第12話 俺の部下になれ

 堕天使キャメロンはその両腕を鋭い刃物へと変化させ、ギラつく刃で片っ端から小魔女リトルウィッチたちを襲った。

 小魔女リトルウィッチたちは杖や魔法で懸命に抗戦するけれど、キャメロンの戦闘能力はイザベラさんと比べても遜色そんしょくのないほどで、小魔女リトルウィッチたちは成す術なく1人また1人と討ち取られて消えていく。


 くっ!

 ミランダにそっくりな幼い彼女たちが次々と襲われて消されていくのを見るのは本当に辛い。

 ここでじっとしていることしか出来ない無力さに僕は肩を震わせた。

 だけど僕をおさえている4人の小魔女リトルウィッチたちはミランダの指令を厳守していて、絶対に僕を放してくれない。

 僕が悔しさにくちびるを噛みしめながら見つめる先で、ミランダが怒りの形相を浮かべて広場に急降下してきた。


「調子に乗ってんじゃないわよ!」


 少ないライフをものともせず、ミランダは黒鎖杖バーゲストでキャメロンに殴りかかった。

 だけどキャメロンは今度は自らの腕を硬質な金属に変えて、ミランダの一撃をやすやすと受け止める。

 そして素早く間合いを詰めてミランダのえり首をつかむと、そのまま彼女を床に叩きつけた。


「くぅっ!」

「貴様は最後だ。ミランダ。ライフが尽きる前にそこでおとなしく順番待ちしながら見ていろ」


 そう言うとキャメロンはいきなりミランダの首に手を当てた。


「さ、触るなっ!」


 すぐにそれを払いのけたミランダだけど、そんな彼女の体に恐ろしい変化が起きたんだ。

 ミランダの首から下が先ほどのキャメロンのように銅像化してしまっている。

 や、やばいぞ!


「くっ……」

「もはや動けまい」


 そう言うとキャメロンは銅像となったミランダの腹部を足で踏みつけて薄笑いを浮かべた。

 ミランダはすでに身動きが取れなくなっているようで、どうすることも出来ずに悔しくて歯を食いしばっている。

 僕はあせった。

 完全にチェックメイトの状況だ。

 あのまま頭部に一撃を食らったらミランダは即ゲームオーバーになる。

 だけどキャメロンはミランダにそれ以上攻撃を加えることなく見下ろすと、鋭い目を細めて言う。


「まだ殺さん。ミランダ。おまえの順番は最後から2番目だ」


 そう言うキャメロンの顔に向けて、ミランダはいきなり口から猛然と黒炎弾ヘル・バレットを吐き出した。

 敵の不意を突く彼女の得意技だ。

 だけどキャメロンは首をひねってこれをいとも簡単に避けてしまった。


「不意打ちのつもりか? 見苦しい真似まねを。負け犬はそこに転がってチビどもがほうむり去られるのをただながめているがいい」


 そう言ってミランダをあざ笑うと、キャメロンは再び小魔女リトルウィッチたちに襲いかかる。

 広場にいた数多くの小魔女リトルウィッチたちは続々とその数を減らしていき、ものの数分ともたずに……全滅した。

 キャメロンの強さが圧倒的すぎて、手も足も出ない。

 くっ……。


 残っている小魔女リトルウィッチは僕を抑えている4人のみとなってしまった。

 すると彼女たちは2人だけが僕を抱えて宙に浮き始め、残りの2人はキャメロンに向かっていく。

 む、無茶だ。

 だけど僕はそれがミランダの意思であることを、僕を見る彼女の視線から悟った。


 ミランダは僕をこの場から何とか逃そうとしてくれているんだ。

 だからキャメロンに向かっていった2人の小魔女リトルウィッチたちは積極的に攻撃を仕掛けようとはせず、時間を稼ぐようにキャメロンの周囲をグルグルと回りながら黒炎弾ヘル・バレットを仕掛けていく。

