第15話 困惑の結末
「ノア!」
巨大竜が変化して現れたのは竜人の幼女・ノアだったんだ。
ノアは気を失っているようで、グッタリとしたまま翼を動かすこともなく落下してくる。
な、何でノアが……いや、そんなことを考えている場合じゃない。
あのままじゃ地面に激突する。
僕がそう思ったその時、空中を高速で飛ぶ一体の悪魔がノアを受け止めたんだ。
「あれは……?」
その悪魔は他の悪魔と違って動物的な顔ではなく、人間の女性に近い顔をした女の悪魔だった。
その女の悪魔はノアの顔を確認すると、彼女を抱えたままそこから飛び去って行く。
上空では天使と悪魔の戦いがいよいよ終盤となっていたけど、女の悪魔はそこには目もくれず、遠くへと飛び去って行ってしまった。
「ノア……。やっぱり
「あの巨大竜がノアでしたとは……彼女にはあのような能力が?」
僕の隣に並び立ってそう言うジェネットに僕は首を横に振った。
「僕が知る限り、あんなスキルはなかったと思う。もしかしたら新実装のスキルかも……いや、それはないか」
自分の口からポツリと出た言葉を僕は否定し、ジェネットもそれに追随する。
「そうですね。あれではあまりにゲームバランスを崩してしまいます。運営本部があのようなスキルの実装を許可するとは思えません」
「アル君。ノアを連れ去ったさっきの悪魔は何なのかな。何だか彼女を保護するみたいな感じだったけど」
そう言うアリアナの言葉に僕とジェネットは顔を見合わせる。
「どうやらノアはアル様のご推察通り、悪魔の陣営についているようですね。もしかしたらあの巨大竜の力は
「僕のEライフルみたいにこっち限定での能力ってことならいいんだけど」
もしノアがあの力を僕らのゲームに持ち帰ったりしたら、とんでもないことになるぞ。
「彼女のあの力については早急な対策が必要ですね。ノアのことは我が主に報告しておきます。それにしてもあの女悪魔……どこかで見たような気がしますが」
「あ、私もそれ思った。どこで見たのかなぁ」
僕には遠過ぎてそこまでは見えなかったけれど、視力に優れたジェネットとアリアナはそう言って首を
だけどジェネットはすぐに気を取り直して僕らに言った。
「とにかくこのままでは森林火災に巻き込まれてしまうので、森の中を移動して安全な場所まで退避しましょう。途中でミランダとも合流しないと。おそらく彼女も森の中を移動して
そう言うとジェネットは溶けかかった凍土壁の外側に躍り出る。
彼女の言葉に
森の中にいた地上部隊の天使たちはいち早く離脱していたみたいだけど、上空の天使たちはあの巨大竜のせいで壊滅状態みたいだ。
「こ、こんな大変な作戦になるとは思わなかったね。天界からの物資は無事なのかな?」
「それならば巨大竜が現れる前に森の中に着地して、今ごろ天使たちの護衛部隊に守られて先に進んでいるはず……」
そう言いかけてジェネットは不意に足を止めた。
驚いて同じように足を止めた僕とアリアナを振り返るジェネットは無言で口元に人差し指を当て、それから木陰に隠れるよう手でジェスチャーをする。
僕とアリアナはそれに従い、音を立てないように木陰に身を隠した。
僕らの後ろに隠れたジェネットが静かに指差す方向に目をやると、十数メートル先の木々の間に二つの人影が見える。
それは2人の悪魔だった。
その2人の頭上を見ると、プレイヤーであることを示す赤い逆三角のマークが浮かんでいる。
『
耳を澄ませていると悪魔たちの話し声が聞こえてくる。
「話が違うじゃねえか。あのデカブツは俺らの援護射撃のために参加してるんじゃねえのか?」
「ああ。敵味方構うことなく暴れてやがる。あんなのエラーだろ。本部にクレーム入れるレベルだわ」
「まあでも、天使たちが大勢くたばったことは確かなんだし、俺らはその
悪魔たちはそう言って笑い合うと何やらアイテムを取り出し始める。
小さくて詳細までは見えなかったけれど、それは片手で握れるほどの筒状のアイテムだった。
悪魔たちがそれを自分の腕に押し当てると、ほんの数秒の後に彼らの体に信じられないような変化が起きた。
黒い羽は白い翼に変わり、頭部の角は消えて代わりに天使の輪が頭の上に浮かぶ。
そう。
2人の悪魔は
「さすがに非正規に入手したアイテムだけあって反則的な効き目だな」
「どう見ても天使にしか見えねえだろ。超ウケる」
あ、あんなに簡単に天使に化けられるものなのか?
