#010:地道だな!(あるいは、リアクター/狼煙のメロディーナ)


「首を刎ねてやりますか? それとも心臓を貫いてやりましょうかね? あまり弱者をいたぶるのは性に合わないものでね……」


 完全に取られた優位マウントの壇上から、水色の長髪ロンゲののたまう愉悦を噛み殺した声だけが響く。


 俺はと言えば、尻餅ついたままのけぞった姿勢のまま、固まるばかりであって。野郎は本気だ。人を殺めることに躊躇しないタイプの人間……これが異世界の流儀かよ。


 まがりなりとも現代日本に籍を置く身としては、そんな非現実感にまったく呑まれてしまい、まっとうな思考も出来ていない状態……ケツまくって逃げ出すか。だが、この「黒い立方体」を形作る「領域」がそれを許すとは思えねえ。おそらくは、呑み込んだ者を「決着」がつくまでその場に留める、リングのような役割をもしてるはず。


 それでも一縷の望みを賭けて、背中向けて逃げるしかない状況だが、奴の無敵の「槍」の前にさらにの無防備を晒してしまうようで、どうしてもその選択に踏み込めねえ……


 詰んだ……歪みが止められない顔面のままで、諦めの境地に爪先を踏み込んでしまった、その瞬間だった。


「……『槍』の『射程範囲』に入らなければ……ッ!! 『躱す』も何もないはず……!! 銀閣ギンカクさん!! 怖れずに『ゼロ距離』ッ!! それが今の最適解……っ!!」


 ネコルだった。彼女はそう言い放つと共に、その小さな体を翻して臆せず奴の手元に飛び込んでいったのであった。「槍」の中央部辺り……成程そこにいれば穂先だの石突だのは物理的に当たらねえ。考えたな、さすが「全能神」。


 だが、


「……『そこ』は対策出来ていると、何故に考えないか、逆に不思議ですな……あまりに迂闊。ネコル様……やはり『ルール』は根本的にお苦手とお見受けしますな……まあこいつは『幸運』として受け取っておきますよ。貴女をも屠れたのであれば、我が主クズミィ様もさらにお喜びになられるというもの……」


 典型的テンプレ物言い何とかならねえのか、とか、思っている場合じゃあ無かった。長髪が黒マントの懐から高々と掲げ上げた右手にはひらめく「短剣ナイフ」が握られていて。


 振り下ろされたそれが、「槍」を保持する野郎の左手に噛みついて何とかその隙を作ろうと必死の行動を起こしていた、そのネコルの横っ腹に。


 勢いよく撃ち込まれていくのを、俺はただ、阿保のように見送ることしか出来なかったわけで。


「……」


 スローモーションのような、引き延ばされた時空間の中、短剣を引き抜かれた傷口から赤い奔流を迸らせながら。


「……ネコルッ!!」


 咄嗟に伸ばした俺の両手に、力無く転げ落ちてくる、小さな身体。


「……」


「おいッ!! 神だろ全能神なんだろ? 刃物でやられるってそりゃねえだろうがよ……ッ!!」


「……『ルール』とはとことん相性悪いみたいで私……ダメですよね……初っ端からこんなのなんて……せっかく異世界から貴方をお呼びしたというのに……」


 しゃべるな、と言ったはずの俺の声は吐息と共に掠れ消えてしまうばかりだったが。傷口を手で押さえることしか出来ねえ。その身体からどんどん熱が消えていっちまう気がして、てめえの胸にかき抱いて、体温を移そうとすることしか出来ねえが。


「やれやれとんだ茶番だったようで。さてさてふたりまとめて貫いて差し上げますよ。それで終了と。はああ、この徒労感をどうしたもんか」


 野郎の言葉のどれにも、俺の精神の何かが揺さぶられるということは、もう無かった。全てを受け入れたような凪いだ顔つきで向かい合った俺に、諦観を見て取ったのか、長髪はめんどくさそうな表情を隠しもしないまま、おざなりにその右手に握った「槍」を、胸元に抱きかかえられたネコルごと、俺の心臓目掛けて突き出してきたわけで。


 刹那、だった……


「……!?」


 野郎の顔が初めて歪んだよ。さんざいいようにやってくれたよなぁ……


「絶対に躱せねえんだったらよぉ……『躱そうとしねえ』ことだよな……敢えて喰らう。致命的なところは勿論外してなぁ……」(ケレンミー♪)


 奴の槍の穂先は、やはり寸分違わず俺の身体を貫いていたわけだが。その「場所」は右肩だ。死ぬほど痛えが、死にはしねえぞ?


「『ルール』だなんだは分からねえがよ……これで俺の拳も届く範囲になったつうわけだ。正面きっての殴り合いなら、生前負けたこたぁ無ぇんでねこちとら……ッ」(ケレンミー♪)


 長髪の顔に、ぴしりと困惑と焦燥を混ぜ合わせたような微妙な表情が宿る。


 刹那、だった……(こればっかだな……!!


 <ケレンミ完了ッ!! 『超絶カード』転送中……>


 いきなり胸元のネコルからそんな機械じみた甲高い音声が発せられてきた。やいなや、


 カタカタカタ……というアナログチックな音と共に、その口から、カード状のものが徐々に吐き出されてきたよキモォっ!! その両目はスロットのように目押しのタイミングを計れとばかりに高速ドラム回転をしているのだが。


 あっるェェッ? こ、こいつロボだったのかァッ? 流してた血は? 俺のこの哀切は?


 困惑の俺の手元に、猫型ロボットから排出された、なぜか唾液にまみれた「カード」が取れとばかりに差し出されてくる。恐る恐る激痛走る右手の人差し指と親指の爪を使って受け取るが。


 <極光白ホワイト>


 その表面に書かれた(もちろん日本語で)文字を思わず声に出して読んだ途端、相対した長髪の顔が蒼白になり、さらにガタガタ震え出す。


「れれれ『レジェンド』ぉっ!? そ、そんなもの現存するのは3枚ほどしかないと聞いたことが……ハッ!?」


 長髪の声が裏返る。その瞬間の俺の顔は、喜悦・愉悦・あと何かに彩られた、有史以来例を見ないほどの、粘着質な何かを孕んだ壮絶なる顔貌であった……と、のちに一命を取り留めたというか例の「全能」なる力であっさり甦ったネコルは語ったという……


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