第22話 家に帰るまでが遠征です

「まったく……今回はエライ目にあったわね。アル! あんたがこんなところに来るとか言い出すからよ! 反省しなさい!」

「いや、最終的に決めたのは僕だけど……」

「ミランダ。アル様をここに連れてこようと決めたのは私です。責めるなら私を責めなさい。まあ言い返しますけど」

「黙れジェネット! あんた今回、牢屋の中で座ってただけで大して役に立ってないわよ」

「それは心外ですね。あなたこそアル様をほったらかしにして悪魔たちと軍団ごっこに興じていたではありませんか」


 御者台ぎょしゃだいに座る僕をはさんでミランダとジェネットがいつものように言い争いを繰り広げる。

 少し前に天樹の塔を出発した僕らは今、地獄の谷ヘル・バレーへと向かう馬車に揺られていた。

 え?

 なぜ地獄の谷ヘル・バレーへ向かうのかって?

 実は相変わらずサーバーが復旧していないため、この天国の丘ヘヴンズ・ヒルから転移装置を使って僕らのゲームに直接戻ることが出来ないんだ。

 

 ただ、このゲームと地続きになっている地獄の谷ヘル・バレーまで行けば、ティナから受け取った転移装置のシリアル・キーを使って僕らの世界に戻ることが出来るらしい。

 そのために少し遠回りになるけれど、地獄の谷ヘル・バレー経由で帰路につくことになったんだ。

 御者台ぎょしゃだいに座る僕ら3人のほか、馬車の荷台に乗るのはアリアナ、ヴィクトリア、ノア、ブレイディ、エマさんにアビー、そして小猿姿の神様と大所帯だ。

 そんな僕らの馬車を引っ張ってくれているのは例によってあのしゃべる馬だった。


「馬。色々とお世話になったね」


 手綱たづなを握りながらそう声をかけると、馬はブルルと鼻を鳴らして言った。


『水くさいですぞ。兵士殿。ワタシとあなたはブサイクヘタレ同盟の同志。これからも心の友でいましょう』

「そんな同盟を組んだ覚えはない!」


 空は晴天。

 目の前にはここに来た時と同様にのどかな風景が広がっている。

 少し前までこのゲームが未曾有みぞうの危機を迎えていたなんてうそみたいだ。

 だけどキャメロンの起こした一連の騒動は、このゲームに深い爪痕つめあとを残していた。


 あの後、目を覚ましたミランダたち5人と一緒に僕らはティナの先導で天樹の牢獄へと向かった。

 とらわれていたライアン主任やミシェルさんら天使たちは解放され、彼らは塔の中に残る堕天使の残党を一掃した。

 その途中で僕らはブレイディたち3人と合流し、仲間たち全員の無事を確認することが出来たんだ。


 僕は背後を振り返り、荷台に乗っている皆を見つめた。

 全員、疲れも見せずに元気な様子で、景色をながめたり雑談に興じたりしている。

 そんな彼女たちの姿に僕は心からの安堵あんどを覚えて微笑んだ。

 そんな僕に気付いた獣人の少女アビーが微笑みを返してくれる。


「アルフレッド様がニヤニヤしていて気持ち悪いのです~」


 ひどいよアビー。

 自分では穏やかな微笑みのつもりなの!

