第5話 消失する光
「ウナギだよ」
自身が手掛けた薬液で大ウナギと化したブレイディはそう言うと、背後から僕の体を包み込むように巻き付いてくる。
まるで大蛇のようなその体が僕をすっぽりと覆い尽くした途端に頭上から飛んできたナイフが、ブレイディのヌメッとした表皮の上を滑って近くに落ちた。
建物の屋上から僕らを狙う
手ごたえを感じたブレイディは自らの体で僕を包み込んだまま言った。
「よし。これなら簡単にはナイフは当たらない。アルフレッド君はワタシの頭にしがみついてくれ。このまま例の区画まで強行突破だ」
「で、でもウナギって魚でしょ? こんな地面の上を……」
「ウナギは皮膚呼吸が得意で陸上移動も出来るんだ。特にこんな雨で湿っぽい日はおあつらえ向きさ」
ブレイディは素早く僕の体を離すと僕を頭に乗せ、体をくねらせながら地面を
体を覆うヌルヌルとした粘液と雨で湿った地面が摩擦を減らし、ブレイディはまるで泳ぐようにスイスイと地面の上を移動することが出来る。
後方から
ウナギ姿のブレイディは嬉しそうに言う。
「よし。この薬液は当たりだぞ。あのノアとかいう竜人娘の
さすが
そして思いのほか速いウナギの陸上移動によってとうとう前方に例の区画が見えてきた。
路地の先にはこちらの雨天とは対照的に、晴天の表世界が見えてくる。
もうすぐだ!
だけどそれまで距離を空けてナイフを投げてきた
「逃がさん!」
初めて
鬼のような形相で僕らのすぐ後ろまで迫ってくる。
くっ!
まずい!
だけど
「チイッ!」
業を煮やした
ね、狙いは僕だ。
その時、ブレイディの頭が大きくのけぞり、そして振り下ろされる。
「行けっ! アルフレッド君!」
「うわっ!」
その弾みで僕は前方に投げ出された。
そのおかげで路地の先の境界線がぐんぐん目の前に迫って来る。
僕は空中で必死にもがき、頭を打たないように背中から地面に落ちた。
「うげっ!」
背中を打って一瞬、息が詰まったけれど僕はそのまま転げるようにして境界線に必死に手を伸ばす。
僕の手だけが境界線の向こう側に確かに突き出たんだ。
多くの上級天使たちが行き交う大通りがすぐ先にあるから、彼らに見つからないように僕は体をこちら側に残したまま手だけで強く念じる。
来い。
Eライフル。
僕の手に戻ってこい。
そして……僕の手はさっきとは違って確かな手応えを感じていた。
Eライフルが……来る!
僕の後方では大ウナギとなったブレイディが
だけど
長くはもたないぞ。
早く来い。
早く!
Eライフル!
僕がことさら強く念じたその時、空っぽだった手の中に実体のある物質が感じられた。
ついに僕の手の中にEライフルの銃身が握られる。
よしっ!
僕は即座にEチャージボタンに親指を当てて感情を込める。
僕をアシストするためにブレイディは危険な役を買って出てくれているんだ。
彼女を助けなきゃ!
「ブレイディ!」
親指に振動が伝わるのを感じた僕は声を上げ、同時にブレイディはパッと
その瞬間、僕はEライフルを構えて思い切り引き金を引いた。
銃口から発射された虹色の光線が一直線に
だけど……。
「えっ?」
Eライフルから射出された光線は何故だか
な、何で?
予想だにしなかった事態に僕は一瞬、頭が真っ白になって固まってしまった。
そんな僕を見た
クソッ!
次のチャージをする暇もない。
そんな僕に向かって
僕はこれを銃身で叩き落とそうとしたけれど、ナイフは想像以上に速くて僕は慌ててしまった。
ナイフを払い落とそうとした銃身は空振りし、鋭利な刃が僕の右の太ももを切り裂く。
「つあっ!」
激痛が右足に走り、足の力がガクッと抜ける。
その場に倒れ込みそうになる僕の眼前に
「ぐっ!」
壁に後頭部を打ちつけられた痛みに
そして冷徹な目で僕を見ると底冷えのするような声で言う。
「無駄な手間を取らせるな。言え。ここで何をするつもりだった?」
「うぐぐ……」
「アルフレッド君!」
ウナギ姿からいつの間にか元の少女の姿に戻っていたブレイディが僕を救おうと、
両手が
地面に落ちた試験官は粉々に割れ、雨に濡れた路面を凍らせる。
さっきと同じ凍結薬だ。
「二度目は通じん。そこの女。ここで何をするつもりだったのか言え。言わないのであればコイツを今すぐ殺す」
僕は右足の痛みで崩れ落ちないよう堪えるのに精いっぱいだ。
ブレイディはわずかに顔を引きつらせながらも、口の端を吊り上げて笑みを見せる。
「彼を殺してもゲームオーバーで元の世界に戻るだけさ。そうなれば困るのは君だろう? ミスター・デビル」
ブレイディは強気にそう言った。
だけどその途端、
「あぐああっ!」
「ああっ! アルフレッド君!」
とてつもない痛みによって気を失いそうになり、僕は持っていたEライフルを落としてしまった。
ぐぅぅぅ。
も、もうダメだ……。
痛すぎて何も考えられない。
耐え難い苦痛に
「そうか。ならば殺すのはやめだ。死んだ方がマシと思えるくらい苦しめてやる」
そう言うと
「いあああああっ!」
「アルフレッド君!」
駆け寄ってこようとするブレイディをジロリと
「止まれ。それ以上近づけば再びコイツのさえずる声を聞かせてやる」
「くっ……」
暗く低い声でそう言う悪魔は、もう一本のナイフを取り出してそれを僕の
ブレイディは悔しそうに
僕は
「ブ、ブレイディ。僕は大丈夫。君はここから逃げるんだ」
もうダメだ。
痛みで気を失いそうだ。
切り札になるはずだったEライフルはなぜか
いよいよ打つ手がなくなった僕は遠ざかる意識に抗う気力を失い、視界が暗くなっていく。
せめて……せめてブレイディだけでも逃げて欲しい。
僕がそんなことを考えたその直後のことだった。
唐突に身近で激しく羽ばたく羽音を聞いたのは。
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