#030:奇妙だな!(あるいは、頂上たるは/淡きセクレト)


 唐突だが、説教を喰らっている。


「『ケレン味』推しでいく言うとったやろがぁッ!? 何でワケわからんベクトルにばはっちゃけとうとぉッ!? あかんさけ? そんなんしたらあかんさけがじゃぉぅッ!?」


 まあその怒られ元は、お察しが如く猫娘ネコルであるのだが、興奮のあまりどこの郷の言葉かはまた分からんくはなっている。


 ま、まあまあ、敵さんを退けたっていう、そして予想外の「ワープ」をかませられたっていう、確かな成果を残せたんだから、いいじゃあねえですかい……? と、おもねりつつ、何かは分からねえが白く濁った酒を、対面の真っ赤っかになってる妙齢の女に注いだりする俺なのだが。つうか今日は人間の姿なのか……


 件の三人娘を屠り切って戦利品を得てのち、件の「ゲィト」たる、身も蓋もない言い方をすると「ワープ装置」に身を躍らせた俺とネコルは、非常に都合よく、目指す目的地を約50kmに臨むところへと、瞬間転移していたわけで。


 ここまでご都合主義も昨今お目にかかれんよな……と改めて思い返してみたりしている俺だが、昼夜を賭した桜吹雪サ○イ感ある長距離走に終始することなくて本当に良かったぜ……と内心は安堵していたりするわけで。


 鬱蒼としたと表現するに相応しい鬱蒼さを有していた森のほどなかにあった「ゲィト」出口のほど近く、約2km先には、結構栄えていそうな「街」があったりして、やっぱ異世界はこうじゃねえとな……との実感を今まさに噛み締めている……


 しかして、ネコルは先ほどからご機嫌ななめのようであり。例の如く色彩感覚が印象派の絵画の中みたいな感じの街のかしこを色々な店をひやかして歩き回っている間は割と普通だったんだが、宿も決めて、その近場の、たたずまいがまた土塀の「蔵」を模したかのような渋い酒場に腰を落ち着けたところから、何か怪しくなってきていた。


 陽が落ちてからは唐突に「人間」の姿へと変貌をしていたネコルであり、そのこともまあなんでかな、とか思っていたのだが、なんか強めの酒を立て続けに二杯ほど空けたとこからおかしくなってきていたわけで。


 ケレン味を……ッ!! ケレン味言うたでしょう……ッ!? と、定まっていない目線で頭をぐわぐわ揺らしながら迫られると、そして俺が酔いに出遅れているという状況を鑑みると、もうどうすればいいのか、このまま酔っぱらいをいなしていく他はないのか、みたいな状況に陥っているのは、いささか疑いを持たないところなのである……


 とか言いつつ、俺も、わっしの酒ば呑めんとぉッ!? みたいに完全に逆らってはいけない的なヒトから矢継ぎ早にお酌をされていることから、思考はだいぶ定まらんくはなっている。ていうか、このどぶろくみたいな酒、脊髄のさらに芯くらいのところに響いてこんばかりなのだ↑が→。ゆっくりと、世界が回り始めている、そんな予兆はある。


大体らいたいれすねぇ、銀閣さんはぁ、女に甘すぎますのよぅ……」


 目の前に座る女性ネコルは、相変わらずの上:セーラー服の、下:赤いミニスカートから始まる珍妙なる出で立ちで、そのエメラルドグリーンの髪を、ぞろりと前方に垂らしながら、その陰から、俺のことを凄い上目遣いで見据えて来とるわけで……


 今日だけで、四人もぉッ!! その毒牙にかけておるのですよ自覚はあるのですか無いならそれはそれで問題なのですからね肝に銘じておいてくださいよぉ……と、つらつらと感情がこもってんだかないんだか分からないような低い小声を顔面に叩きつけられているような時間が続いている……