 そして僕を抱えた小魔女リトルウィッチたちは一番上の回廊にある大きな正面入り口の扉を目指して飛んだ。

 だけどそうした思惑はキャメロンにも見透かされていた。


 彼は素早い動きで次々と黒炎弾ヘル・バレットをかわすと、あっという間に小魔女リトルウィッチたちの背後を取る。

 そして彼女たちをバッサリと斬り倒すと、翼を広げてひとっ飛びに僕の眼前まで迫って来た。

 そしてキャメロンは僕から小魔女リトルウィッチたちを強引に引きはがす。


「うわっ!」


 僕は空中に放り出されて、あえなく落下する。

 見る見る間に床が迫って来た。

 だけど僕は地面に叩きつけられる前に、誰かにえり首をつかまれて空中で静止し、そのまま静かに床に着地することが出来たんだ。

 僕を空中で捕まえて床への激突から救ってくれたのは、身体中を切りつけられてボロボロに傷付いた小魔女リトルウィッチだった。

 彼女はキャメロンに襲われて瀕死の重傷を負いながらも懸命に急降下して、僕を助けに来てくれたんだ。


「あ、ありがとう。でも君が……」


 上を見上げるともう1人の小魔女リトルウィッチが必死にキャメロンに応戦しようとして、切り裂かれて消えてしまうところだった。

 くっ。

 これでもう残されているのは僕を守ってくれたこの小魔女リトルウィッチだけだ。

 邪魔者を片付けるとキャメロンは僕に向かって降下しながら言う。


「無駄なことを。この裏天樹は閉ざされた空間だ。扉は開かず、どこにも逃げられはしない」


 向かってくるキャメロンに小魔女リトルウィッチは向かっていこうとする。

 傷ついた体にむちを打ってキャメロンに立ち向かおうとするその姿は、ミランダ同様の不屈の魂を感じさせるけれど、僕はたまらずにそんな彼女を抱き止めた。

 僕なんかよりもずっと力が強いはずの小魔女リトルウィッチはよほど弱ってしまっているのか、僕を振りほどくことが出来ない。

 その小さな体は痛みに震えていた。

 そんな僕を見てキャメロンはいびつな笑みをたたえたまま言う。


「そんな人形をかばってどうするアルフレッド。貴様は奇妙な男だ。NPCのくせに他者への思い入れが強すぎる。だが、俺はそれを単に奇異の目で見るような愚行は犯さん。その珍妙な気質こそが貴様の強さを呼び起こしているのだと俺は考えているからだ」


 僕の強さだって?

 こんな魔王じみた強さを持つキャメロンに言われても皮肉にしか思えないよ。

 怪訝けげんな表情を浮かべる僕にキャメロンは続けた。


「貴様に感化されて、貴様の周りの者たちも同様の性質を見せ始めている。そこに転がっている魔女もそうだ。闇をつかさどる魔女でありながら、家来などと称して貴様に異常なほどの執着を見せている。だから俺は貴様をあなどらぬ。それは貴様がいざという時に一番予測がつかず、一番恐ろしい振る舞いをしてみせるジョーカーだからだ」


 そう言うと彼は油断なく僕を見下ろした。

 だけどキャメロンがそう言うのなら、僕だって思うところはある。


「キャメロン。僕だって君が恐ろしいよ。君だってNPCなのにゲームを揺るがすような何か得体の知れないことをしようとしているんじゃないのか? 僕は以前よりもずっと自由になったけれど、それでも自分をゲーム内の一キャラクター以上に思ったことはないよ。だから君みたいにゲームシステムを破壊するような行為をすることには断じて賛同できない」


 これまでの一連の流れを見ても分かる。

 キャメロンこそゲーム内に生きるNPCの領分を逸脱いつだつする行為を働いている。


「あくまでも僕らはゲームという世界の中のルールを守って生きるべきなんだ。だって僕らはNPCだから」

「そんなお題目はどうでもいい。アルフレッド。いい機会だからハッキリ言おう。俺の部下になれ。俺の手足となって俺のために働け。おまえにはそうして生きる資格がある」


 ……えっ?

