第13話 Eライフル

 天界からの物資を巡る天使と悪魔の戦いは熾烈しれつさを増していた。

 前方の森の中から続々と現れる悪魔たちを視界に捉えた僕は、感情を込めてEチャージを始め、Eライフルの次射を敢行する。

 この銃の持ち主として登録されている僕が引き金に手をかけると、自動的に僕の視界に照準スコープが表示されるようになっている。

 その照準器となっている機能に従って僕は二度目のチャージを終えると、すぐに次の悪魔を狙い撃ち、これを見事に命中させた。


 まあこれ僕の腕前というより銃の性能のおかげなんだけどね。

 それにこのEライフルは射出時に一切音が出ないことが功を奏していた。

 唐突な光線は相手からすると避けにくいことこの上ないだろう。


「もっと工夫しなきゃ」


 先ほどはチャージ分を一度で消費するフルショットだったけれど、これだと撃つたびにチャージしなくちゃならない。

 だからエネルギーを抑えて撃つほうが使い勝手がいいはずた。

 Eライフルは引き金の引き方で威力を調節する。

 僕は先ほどよりも軽く引き金を引いて威力を弱めた射撃を行った。

 七色の光が一瞬で前方の悪魔の胸を撃ち抜く。

 だけど……。


「ゲッ!」


 悪魔は後方にのけぞったけれど、今度は倒れなかった。

 い、威力が足りないんだ。

 この撃ち方だと一撃では倒せないのか。


「キシャアアアアッ!」


 僕に撃たれた悪魔は怒り狂ってこっちに突進してくる。

 ま、まずい。

 僕はもう一度同じように軽めに引き金を引き、悪魔の胸を再度撃ち抜いた。


「グエッ!」


 悪魔はもんどりうって倒れ、今度こそ動けなくなる……かと思ったけれど、弱々しい動きでまた立ち上がろうとしていた。


「こ、これでもダメか!」


 僕はもうなりふり構っていられず、残りのチャージ分を全て使って、今度こそ悪魔にトドメを刺した。

 ようやく悪魔は沈黙し、黒い粒子となって消えていく。

 僕は冷や汗をかきながらホッと息をつき、すぐに次のチャージに取りかかった。


「け、結局チャージ分を全部使い切らないと倒せないなら、フルショットでも同じだな」


 もしかすると気持ちの込め方が足りなかったんだろうか。

 すごい武器だと思うけど、使い方が難しい。

 初心者向けってキャメロン少年は言ってたのになぁ。

 Eチャージをしながら僕は眼前で繰り広げられる戦況を見やった。


 悪魔の数が増えている。

 押し寄せる悪魔の集団を前にしてアリアナは最前線で奮闘し、近づいてくる悪魔を次々と蹴散らしていたんだけど、悪魔は森の奥からどんどんあふれ出てくる。

 一体どれくらいの数が森の中に潜んでいるのか見当もつかないぞ。

 悪魔たちの中には強敵と見なしたアリアナと相対するのを避けて、木々の間をすり抜けてくる奴らがいる。

 そんな悪魔たちを相手に他の天使たちも懸命に戦っていたけれど、徐々に戦況は押し込まれつつあった。

 このままじゃまずいな。


 僕はチャージが終わったEライフルを手に木々の間を走り回りながら悪魔たちを狙撃する。

 僕がEライフルを使うことと、誤射がないことはあらかじめ天使の人たちに伝わっているため、彼らも僕が狙撃しやすいように悪魔たちを誘導するなどアシストしてくれている。

 そんな彼らと共に戦ううちに、自分も戦力になっているのだという喜びが僕の戦意を高揚させてくれた。


 僕はその気持ちを込めてEライフルをチャージし、次々とフルショットを放っていく。

 連射は出来ないけれど、悪魔が密集している箇所に放つと、一体を狙撃した光が貫通してそのまま後ろにいるもう一体を葬り去ってくれた。

 これなら一度に複数の悪魔を倒せるぞ。

 僕は無我夢中で引き金を引き続けた。

 そしてチャージと狙撃を繰り返し、だんだん右手の握力が弱ってくる頃には悪魔の数がようやく減ってきた。

 

