひとりの自分がいた

 ある休日の朝、わたし未咲は不思議な光景を目にする。


 美咲「やぁ、おはよう。お目覚めはいかが?」

 未咲「えっ……?」


 これ、どう見てもわたしだ……。

 でも声をよく聴くとすこしだけ低くて、しゃべりかたもすこしちがう。


 美咲「きみがどんな一日を過ごすのか、ちょっと興味がわいてここに来たんだ」

 未咲「ふーん……って、いやいやいや、まず状況を説明してほしいんだけど!」


 後ろに手をやって、どこか楽しげにわたしの目の前まで近づいてくる。

 そして、じっくり目をのぞきこむ。思わず目をそらしたくなった。


 未咲「ちょっ! 近い、近いってば!」

 美咲「突然だけど、きみはいま、どれだけがまんしてる?」

 未咲「がまんしてる、って……?」

 美咲「はっはっはっ、きまってるじゃないか。あれだよ、わからない?」

 未咲「あれ、っていわれても……」

 美咲「っと、その前に、自己紹介がまだだったね。私は『美咲』。

   『うつくしい』に『さく』って書くんだ。きみと一字ちがいだね」

 未咲「へぇー、こんな偶然もあるんだね……あは、あははは……」

 美咲「それで、きみはいま、どれだけがまんしてるんだい?」

 未咲「がまん、って何のことかな……」

 美咲「ここだよ、ここ」


 そう言って、うつくしいほうの美咲ちゃんは下腹部の特定の部分を指し示す。


 美咲「なんだったら、いまから私がお手本として……」

 未咲「ちょ、ちょっと待ってよ! さっきから何なの?

    わたしが何か我慢してるっていうの? これっぽちも我慢してないよ?」

 美咲「そういうなら、私がいまからきみに念を送って、ある特定の場所には

    どうやったって行かせないから、そのつもりでいてくれ。無事を祈る」

 未咲「あっ、ちょっと! ……行っちゃった」


 うつくしいほうの美咲ちゃんは、あっという間に姿を消した。

 これからわたし、どうなっちゃうんだろう……。


 ♦


 未咲「うぅっ、きょうも冷えるなぁ……」


 身震いをひとつ。それと同時に、なにかこみあげてくるものがあった。


 未咲「(なんだろ、この感じ……これまでに幾度となく経験したような

     気がするのに、まるではじめて体験したみたいな感じもする……)」


 心の声も、やたらと饒舌になってしまう。

 いうなればそう、あのころに戻ったような気持ちになったみたいだった。


 未咲「(もやもやするなぁ……早くすっきりできたらいいんだけど)」


 正体を解き明かしたいと思いながら、わたしはひたすら街を散策していた。


 未咲「(なんかさっきから、おなかのほうあたりがずっとヘン……)」


 表情にも出てきてしまうくらいに何かがおかしくなっていくみたいだった。

 だんだん前かがみになっていって、ついに立つことさえむずかしくなった。


 未咲「(どうしよう、どうしたらいいの、これ……!)」


 頭がパニックになる。それに比例するかのように、おなかのそれも暴れ出す。


 未咲「(なに、これっ……ぜんぜん静まってくれないし、むしろ……)」


 強くなってる。それだけはわかるのに、なぜかここから一歩も動けない。


 未咲「(あぁ、なんかむずがゆい、すっごくむずがゆい感じ……)」


 いい例えが見つからなくて、余計にいらいらする。

 だけどふとした瞬間に、この悩みがどこかに吹っ飛んでいきそうな気もした。


 未咲「(もうすぐかな……ううん、きっともう来てるかも……!)」


 そう思うと同時に、得体のしれない快感が体中をめぐって止まらなくなった。


 未咲「(わっ、これすごい……めっちゃきもちいい……)」


 わたしの足元には、どうしてだろう、大きな黄色い水たまりがあった。


 ♦


 しばらくそこで謎の快感にひたっていると、ひとりの女性に声をかけられた。


 警察「きみ、そこで何してるのかな?」

 未咲「すみませ~ん、じつはわたしもよくわかってないんです~……」


 にへら~と笑うわたしに、困りながらも毅然とした態度でその女性は続ける。


 警察「そんなに怪しくは見えないけど、いちおう署まで来てもらえる?

    ここ、公共の場所だよね? きみの目の前に広がってるそれ、何?

    こんなことしていいと思ってもらっちゃ困るんだよね。はい、立って」

 未咲「わたし、なにかわるいことでもしましたか~?」

 警察「はいはい、この中でお話ゆっくり聞いてあげるからね」


 警察みたいな服装をした人が、途端にやさしい声になって車に乗せてくれた。

 その声に導かれるように、わたしはゆっくり眠りについた。

 なんかじめっとしてる気がしたけど、夢を見はじめてからは気にしなかった。


 ♦


 未咲「って夢を見てね、いっぱいきもちいいおねしょができたの……」

 玲香「そ、それはよかったわね……」


 顔をぽっと赤くしてしおらしくそう語る未咲に、引くばかりのわたしだった。

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