しかも本物と見分けがつかない。
あれで天使の中に紛れ込まれたら、もう見つけられないぞ。
「これは見過ごせませんね。アリアナ。左の男を頼みます」
小声でそう言うとジェネットはスッと立ち上がり、木陰から飛び出して一気
アリアナも即座に続いた。
天使に化けた悪魔たちは突然の襲撃に慌てて反撃しようとしたけれど、ジェネットとアリアナによってあっという間に組み伏せられ、地面に押さえつけられる。
ジェネットは
「見事に化けたものですね。そうして天使に紛れるのですか。変身するためのアイテムを出しなさい。命までは奪いませんから」
そう言うジェネットの隣ではアリアナが悪魔の腕を後ろ手に
「天使に化けるとこ見てたんだからね。
僕はすぐにアイテム・ストックから
だけど悪魔たちは開き直るでも抵抗するでもなく言った。
「い、いきなり何をするんですか? 天使に化ける? わ、私たちは正真正銘の天使です。ちゃんと認識コードも持ってます」
「そうです。こんなことをされる覚えはありませんよ。放して下さい」
押さえ込まれている2人はまるで被害者であるかのように悲痛な表情で言っている。
言い逃れか?
だけどそんなことじゃ当然ジェネットは揺るがない。
「見苦しい
そう言うとジェネットは悪魔を押さえ込む手に力を込めた。
だけどその途端に悪魔たちはあろうことか泣き叫び出したんだ。
「い、嫌だぁぁぁぁぁ! 死にたくないぃぃぃぃぃ! 誰かぁぁぁぁぁ! 誰か助けてぇぇぇぇぇ!」
「こ、殺されるぅぅぅぅぅ! 何も悪いことしてないのにぃぃぃぃぃ!」
えええっ?
な、何そのリアクション。
白々しいにも程があるんじゃないの?
そんな悪魔たちの振る舞いにジェネットもアリアナも困惑の表情を浮かべる。
だけど次の瞬間、2人の悪魔はふいにパタリと力なく地面に顔をつけ、それ以上何も言わなくなった。
な、何だ?
動かなくなったぞ?
それを見たアリアナが目をまん丸くして
「し……死んでる」
ええええっ?
う、ウソでしょ?
僕は驚いてジェネットにも視線を向けたけれど、彼女も
「ライフが……ゼロになっています」
な、何で?
ジェネットとアリアナも同じ思いなんだろう。
互いに顔を見合わせたまま言葉を失っている。
2人ともただ相手が動けないように押さえ込んでいただけだ。
ほんのわずかなダメージは与えていたとしても、死なせてしまうほどじゃないはずだ。
ましてや達人である彼女たちが力加減を誤るなんてありえない。
だとしたら……。
僕とジェネットの視線が交錯し、ゆうべのことが思い起こされる。
「そ、その2人……爆発しないよね?」
「……そう願いたいです」
昨夜、僕の部屋に侵入しようとしていた堕天使は、取り押さえて自白させようとしたところで自爆を試みた。
その時のことが今回のこの2人の悪魔に重なり、僕はついビクビクしてしまう。
「妙ですね。自爆こそしないものの、捕まった途端に息絶えてしまうとは」
ジェネットは疑念に眉根を寄せる。
「ゆうべの堕天使といい、まるで何者かに口封じをされているかのように唐突に
ジェネットがそう言ったその時、僕らの背後から短い悲鳴が聞こえた。
「ひっ!」
僕らが振り返るとそこには数人の天使たちがいて、皆一様に青ざめた顔でこちらを見ている。
彼らはジェネットとアリアナが天使に化けた悪魔たちを組み伏せている様子を見つめて
「ひ、人殺し!」
「どういうことだ? なぜ我らの同胞に手をかけた!」
ええええっ?
これはマズい。
完全に誤解されてるぞ。
僕はたまらずに声を上げた。
「ち、違いますよ! この2人は悪魔なんです。天使に化けて物資を略奪しようとしていたのを彼女たちが阻止してくれたんです」
必死にそう言う僕に追随して、ジェネットとアリアナも立ち上がる。
「本当ですよ。そうでなければ私達がこんな
「そ、そうだよ! この人たち悪魔だったんだから。私たちはこの目で見たの!」
それから僕らは集まってきた天使の人たちに事細かに事情を説明した。
だけど僕たちがこの時に懸命に主張したことは全て徒労に終わってしまった。
なぜならこの後、倒れて息絶えているこの2人が認証コードによって本物の天使であることが証明されてしまったからだ。
だとしたら僕らが見たあの変身は何だったのか。
多くの天使たちが僕らを取り囲み、僕らは仲間を裏切った反逆罪で天樹の塔へと連行されることになった。
そして困惑する僕らに追い打ちをかけるように、もっと最悪な
天使たちに守られていた天界からの物資は全て破壊され、失われてしまった。
それは天使たちにとって非常に悪いニュースだったけれど、僕らにとってはもっと信じ難い衝撃の報告だった。
なぜなら天使たちが必死に守った物資をことごとく破壊してしまったのは悪魔たちではなく、巨大竜に追い立てられて森の中に不時着していたはずの
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