 いまだ最前線で戦い続けるアリアナは悪魔に周囲を囲まれて、体のあちこちに傷とダメージを負いながらもペースを緩めることなく拳を振るい続けていた。

 すごい。

 気弱なその性格とは裏腹に、彼女のタフさは半端じゃない。

 僕はアリアナの心身の強さに感動しながら、少しでも彼女を助ける援護射撃をするべく動く。

 度重なる射撃で感覚が鈍ってきた右手をブンッと振ると、僕はEライフルを構えて感情をチャージした。


「感情に弾切れはない。いくらでも戦えるぞ」


 僕はそうつぶやきながらアリアナを早く助けたくて、チャージボタンにかけた親指にもついつい力が入る。

 だけど感情をチャージするのってとても簡単なようでいて、何回もやっていると頭が疲れてくる。

 単純な体の疲労とは異なるその疲労感を振り払うように頭を振ると、僕はチャージされたEライフルを構えてアリアナの周りに群がる悪魔たちを一体ずつ葬っていく。


 それに気が付いたアリアナはこちらを見ると、疲れた表情ながらもニコリと微笑んだ。

 そして歯を食いしばり、氷結拳フリーズ・ナックルで悪魔たちを次々と凍りつかせては砕いていく。

 悪魔全体の数が減ってきたことで、天使たちの勢いも盛り返し、それからほどなくして森の奥からの悪魔の増援がピタリと止まった。

 立て続けに周囲の悪魔を全て蹴散らしたアリアナは、歯を食いしばると空中に大きく飛び上がった。


「はあっ!」


 そして空中で一回転すると、その場にいる最後の一体の悪魔の頭頂部に強烈なカカト落としをお見舞いした。

 まるで振り下ろされる鉄槌てっついのようなアリアナのカカト落としを頭に浴びた悪魔は、昏倒こんとうしてそのままピクリとも動かなくなった。

 や、やった。

 全部やっつけたぞ。


「アリアナ!」


 僕は彼女に駆け寄ると、すぐにアイテム・ストックから回復ドリンクを取り出して彼女に手渡した。

 アリアナが相当に疲れているのがその表情からもうかがえる。


「お疲れ様。アリアナすごかったね」


 上気した顔でドリンクを飲み干し、アリアナはホッと一息ついた。


「ありがと。アル君。あの時のゾンビたちと比べると今回の悪魔たちはずっと強いから、さすがに疲れたよ」


 あの時の~ってのは、僕がアリアナと初めて一緒に挑戦した亡者の廃城で戦ったゾンビたちのことだな。

 そんなに昔のことじゃないのに懐かしい。


「アル君のライフルもいい感じだったね。おかげで助かったよ」


 アリアナはそう言うと、拳を僕の方に向けて微笑む。

 彼女はそう言ってくれるけど、この銃一丁でそんなに大きな戦力になれるわけじゃない。

 ただ、アリアナのように一騎当千とはいかなくても、こうして悪魔を掃討するのに少しでも役に立てたのは素直に嬉しかった。

 そう思って僕がアリアナと拳を合わせようとしたその時だった。

 バキバキッと枝葉にぶつかる音が頭上から聞こえ、ハッとした僕らのすぐそばに一つの人影がドサッと落ちてきたんだ。


「えっ?」


 僕とアリアナは息を飲んだ。

 落ちてきたのは、全身から白煙を立ち上らせてすっかり傷ついたジェネットだった。


「ジェネット!」


 僕とアリアナは即座にジェネットの元にしゃがみ込む。

 彼女は体に高熱を浴びたようで、その身にまとった祝福の聖衣クレイオーすすけてそこかしこから白煙を立ち上らせている。

 上空で悪魔たちと順調に戦っていたはずの彼女がこんなに傷つくなんて、一体何があったんだ?

