第14話 燃える森

「な、何て大きさだ……」


 樹上から見上げる空を悠然と飛ぶ竜の大きさは想像を遥かに超えていた。

 そして今も巨大竜に圧倒された天使たちが次々に悪魔の追撃を受けて撃墜されている。

 状況は今もなお悪化しているんだ。


「ま、まずいぞ」


 だけどおかしなことに、巨大竜はその巨体で天使たちを弾き飛ばすのみならず、近くにいる悪魔たちまでもおかまいなしに羽や尾で叩き落としている。

 あ、悪魔の味方じゃないのか?

 奇妙に思う僕だったけれど、巨大竜の追うその先に目をやり、全ての思考が吹き飛んだ。


「ミ……ミランダ!」


 巨大竜の追う先には宙を舞うミランダの姿があったんだ。

 だけどミランダはケガをしているみたいで、その飛行速度も高度もどんどん落ちて地上に落下しようとしている。

 や、やばい。

 地上に落ちるのもそうだけど、それ以上にやばいのは、このままじゃ巨大竜に追いつかれてしまうってことだ。


 巨大竜はグングン速度を上げてミランダへ食らいつこうと口を大きく開けた。

 僕は咄嗟とっさにEライフルを構え、無意識でEチャージボタンに親指をかける。

 チャージの十秒間が長くて辛抱しんぼうできずに僕は声を上げた。


「早く! 早くしてくれ!」


 もどかしいEチャージの時間に僕が声を上げている間もミランダはどんどん高度を下げて落下していく。

 だけど彼女は落下しながらも懸命に死神の接吻デモンズ・キッスを巨大竜に向けて放った。

 しかしそれは巨大竜の体に当たると、不自然に消えてしまう。

 ダ、ダメージ判定が限定されているってだけじゃなく、即死魔法の死神の接吻デモンズ・キッスまでも効果なしなのか。


 くっ!

 そんなのどうやって倒すんだ。

 くちびるを噛む僕の視線の先で、巨大竜は構うことなくミランダの体に食らいつこうした。

 そこでEチャージが完了したことを知らせる微細な振動が僕の親指に伝わり、Eゲージに浮かび上がる【感情濃度97%】という表示を見た僕は、目に映る照準に合わせて無我夢中で引き金を引いた。


「やめろぉぉぉぉぉぉ!」


 巨大竜までの距離は200メートルほどもあったけれど、銃口から射出された七色の閃光は減衰することなく宙を切り裂いて巨大竜の胴体を撃ち抜いた。

 その途端、巨大竜が大きな声でえた。


「グォォォォォッ!」


 比喩ひゆではなく本当に空気がビリビリと震えて僕の肌が粟立あわだつ。

 必死に歯を食いしばり、お腹に響く重低音に耐えた僕は、Eライフルの射撃が効果を見せたことを知った。

 巨大竜の頭上に大きく表示されているライフゲージがわずかに減少しているのがハッキリと見える。

 き、効いてるぞ。

 どこだか分からないけれどダメージ判定のある箇所を捉えることが出来たんだ。

 でもどうして……。


 僕の頭にはそんな疑問が浮かんでいたけれど、そうした思考を断ち切るかのように巨大竜のおぞましい咆哮ほうこうが響き渡る。

 巨大竜は苦痛の声を上げながら空中で大きく体をくねらせてもだえ、それ以上ミランダを追えなくなっていた。

 その間にミランダはそのままゆっくりと森の中へ降下していく。

 彼女のことだから、あれならうまく着地しているだろう。


「やった!」


 ミランダを助けることが出来た。

 僕は会心の手ごたえに拳を握りしめる。

 だけど……。


「グォォォォォッ!」


 巨大竜は再び恐ろしい咆哮ほうこうを上げ、首を巡らせるとこちらに方向転換したんだ。

 ゲッ!

 まずい!

