第12話 緊急脱出!

 皆が集結している坑道内の大広間に現れたのは、赤く燃え盛る岩石で出来た長い体と無数の足を持つ巨大な百足ムカデだった。

 天井から現れたその異様な怪物の姿を見たヴィクトリアが声を上げる。


溶岩百足ようがんムカデだ! 前に一度だけ見たことがある。そいつに触れるな! 大ダメージを受けるぞ!」


 よ、溶岩百足ようがんムカデ

 確かに赤々と燃えたぎる溶岩で出来ているけれど、その姿は百足ムカデそのものだ。

 そしてその赤く燃える無数の足が、倒れているゾーランを捕らえようとうごめく。

 ゾーランは素早く地面を転がって溶岩百足ようがんムカデの足から逃れ、事なきを得たけれど、彼の周囲にいた部下のうち不運な数名がその餌食えじきとなってしまう。


「ぐあああああっ!」


 悪魔たちは溶岩百足ようがんムカデの足に捕らえられ、一瞬でその体が燃え上がる。

 炎に包まれた悪魔たちは地面をのたうち回るが、すぐ動かなくなってしまった。

 その体はゲームオーバーになって今なお燃え続けている。

 ひ、ひどい……。


「まだ来るぞ! 油断するな!」


 ヴィクトリアの声が大広間に響き渡る。

 よく見ると坑道の壁や天井の中には他にも複数体の溶岩百足ようがんムカデがいて、ゾーランの部下のうち数名が気の毒にもその毒牙にかけられていた。

 僕は溶岩百足ようがんムカデを知っているというヴィクトリアに意見を求めた。


「ヴィクトリア。溶岩百足ようがんムカデって壁の中も移動できるの?」

「いや、そんな能力はなかったはずだが……。とにかく炎系の武器や魔法はまったく効かねえ。アタシの斧も溶かされちまうだろうさ。氷系の武器か魔法で対処するしかねえんだが……」


 氷の魔道拳士であるアリアナは天樹の塔にとらわれたままだ。

 今の僕らには対抗手段がない。

 それに悪魔たちの中には氷系の武器や魔法を使う人もいて、それらの手段で敵を狙うけれど、溶岩百足ようがんムカデはそれを察知すると壁の中へと引っ込んでしまう。

 あ、あれじゃあどうしようもないぞ。

 こちらは当然のように壁の中までは攻撃することは出来ないんだから。


「野郎ども! このクソ虫は普通じゃねえ! 相手をしても無駄だ! 散れ! 散会しろ!」


 異変を感じ取ったゾーランが手下の悪魔たちにそう命じて、彼らは散り散りになって大広間から脱出していく。

 そんな中でもミランダは顔色ひとつ変えずに状況を見つめていた。


「アル。あのゲテモノが壁に出入りする瞬間を見てみなさい」

「え? う、うん」


 彼女の言葉に従い、僕は数十メートル先の壁に溶岩百足ようがんムカデが入っていく瞬間を凝視した。

 すると溶岩百足ようがんムカデが壁に突っ込む少し前に、壁の岩肌の模様がまるで文字化けしたかのように無意味な数字と文字の羅列られつに変わる。


「あれは……バグってるの?」

「でしょうね。普通じゃないわ」


 そう言うとミランダは背後にいる皆を振り返った。


「地上に戻るわよ。坑道がこうなった以上、ここを利用するメリットは少ないわ。また強制ワープに巻き込まれたり、閉じ込められたりしたら面倒よ」


 そう言うミランダに従って僕らは大広間の出口を目指して走り出した。


姐御あねご! あっしらは別の出口から順次脱出しやすんで! 御武運を!」


 そう言うとゾーランは散り散りになっていく手下の悪魔たちの後を追って別の方向に駆け出した。

 確かに僕ら7人があのハシゴを上って出口から脱出するのにも多少の時間を要するのに、あれだけ多くの悪魔が一つの出口から出ようとしたら大渋滞となってそのまま溶岩百足ようがんムカデ餌食えじきとなってしまうだろう。

 ここは彼らの勝手知ったる坑道だ。

 脱出の方法は色々と心得ているはずだ。


 問題はあのサーバーダウンによって坑道の出口が先ほどの休憩室のとびらのようにふさがれてしまっていないかということだった。

 そうなればアウトだ。

 僕はその恐ろしい危険性を頭から振り払って懸命に走った。


 大広間から出て坑道内の通路を走る僕らだけど、後ろからは溶岩百足ようがんムカデ執拗しつように追いかけてきている。

 それは振り返らずとも背後から迫る熱気によって分かった。

 まるで地下から噴出した溶岩流そのものから逃げているような感覚で、僕は不安に駆られて思わずミランダにたずねた。


「で、出口は大丈夫かな? もし開かなかったら……」

「考えても仕方のないことを言わない! 見えてきたわよ!」


 ミランダの言葉通り、前方の突き当たりに地上に上るためのハシゴが見えてきた。


「とにかくあれを一気に上る! とびらが開かなかったら全員ゲームオーバーになるだけよ! 覚悟を決めなさい!」

「アタシが殿しんがりを務める! 全員上れ!」


 ヴィクトリアはそう声を張り上げると、最後尾についてくれた。

 ミランダとノアとエマさんは空中浮遊で一気に上昇し、その後をアビー、ブレイディの順にハシゴを上っていく。

 そんな僕らをかすヴィクトリアの声が響き渡った。


「急げ急げ急げぇ! 来るぞ!」


 僕が必死にハシゴを上り出したその時、上からズズズととびらが横にずれる音がして、光が差し込んできた。

 地上の明かりだ!