 い、いきなり何の話だ?

 何でそうなる?

 唖然とする僕にキャメロンは目を細めて言う。


「馬鹿な冗談だと思うか? 俺は本気だ。貴様がこの俺の計画に手を貸すというなら、貴様の命はもちろん、貴様の大事な者どもの命は見逃してやってもいい」


 僕は彼がそんなことを言う真意をはかりかねて、まゆを潜めた。

 だけどキャメロンのその言葉に僕よりも早くミランダが反応した。


「このクソガキ! 調子に乗るのもいい加減にしなさい! アルを甘く見んな!」


 ミランダは床に倒れて動けない苛立いらだちも込めて、轟然ごうぜんと吠えた。

 その時、僕の腕の中で身を震わせていた最後の小魔女リトルウィッチがついに力尽きて黒い粒子となり消えていった。

 小さな温もりが消えていくのを悲しく思いながら、僕はキャメロンをにらみ付ける。


「キャメロン。君は僕の大事な人たちのことなんて何とも思っていない。そんな君の言葉を僕はもう信じないよ。君に与えられる生き方なんて僕には必要ない。誇りを売り渡すよりも、自分達の命は自分達で守る」


 僕はそう言って立ち上がると、Eガトリングを取り出した。

 もし光弾がキャメロンに効かないのなら、これでぶん殴ってやるつもりで。

 そんな僕を見てキャメロンは特に表情を変えるでもなく、余裕の表情で僕の前方に着地した。


「やはりそうなるか。貴様ならそう言うと思っていたよ。その銃が俺に通じないことを分かっていてなお、戦おうとすることもな。だが……俺には今、全てを力ずくで手に入れる能力があることを忘れるな。取引を持ちかけたのは、単なる温情だ。それをふいにされて俺は悲しいよ」


 冷笑を浮かべてそう言うと、キャメロンは僕に1歩ずつゆっくりと近付いてくる。


「何が温情だ。そんなのはただの傲慢ごうまんだ」


 僕は決死の思いでEガトリングを構えた。

 親指は無意識に【Prompt】ボタンにかかり、Eガトリングは虹色の光弾を吐き出す。

 だけどキャメロンは信じ難い瞬発力でしゃがみ込んでこれを避けた。


 避けた?

 マットやローザのようにこの銃の除外リストにキャメロンの名前が登録してあるなら、光弾は彼の体の前で消えてしまうはずだ。

 避ける必要なんてない。

 たけど彼は僕の放ち続ける光弾を素早い身のこなしでことごとく避けるとこう言った。


「ふむ。まだだな。まだ足りない」


 足りない?

 その言葉の意味を考える間もなく、キャメロンは素早く僕の背後に回ると、この首をつかんで僕の体を放り投げたんだ。


「うわっ!」


 僕は大きく宙を飛ばされて広場の隅まで転がった。

 背中を床に打ち付けた痛みに顔をしかめながら、キャメロンがまだ僕を殺したり拘束したりするつもりがないことを奇妙に思った。

 僕をえさにすると言った彼の真意は分からない。

 疑念を顔に浮かべる僕を見て、キャメロンはフンッとひとつ息を吐いた。


「さて、我が力を試す相手もいなくなってしまったことだし、ここらでステージ変更といこうか」


 そう言うとキャメロンはパチリと指を鳴らした。

 途端に彼の体が床の中に沈み込んでいく。

 それだけじゃない。

 僕やミランダ、そして倒れたままフリーズして動かないイザベラさんを含めたこの場にいる全員が同じように床に沈んでいく。

 この裏天樹に来た時と同じ現象だった。

 こ、これは……。


「表の世界で貴様の女たちが待っているぞ。彼女たちは俺を楽しませてくれるかな? アルフレッド」


 そう言うキャメロンの声を最後に、僕の視界は暗転し、何も見えず何も聞こえなくなった。

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