浅き夢見し

 あの酒宴を境に、貴女は笑わなくなりました。けれど悲しんでいるのではなく、苦しんでいるように見えます。それではいけないのです。貴女の苦しみを取り除いてあげたいと心底から願いましたが私は口下手ですから、余計に傷つける事をおそれていつも通り不愛想な王様を演じ続けます。

 どうしたら貴女が苦しまずにすむのかと考えて、とりあえず私の夢を語る事にしました。同じ景色を見られるように。

「玻璃……戦ではなく喧嘩なら救いようもある。言い争いだって、そこに友人や家族を思いやる気持ちがあってこそ怒っているのだと、違っていてもそう思い込んでいれば適当なところで折り合いもつけられる。傷つける事が目的ではいけないんだ。皆が理解しなくてもいい、嘘でもいいから人間は他人のために怒ることができるのだと思い込んでいれば、争いは減る。けれど起きてしまった争いは簡単には終わらない。何十人、何百人という命を無駄にしながら続いていくんだ。だから誰かが仲裁に入らねばならない。そうしていつか争いの音や、耳に慣れてしまった爆発音のしない、静かで優しい世がやって来る、これが私の夢だ。夢のためなら私は残酷に争いの世を生きると、むかし決めたんだ」

 昔、あの村を出て見た世は神も仏もない、腐っていく臭いのする、死を望むようなこの世の果てでした。どこに行っても死が見えていました。しかし人というのは懐に入れば情に厚いというのも確かですから、きっと捨てたものではありません、絶望するにはまだ早い。その頃は三十年も生きれば何か分かると思っていましたが、今となってみれば六十年生きても、きっと八十年ほど生きたところで、何かを言い切ってしまうには早いのでしょう。

 何十年と続いた旅の中で、もしかすると私は狂い咲きの桜のようになっていたのかもしれません。どこかで少しだけ何かずれてしまったように感じることがあります。

 醜いものは私で、この世はすでに美しいのだとしたら……貴女に会ってからは、時々こんなことを考えるようになりました。

 そこで私は問いかけます。

「私は間違っているだろうか?」

 貴女は驚いて口をぽっかり開けましたが、律儀に答えます。

「いいえ、王様は正しいです」

 けれど息苦しいような感覚と、頭にかかった霞は晴れず、私は続けました。

「私は酷く汚れた人間だ」

「いいえ、王様は美しい心の旅の王様です」

 貴女は慌てて言葉を投げながら、ほろりと涙をこぼしました。その涙で、なぜか私は自制心を失ってしまったのです。

「私は残酷な人殺しだ」

「いいえ、王様は多くの命を救いました」

「わがままな支配者たちと私はなにか違うのか?」

「違います、私は王様に支配されていません」

 その時やっと気づいたのです、恐ろしいほど大きな貴女の愛に。

「私は悪だ」

「いいえ、違います……」

「私は何一つ救えていない」

「いいえ、私は見ていました、私は救っていただきました……」

「私は狂っている」

「いいえ……」

「子供もいた。優秀な未来ある青年も、巫女もいた」

「はい……」

 それきり、私も貴女も黙ってしまったのです。

 貴女の愛を知って、私は狂った自分に気づきました。やはり私は間違っていたのです。悲しみは愛の先にあるからこそ美しかったのに、私は貴女からその愛を根こそぎ削り落としてしまったようです。悲しみの中から愛を抜き取ってしまえば、残るのはただ空っぽの絶望です。あの滝の上の悲しみに囚われた貴女はきっと死を前にして、それでも何かを愛していたのでしょう、もしかすると何もかもに愛を抱いていたのかもしれません。だからこその美しさだったのだと、ここまで来てようやく気付きました。もう一度、なんとか貴女に愛を与えなければいけません。花が咲く前に。

貴女が十五歳になった年の、川さえ凍る夜の山小屋での話でした。


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