「開いたわよ!」


 な、何とか助かりそうだぞ!

 響き渡るミランダの声に歓喜して、僕が必死にハシゴを上っていくその時、ヴィクトリアの怒声が下から聞こえてきた。


「うおっ! くそっ!」


 反射的に下を向くと、今まさにハシゴを上ろうとしていたヴィクトリアに溶岩百足ようがんムカデが襲いかかっていたんだ。

 僕はたまらず声を上げた。


「ああっ! ヴィクトリア!」


 咄嗟とっさにヴィクトリアは彼女の防具である黒戦王エク・チュアの一角、氷の盾を取り出し、溶岩百足ようがんムカデの突進を受け止めた。

 溶岩百足ようがんムカデは頭から氷の盾にガツンと突っ込んでいく。

 途端に白い蒸気が氷の盾から噴出し、ハシゴの周囲を白く染めていく。


「ヴィクトリア!」


 僕は声を張り上げて彼女の名前を呼ぶけれど、蒸気で真っ白に染まった視界の中、ヴィクトリアの声が響き渡る。


「止まるな! 上れ!」


 くっ!

 僕はとにかく手足がすべらないよう気をつけながら、蒸気で湿しめったハシゴを上り続けた。

 ヴィクトリア。

 無事でいてくれ。

 そう思いながら僕が半分ほど上ったその時、下からヴィクトリアの声が再び響いてきた。


「うおおおおおっ!」


 その声は徐々に上に向かってせり上がってくる。

 そして蒸気のまくを突き破って見えてきたヴィクトリアの姿に僕は息を飲んだ。

 彼女は変わらずに氷の盾を体の前に構えて溶岩百足ようがんムカデの突進を受け止めていたんだけど、巨体の溶岩百足ようがんムカデはそのままヴィクトリアの体を持ち上げるようにして上向きになっている。

 そしてヴィクトリアを押し上げながら上へ上へとい上ってきたんだ。


 ヤバい!

 上を見るとアビーがちょうどハシゴを上りきって地上にい出るところで、ブレイディが続こうとしている。

 だけど僕はもう間に合わない!

 それを直感したその時、ヴィクトリアが声を張り上げた。


「アルフレッド! アタシの背中につけ! こいつを利用してこのまま一気に地上に出るぞ!」


 すぐ近くまで上がってきたヴィクトリアの叫びに応じて、僕は咄嗟とっさにハシゴから宙に身をおどらせて彼女の背中にしがみついた。

 溶岩百足ようがんムカデは僕とヴィクトリアの2人分の重さをものともせず、僕らを地上に向けて押し上げる。

 そしてついに僕らは地上へと飛び出したんだ。


「うわっ!」


 押し出された僕らは地面に投げ出された。

 僕は背中から地面に落ち、ヴィクトリアはしっかりと両足で地面に着地する。

 そのままヴィクトリアは氷の盾を構えて溶岩百足ようがんムカデの追撃に備えるけれど、そこで彼女は目を見開いた。


「な、何っ?」


 僕らを押し上げてそのまま地上に出た溶岩百足ようがんムカデは、大きくその姿を変えていたんだ。

 それは両翼が3メートルはあろうかという巨大なの怪物だった。

 ど、どうなっているんだ?


「帝王蛾だ!」


 ヴィクトリアが声を上げる。

 帝王蛾?

 のモンスターだ。

 名前は聞いたことあるけれど、何で百足ムカデに?

 僕がそんな疑問を頭に浮かべている間に、放たれたミランダの黒炎弾ヘル・バレットが帝王蛾を撃ち落とした。


「フンッ! 何だかよく分からないけど、になったら黒炎弾ヘル・バレットが有効でしょ。馬鹿な怪物ね」


 傲然ごうぜんとそう言うミランダの得意げな様子とは対照的に、帝王蛾撃墜の先を越されたヴィクトリアはつまらなさそうに頭をかいている。

 彼女も羽蛇斧ククルカンで帝王蛾を撃墜しようとしていたんだ。


「それにしても溶岩百足ようがんムカデが帝王蛾になるなんて聞いたことねえよ。これってやっぱりあれだろ? さっき坑道の中で部屋が急に移り変わったのと同じ現象だろ?」


 ヴィクトリアの言葉に誰もがうなづいた。

 そういうことだろう。

 地形が奇妙に変化してしまうのみならず、現れるモンスターまでもが変質してしまっている。

 この天国の丘ヘヴンズ・ヒルは危機的状況を迎えていた。


 焼け落ちた森の中にはどこからともなく奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

 それは複数のモンスターの鳴き声が合わさったような不協和音であり、僕は不安を感じずにはいられなかった。

 思わずおびえるアビーの肩に手を置きながらブレイディが言った。


「この調子だと天樹の塔もあるべき姿を失っているかもしれない。もしかしたら以前の場所にはもうないかも。それだけじゃない。このままいくと、ワタシたち自身の存在を保持するのも難しくなるかもしれない。もう時間はあまりないよ」


 彼女のその言葉がその場に重くのしかかり、皆一様に厳しい表情を浮かべる中、僕は森の彼方にあるはずの天樹の方向を見つめる。

 気持ちを強く持とうと拳を握り締めたけれど、胸の中から不安が消えることはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る