 まったく……。

 僕は気を取り直して前に向き直り、隣に座るミランダに声をかけた。


「ゾーランたちはもう故郷に着いたかな」

「さあ。どうかしらね」


 天樹の外で戦っていたゾーラン率いる悪魔軍団は堕天使軍団を殲滅せんめつしたものの、自分たちも決して軽くない被害を受けてその戦力は大幅に削られてしまった。

 地獄の谷ヘル・バレーでの今後の派閥争いに影響することは避けられないけれど、ゾーランはまったく気にしたそぶりもなく、むしろ腕が鳴ると豪快に笑った。

 彼らはミランダに変わらぬ敬意を誓い、地獄の谷ヘル・バレーへ来た時はいつでも力を貸すと言ってくれ、一足先に故郷へ帰っていった。


「まあ、なかなか骨のある連中だったわね。あんたも見習いなさい。アル」


 ミランダはそう言うと頭上を見上げた。

 僕らの周囲には馬車を護衛してくれている十数人の天使たちがいる。

 護衛なんて不要だってミランダは言っていたけれど、護衛ってのは名目上のことで、実際のところ彼らは僕らの見送りに来てくれているんだ。


 ライアン主任は事後処理が忙しいからと天樹に残っていたけれど、別れ際には相変わらずの気難しい顔で挨拶あいさつに来てくれた。

 その際には僕とジェネットとアリアナに投獄の件を謝罪してくれた。

 まあ僕は脱獄したんだけどね。


 見送りには天使のミシェルさんが来てくれていた。

 彼女もイザベラさんのことで気落ちしているはずなのに、そんな顔は少しも見せずに上空から笑顔で手を振っている。

 そして馬車を引っ張る馬の前方には見習い天使のティナが僕らを先導してくれていた。


 堕天使の残党を一掃した後、ティナはライアン主任らに事の次第を説明した。

 もちろん、キャメロンがイザベラさんと魔王ドレイクとの間に生まれた堕天使という点は隠して。

 イザベラさんが自ら望んで消えたことに天使たちは皆、強い衝撃を受け、悲しみに沈んでいた。


「これからこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルはどうなっちゃうんだろう」


 僕はポツリとつぶやいた。

 天使たちはすでに天樹の塔の復旧作業に取りかかっているけれど、このゲームの再開にはまだ時間がかかるらしい。

 再稼働の時期は未定だ。

 その間、天使たちは復旧作業にかかりきりになるんだけど、ティナだけは違っていた。

 彼女は僕らを地獄の谷ヘル・バレーに送り届けた後、そこに留まることを決めていた。


 イザベラさんの後継者であるティナは本来だったら天国の丘ヘヴンズ・ヒルに残り、この世界の復旧に力を尽くさなくちゃいけない立場だ。

 だけど現実問題として今の彼女は見習い天使で、その力は下級天使よりも弱い。

 天使長ともなれば天使たちの戦闘訓練も行わなければならないので、それでは務まらないんだ。

 だから外の世界に出て修行を積む必要がある。

 それがティナが単身で地獄の谷ヘル・バレーへ向かう理由だった。


 だけど力の弱い彼女をそんな危険な場所に1人で向かわせて本当に訓練になるのか、という疑問は当然のようにライアン主任ら天使たちの頭にあったと思う。

 それでもこの大変な時期にティナが天国の丘ヘヴンズ・ヒルを出ることを許されたのは、イザベラさんが残した手紙のおかげだ。

 そこにはティナの今後の処遇について書かれていた。

 ティナを地獄の谷ヘル・バレーに単身送り、そこで困難を自力で乗り越えられる知恵と力を身に付けてほしいというのがイザベラさんの願いだった。


「イザベラ自身が自分の実戦経験の無さをなげいていたから、あの小娘には実戦でしか身に付かない戦闘の勘をみがいてほしいとか思ったんでしょ」


 ミランダは興味なさそうな顔で前方のティナを見ながらそう言う。

 確かにミランダの言う通りだろう。

 まだ見習いのティナをたった1人で地獄の谷ヘル・バレーに送るのは心配だろうけど、その苦労をすることでしか身に付けられないものをティナに修得してほしいとイザベラさんは思ったんだろうね。

 そしてそれだけじゃなく、外の世界を自由に見て回るという、自分では出来なかった体験をティナにさせてあげたかったんだと思う。


「かわいい子には旅をさせろと言いますものね。彼女ならきっと大丈夫ですよ。芯は強そうな子ですから」


 そう言って慈愛に満ちた笑みを浮かべるジェネットとは対照的にミランダは意地悪に笑う。


「ま、どこかのブサイクヘタレ兵士も殴られ蹴られて、今じゃそれなりになったからね」

「そうですね。アル様のように自分を追い込んで強くなる人もいますから」


 誰がブサイクヘタレ兵士だ!

