#009:鉄壁だな!(あるいは、絶命しよう/仕様の無い/ドラスティカ)

 空手カラてかつ真顔のまま佇む他に何も出来ない俺だが、それを全く意に介さずに、正面の長髪ロンゲはまたしても段取りなのか様式なのか「進行」を忠実に行ってこようとする。


「……『カードニック=スペース』ッ!! レディェァッ、GOOOOOOOOAH!!」


 唐突なる雄叫びはヤバみという名の波濤を呼び寄せんばかりであったが。漆黒のマントの下から、何か、金属質と思われる「腕輪」の嵌まった左手首をこちらに見せつけるようにして突き出し掲げてくると、長髪の全身がいきなり「黒く」光る。


「ん説明しようッ!! 『カードニック=スペース』とはッ!! その場を支配する『台札リード』の『法則ロウ』に問答無用で万物が従ってしまう、荒唐無稽な戦場バトルフィールドなんだぜッ!?」


 急速に広がる黒い「光」なんだか「闇」なんだか分からない「立方体」の領域が、ヤツと俺の周囲、目測25m四方を覆っていく中、となりのネコルからそんなままならないキャラ付けの興奮気味の説明文句が飛び出してくるが。それより何より「カード」がねえだろうぜェッ!?


「『初発ファースト開示ディスクロゥジャー』!!」


 そんな俺を尻目に、長髪は今度は左腕を体の前に水平に差し出し維持すると、そこに嵌まっている「腕輪」からじゃきんと、白っぽい四角いものが、焼け上がったトーストのように飛び出てくる。あれが「カード」……念のため俺の手首にもそれらしきものが無いか、手探りで両方探り、さらに念のため、首、足首、乳首、カリ首など、あらゆる「首」の付くところをまさぐってみたものの、触り慣れたいつもの感触があるばかりだった。くっ……どうすれば……ッ!!


「私のカードは……これだッ!! 『天:光ブルー:3』……フフ、まずはの小手試し的なものですが……おや? 『パス』ですかな? 随分と豪気な。それとも次の布石なのか? わかりませんが、とりあえず……」


 長髪が水を得た蛙が如くつらつらとまくし立ててくるが、野郎っ、こちらに「札」が無えことは承知の上か。その細長い指が抜き出した「カード」が、奴と俺の間の空間、中空に「置かれる」と、やにわに青っぽく発光してきやがった。何が起こる?


「『法則:この槍を躱すことは出来ない』……」


 長髪が不気味な笑みと共に呟いた言葉は、その次の瞬間、「カード」から生えるようにして現れ出て来た、うっすら青く光を帯びた、2mくらいありそうな棒の先に刃がついた……うんまあ正にの「槍」のビジョンを視認した瞬間、脊髄で把握できた。


「ネコルッ!! こっちも得物ッ!!」


「おかしいんですよッ!! 『バングル』は誰にでも必ず装備されているはずなのにッ!!」


 微妙に噛み合ってるか噛み合ってないかのやり取りで、やばいことだけは分かった。分かったがともかくもう脊髄の指令通り動く他はねえ。丸腰上等、すなわち、


「……ッその綺麗な顔面をぶよぶよの完熟リンゴにしてやろうかいッ!?」


 先手切ってブッ込んでいくしかねえっ。俺の、自分でもどうともし難い獰猛な女王気質が顔を出すが、こいつぁ気合いの現れ。奴が左半身にその「槍」を構えたと網膜の端で捉えたか否かの刹那、俺は暗く染まった「黒空間」の地べたを思い切り蹴って、右方向、野郎の構えの死角をついて一気に間合いを詰める。


「らああぁぁぁあぁぁッ!!」


 背中側から、視界外からの、渾身の右ラビットフックが奴の左後頭部にいい勢いと体重の乗りで吸い込まれていく。決まった、と思った瞬間だった。


「!!」


 揺さぶられるほどの衝撃。動作が終わってからやっと把握出来たが、奴は背中を向けたまま、「槍」の尻を跳ね上げるようにして、こちらの顔面を薙いできやがったのであった……ありえねえ……だがノールックで雑にぶん回しただけに見えたその軌道は、寸分違わず、俺の拳を振り抜いて無防備だった右こめかみを激しくえぐり突いたわけで。


 おるけすたでらるす、みたいなくぐもったうめき声が、俺の喉元から迫り出し漏れてきてしまう。隙だらけと見えたあの佇まいは、この強烈なカウンターを放つためのブラフだったとでもいうのか? みたいな余分な考えは、続いて相対しつつ放たれた、腰も捻りも入って無い、棒立ちの奴の振り払った一撃が、余裕を持ってバックステップで外したはずの、俺の両膝裏をピンポイントで痛打してきたことによって霧散する。


 無様に背中から倒れ込んだ俺を見下しながら、ぷらぷらと穂先を揺らしつつ、野郎は余裕微笑を貼り付かせたまま、こちらに力の入ってない歩様で距離を縮めてくるが。


 いや違う、手練れであることをこんなにも消臭できるわけがねえ。そもそも槍の扱いってこんなんじゃねえはずだ。突くもんだろ、普通。こいつは正真正銘の「槍」素人。であれば。


 ……「ルール」。抗えない何かが、この四角い暗闇には確かに存在していて。そいつがそこにいるやつ、そこにあるもの全部に干渉してきやがるってことになる……


 <この槍を躱すことは出来ない>とあったら、絶対的にそうなる。「カード」に書かれたことが、絶対。


 そしてこちらには手札そいつも皆無。このままじゃあ良くて嬲り殺しか。


 転生した直後にまたも死が迫るという状況に、ボクノ知ッテル異世界コレジャナイ感が大脳内で衝撃波ソニックブームのように暴れ回るものの、どうしていいか分からなく硬直してしまうばかりの俺ガイル。


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