 巨大竜は明らかに怒り狂い、大きく口を開けてこちらに向かってくる。

 その時、木を駆け上がってきたジェネットが声を張り上げた。


「広範囲の高温ブレスが来ます! 回避間に合いません! アリアナ! 永久凍土パーマ・フロストを!」


 彼女はそう言うと僕のえり首をつかみ、有無を言わさずに僕を木の下へと放り投げた。

 たまらずに僕は地面に背中から落下する。


「うわっ! イテッ!」

「アル様ごめんなさい。でも顔を伏せていて下さい」


 ジェネットはそう言いながら僕の脇に降り立ち、僕の顔を地面に押し付けた。

 うぷっ……く、苦しい。

 地面にいつくばる僕の背後にアリアナが駆け寄ってくる気配が感じられ、彼女はすぐに声を上げた。


永久凍土パーマ・フロスト!」


 アリアナのかけ声と共に、僕らの周囲にいくつもの巨大な氷塊が積み上がり、防壁のように覆い囲んでくれる。

 すぐにヒンヤリとした空気が感じられたけれど、それも束の間だった。

 いきなり分厚い凍土を押すようにして強烈な空気の圧力が僕らを襲う。

 それは凍土の裏側にいる僕らにも容赦なく襲いかかってきた。


「あ、熱い……」


 僕らの体を包み込んだのは炎や高温ガスとは違う、目に見えない熱波だった。

 陽炎かげろうのような空気の揺らぎだけが見える。


「あの巨大竜が口から吐き出す熱波です」


 アリアナ自慢の永久凍土パーマ・フロストが水蒸気を吹き上げて少しずつ溶け始める。


「熱い熱いあつぅぅぅい! もうやだぁ!」


 アリアナは悲鳴を上げながらも踏ん張ってさらに凍土を発生させ、囲いの外側に凍土を追加して防壁の厚みを増す。

 何とか致命的な高温は避けられたけれど、それでも相当に熱い。


「この熱波で先ほども多くの天使たちが命を落としました」

「さっきジェネットもこれで?」

「ええ。危うく致命傷を負うところでしたが、間一髪で緊急降下してあの程度で済んだのです」


 アリアナの凍土壁に守られているうちにようやく熱波の勢いが収まったものの、周囲を見回すと高熱にさらされたためにそこかしこの木々が燃え始めている。

 さらに森の上空を猛り狂った巨大竜が旋回しながら飛び回っていた。

 その怒りの咆哮ほうこうにアリアナが青ざめた顔で首をすくめる。


「め、めっちゃくちゃ怒ってるよ。あの竜」

「アル様の先ほどの一撃がよほどしゃくさわったのでしょう。しかしおかげであの巨大竜のダメージ判定についてヒントを得られました」


 そう言うとジェネットは僕とアリアナを手で制した。


「2人とも。まだ動かないで下さい。あの巨大竜は上空から森の中に動くものをじっと探しています」


 彼女の言葉が示す通り、巨大竜はまるで気配を探るように森の上空を飛び回っている。

 しばらく動かないほうが良さそうだ。

 とにかく僕は万が一に備えてEライフルのチャージを開始した。

 それにしても……。

 僕はさっきのジェネットの言葉が気になってたずねた。


「ねえジェネット。ダメージ判定のヒントって?」

「いくら魔法を浴びせてもまるでダメージを与えられなかったあの巨大竜ですが、どうやら弱点は体の中にあるようです」

「体の中?」

「ええ。射撃訓練の時もそうでしたが、アル様のそのライフルは物質に触れても減衰がありません。易々やすやすと物質を突き抜けてしまいます」


 ジェネットの言う通りだった。

 このEライフルから発せられる虹色の光線は屈強な悪魔たちの体を軽々と突き抜けた。

 

「要するにあの巨大竜は体の外からじゃダメージを与えられないけれど、内側なら効果があるってことか」

「おそらく。体内に核となる部分があるのでしょう。そこを打ち抜くには目下のところアル様の銃が必要になるでしょうね」


 ジェネットがそう言ったその時だった。

 積み上がった凍土壁が先ほどの熱によって溶けていたため、土台部分が崩れて崩壊したんだ。

 ゴウゥゥゥンと轟音を響かせて崩れ落ちる凍土に僕らはビクッと身をすくませた。

 それと同時に頭上で巨大竜が大きく吠えたんだ。


「し、しまった! 見つかった!」


 僕らは弾かれたように上を見上げる。

 つい今しがたまで上空を旋回していた巨大竜が、凍土の崩れる轟音を聞きつけて急降下してきたんだ。

 巨大竜が急降下する風圧で枝がしなり葉が舞い散る。

 その隙間すきまから巨大竜が大きく口を開けたのが見える。


 やばいっ!

 僕は無意識のうちにEライフルを構えていた。

 大きく開かれた巨大竜の口の中に照準を合わせ、先ほど済ませたチャージ分を全部使い切ってフルショットで引き金を引いた。

 虹色の光線が巨大竜の口の中を貫き、そののどの後ろから光線が突き抜けて後方に消える。


「グォォォォォォォォォッ!」


 Eライフルの射撃は先ほどの一撃と同様に『感情濃度97%』となっていた。

 咄嗟とっさに引き金を引いた僕の感情が強く込められていたんだろう。

 それが功を奏したのかもしれないけれど、恐るべき咆哮ほうこうと共に巨大竜はのけぞって苦しみ始める。

 そのライフゲージが大きく減少するけれど、それでもまだ半分以上は残されていた。

 だけど……。


「ああっ! 竜が!」


 アリアナが驚きに声を上げ、ジェネットが大きく目を見開いた。

 僕は言葉もなく目の前の光景を見つめる。

 もがき苦しむ巨大竜のまるで山のようだったその体が、見る見るうちに縮んでいるのがハッキリと見て取れた。

 そしてわずか十数秒の間にすっかりしぼんだ巨大竜は、光の粒子をまき散らしながらその姿を変えていく。


「あ、あれは……」


 巨大竜は巨大でもなくなり、そして竜でもなくなった。

 それは人の姿となり、幼き少女の姿となる。

 気を失ったまま空中を落下してくるその人物の姿に、僕はうめくような声を出した。

 それは僕が知っている少女、いや幼女だったからだ。


「ノ、ノア……」


 そう。

 巨大竜が消えてそこに現れたのは、竜人ノアだったんだ。

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