 ジェネットも否定して!

 僕らがそんな話をしていると、後ろからヴィクトリアが声をかけてきた。


「アルフレッド。この2本の剣は持って帰るのか?」


 そう言う彼女の指差す先、荷台の端には金と銀の蛇剣タリオさやに収まり置かれていた。

 イザベラさんから預かった金環杖サキエルから変化した金の蛇剣タリオ

 そしてキャメロンから貸与されたEライフルから変化した銀の蛇剣タリオ

 元々の持ち主であるイザベラさんとキャメロンは共にいなくなってしまったから、どうしたものかと思っているんだけど……。


「金のほうはアルフレッド様がお持ち下さい。そうして剣に変化したのは運命だったのだと思います。アルフレッド様が持つべきですよ」


 元々は金環杖サキエルだったものだから、イザベラさんの後継者であるティナに返すべきかと思ったんだけど、彼女はそう言ってくれた。


「でも、これはイザベラさんの……」

「いいのです。私には天使長様が残してくださったこの世界がありますから。ここを守れる力をつけて戻ってきます」


 そう言ってティナは微笑んだ。

 そして相変わらず小猿姿の神様は僕の肩に乗ると気楽な調子で言う。


『銀ももらっておけ。この世界に残していかれても天使たちも困るだろう』

「まあ、そうですね。分かりました。でも持ち帰ったら運営本部にまた色々言われるんだろうなぁ」


 本家本元の蛇剣タリオは今も運営本部によって封印されている。

 僕が新たに蛇剣タリオを2本も持ち帰ったら、間違いなく彼らは目くじらを立てるだろう。


『それは隠し持っておけ。バカ正直に申告してまた運営の奴らに没収されたらつまらんからな。それにその剣が出現した原因の半分は、私が仕掛けたわなにある』

「ど、どういうことですか?」


 どうやら神様は行方不明事件の特徴から、犯人の魔の手がジェネットにも及ぶことを予測していたらしい。

 ジェネットの体内にわなを仕掛け、キャメロンがジェネットのプログラムを取り込んだ時にそれが発動するようにしておいたのだと言う。

 それがキャメロンの体から出てきたあの金と銀のへびなんだって。

 蛇剣タリオの特性を持ったそれが僕の力に反応して、武器を作り出すところまで神様は何となく予想していたというから驚きだ。


『予想というより、そうしたイメージが頭の中にいてきたんだ。アルフレッドは変た……変人だから、そんなことをやってのけるかもしれんな、と』


 おい今、変態と言いかけただろう。


『その刃に仕込まれた謎のゲージについても推測は出来る』


 金と銀の蛇剣タリオが持つ5色の色に彩られたゲージについては、僕から戦闘時の様子を聞いた神様が仮説を立ててくれた。

 本来、目には目を、歯には歯をという報復の特性を持つ蛇剣タリオは、持ち主である僕が受けたダメージをそのまま相手に返すものだった。

 だけど今回の蛇剣タリオは僕だけじゃなく、この体に入り込んだミランダ達5人がそれまでにキャメロンから受けたダメージまで剣に蓄積ちくせきさせ、それと同等のダメージを刃に乗せて相手に与えるというシステムに発展していたみたいなんだ。