 完全に乗り遅れた、その感はある。これもうどう足掻いても、追いつけることはないな的な諦観。そしてなるべくならこの場を早く切り抜けたい的、切なる思いに全身が浸っている感……


 ここまでのカラみ酒とは思わんかった……猫の姿のままだった昨夜(まだ昨夜だったんか!!)は割と自分のペースを守って淡々と飲みそしてほどよく酔っていたかに思えたのだが、人間ヒトの姿に(なぜか)なってからは、(なぜか)ぐいぐいこちらにもたれかかるようにして粘着してきおる……


 ま、ま、もうそれほど急ぐ旅でも無くなったわけですし、今後の「戦い方」につきましてはね、素面の時に存分に行いませんかねい……? と、多分におもねり気味の言葉を発してしまった。それがいけなかった……


「ぶわかやろうッ!! そんなこったから、『ケレン味』からかけ離れた無茶苦茶をやってしまうんどどッ!? さっくり原点に戻れ言うてるどどッ!?」


 火に油、どころか常温で気化する類の燃料を注いだ感は否まれず、それ以前にああ言えばこう言うの負のスパイラルに叩き込まれておる……どうすりゃいいねんこれェ……て言うか「どど」が語尾につくことってあまり無いよね……


 だが、どなり散らしてからは急にダウナーな波がやって来たのか、こくりこくりと首をあっちこっちに傾けるようにして舟を漕ぎ始めた。まあこいつも今朝から頑張って立ち回ってくれたしな……言うてたほど「神」である全能感は「全能」じゃあなく、割と必死こいてこいつがその場その場で「頑張って」やってくれてることが分かってきた今、何と言うか、相棒バディ感をうっすらと感じ始めている……真後ろにぶっ倒れそうな勢いで首をかくんとさせたかと思うと、大口を開けて半白目という熟睡ノンレムを即座にかましてくるものの、その開かれた艶やかな唇や、その奥にぬらりと覗く赤い舌とかがこちらを揺さぶってくるのをいかんいかんと制して俺は椅子を後ろに引いて立ち上がる。


 俺は空いた皿を片付けに来た赤髪の店員や、周りの席で怒るというよりは唖然としている他の客たちに手刀を切って謝罪しつつ、ねえさんもうそろそろ引き揚げましょうぜ……と、思い切りこちら側に体重をかけてくるものの、ちゃんと立たせようと押し返そうとすると膝から腰から崩れ落ちそうになるという、何とも運搬しづらい物体と化した猫女ネコルに肩を貸して支払いを何とか済ませて表によろぼい出ると、すっかり暗くなった空に散らばる、満天としか言えないほどの見事な星空が目に入ってふと圧倒されてしまう。


 舗装こそ為されてはいないが、丁寧に均され突き固められた平坦な道を、行きかう派手な彩色の住人やら、荷車を引いた「鹿馬シカウマ」と言うんだったかポニーを二回りくらい大きくしたような獣にぶつかりそうになりながらも、俺は「自分より酔いつぶれた人間がいる」という、自分が酔いつぶれたら終いだ的使命感になんとか背中を押されながら、行きは徒歩3分くらいだった本日の寝泊まり場へと、相棒と肩を組んだ姿勢で不規則なステップを共に踏みながら少しづつ歩んでいく。


 しかして、一歩ごとにぐにゃり感の増してくるネコルのがばり全開の左脇からは、甘酸っぱいようなグリーンっぽいような強力な芳香かおりが、俺の顔すぐ側で、そこに顔をうずめたくなるような衝動をかき立ててくるが。そして俺の右肋骨を圧迫せんばかりに凶悪な柔らかさを有した球体が上下左右動を繰り返しながら、俺の理性を根こそぎ削り取ろうとしていやがるが。


 またしてものあかん予感に、それでも「鋼の自制心」という、「ケレン味」よりも技レベルが上がっていそうな己のスキルを信じて宿へと向かうのであった……

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