 僕は信じられない思いでジェネットに声をかけた。


「ジェネット! しっかり!」


 僕の声に反応してジェネットが目を開ける。


「ア、アル様。ご無事でしたか」

「ジェネット。一体どうしたの? 何でそんな……」

「ふ、不覚でした」


 僕は信じられない思いでジェネットの傷ついた姿を見た。

 いくら悪魔の数が多いといってもジェネットがそう簡単に不覚を取るとは思えない。

 だけど現実に今の彼女は相当のダメージを負っている。

 とにかく僕は彼女の頭を支えながら回復ドリンクを飲ませた。

 それでようやく一定のライフを回復したジェネットは、ゆっくりと身を起こして息を整えると何が起きたのか伝えてくれた。


「悪魔との交戦中に突如としてかなり規格外の強大な敵が飛来して、天使たちを攻撃し始めたのです」

「き、規格外の敵?」


 ジェネットは神妙な面持ちでコクリとうなづいた。


「ええ。巨大な……あまりにも巨大な飛竜です」


 彼女がそう言ったその時、いきなり頭上から降り注いでいた木漏れ日がさえぎられた。

 ハッとして頭上を見上げると、巨大な影が上空を飛び去り、その風圧で枝葉がバサバサと揺れる。

 枝葉の間から見えるそれはあまりにも大きすぎて、まるで山が空から降ってきたような錯覚すら覚えた。


「あ、あれが……」


 そういえば……さっき奇妙な口笛が聞こえたと思ったら、上空が一瞬だけ静かになり、それからすぐにより一層騒がしくなったんだ。

 あれはその騒ぎだったのか。

 僕が森で戦っている間にそんなことがあったなんて。

 息を飲む僕の隣でジェネットが懲悪杖アストレアを支えに立ち上がる。


「それまで優勢だった天使たちですが、巨大竜が現れてから一気に形勢不利におちいりました。今はミランダが巨大竜と戦っていますが、正直どうにも厳しい状況です」

「ミランダが? そんなに強い竜なの?」

「ええ。巨大竜は大きくてとても恐ろしい敵ですが、本当に脅威なのはそこではありません。ダメージ判定が体の一部にしかないタイプのようで、それがどこだか判別できないのです。ですからいくら攻撃をしても一向にダメージを与えることが出来なくて……」


 ジェネットの話に僕は息を飲んだ。

 ダメージ判定っていうのは、その箇所に攻撃を受けるとライフを消耗する箇所のことだ。

 僕らのいるゲーム世界では全身にダメージ判定があるため、体のどこかに攻撃を受ければ必ず大小のダメージを受けることになる。

 そのダメージ判定が体の一部にしかないってのはアクションゲームやシューティングゲームにはよくあるけれど、こっちの世界にはそういう敵がいるってことか。


「私やミランダの魔法、それに天使たちのあらゆる攻撃でもダメージ判定の有効箇所を特定できず、一切のダメージを与えることが出来ないのです。その上、凶暴なその攻撃性と力によって多くの天使たちが命を奪われ、私もこの有り様です」


 ジェネットの言葉に僕はいてもたってもいられなくなり、近くの木に足をかけて上り始める。


「アル様?」


 ミランダがそんな巨大な敵と戦っていることを思い浮かべると、僕はあせりを覚えた。

 ジェネットですら追い詰められる相手にミランダだって苦戦しないはずがない。


「アル様! ミランダの援護ならば私が再度飛びますので、無茶は……」

「僕のEライフルなら木の上からでも狙撃できるよ!」


 僕は懸命に木を登り、ようやく枝葉の茂みを抜けて上空を見渡せる位置まで出た。

 そこで僕は息を飲む。


「な、何て大きさだ……」


 悠然と空を飛ぶ灰色の巨大飛竜は軽く100メートルは越える全長を誇り、その周囲を飛び回る天使や悪魔たちがまるで蚊トンボのように見えるほどだったんだ。

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