 キャメロンによってミランダ達5人は手ひどく痛めつけられたために、蓄積ちくせきされたダメージの総量は相当なものだったろう。

 暴虐によって皆を痛めつけたその報いを、キャメロンは一身に受けることとなったんだ。

 まさに因果応報いんがおうほうを体現するシステムだと思う。


『正直言ってまだまだあらい出来のシステムだが、それはおまえがこれから洗練させていけばいい』


 小猿の神様はそう言うと大きく欠伸あくびをし、荷台に降りて昼寝を決め込んだ。

 とにかくこれでこの騒動もオシマイだ。

 ようやく帰れる。

 僕は肩の力を抜いて行く先の空を見つめた。


 空を見上げながら僕が思い出すのはキャメロンのことだった。

 彼は母親のイザベラさんと共に、時の止まった空間のひずみで今も眠り続けている。

 そのことを思うと僕は少し胸が痛んだ。


 キャメロン。

 君の気持ちを僕は忘れないよ。

 この先、僕がいつまでこのゲーム世界で生き続けるか分からないけれど、最後の瞬間まで僕は君を忘れない。

 君が感じた痛みを心の片隅に置いたまま、僕は自分の道を進む。


 だってそれは他人事なんかじゃないからだ。

 キャメロンの姿が明日の僕かもしれない。

 そのことを胸にきざんで生きていこう。

 僕が心の中でそうちかっていたその時、ふいに僕の体が宙に浮かび上がる。


「えっ……うわっ」


 背後から僕の体を持ち上げて空中に飛び上がったのはノアだった。

 彼女は翼を広げて一気に高度を上げていく。

 

「ノ、ノア?」

「ノアとの約束を忘れたわけではあるまい? アルフレッド」


 ノアとの約束。

 それはノアのお母さんを一緒に探し出すというものだ。


「もちろん忘れてないよ」

「ならば今から行くぞ。2人でな」

「い、今から?」

「何だ? まさか不満などと言わぬな? そのようなことを言う奴は食ろうてやるぞ」


 そう言ってノアは僕の首すじに牙を立てる。

 イタタタッ。


「ふ、不満なんてないけど、とりあえず一度帰って、天国の丘ヘヴンズ・ヒルのサーバーが復旧したらもう一度来たほうがいいよ。今のままだとここにいても人探しなんて出来ないだろうし」


 僕の言葉にノアはニヤリと笑った。


「何を言うておる。それこそ時間の無駄よ。実は先刻、あの見習い天使から聞き出してすでに母の居所はつかんでおる」

「そ、そうだったの?」


 見習い天使のティナをデザインしたのは、ノアが母としたう人だ。

 でもいつの間にティナとコミュニケーションを取っていたんだ?

 驚く僕にノアはしたり顔でうなづく。


「うむ。母は気まぐれで神出鬼没なのだ。この機を逃しては次にいつ会えるか分からぬ。共に来るのだ。アルフレッド。どうやら少々やっかいな場所のようであるから、そなたがいてくれると……」


 ノアはそう言って少しはにかむような笑顔を見せた。

 ノア、僕のこと頼りにしてくれてるのかな。


「道中で空腹になった時の非常食として役に立つ」


 やっぱり食料かよ!


「さあ。楽しい2人旅に出掛けるとしよう」


 楽しげにそう言うノアだけど、地上からミランダとジェネットが飛び上がって追いかけてくる。


「こらっ! アル! 戻って来なさい!」

「ノア! アル様を返しなさい!」


 すごい剣幕の彼女たちに向かってノアは面白くなさそうにほほふくらませた。


「そなたらの用はもう済んだであろうが! アルフレッドはノアが借り受けるのだ!」


 これに激昂げっこうしたミランダとジェネットが怒鳴り返してくる。


「ふざけんな! アルは私の永久家来よ! 貸し出しなんてするわけないでしょ! さっさと返さないとぶっ殺すわよ!」

「ノア! まだ私たちの仕事は終わっていません! 家に帰るまでが遠征なんですからね! これ以上ワガママを言うのであればお仕置きですよ!」


 黒鎖杖バーゲスト懲悪杖アストレアかかげて追いかけてくる2人に対し、ノアは苛立いらだって蛇竜槍イルルヤンカシュを取り出した。


「ええい。うるさい女どもめ。こうなったら邪魔者は蹴散らしてくれるわ」

「もう全員落ち着いて!」


 家に帰るまでが遠征か。

 僕の遠征はいつになったら終わるのやら。

 僕は必死に3人をなだめながら、内心で盛大にため息をつくのだった。


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 ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。

 次回が最終話となります。

 最後までよろしくお願いいたします。

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