常ならむ
さぁ暗い話はやめましょうか、今度は貴女と私の鍛錬の日々のお話です。
旅は大体が二人きりでした。前にも言いましたが、兵たちは姿を見せないように別行動を取っているのです。その方が何かと都合がいいので。
貴女は刀を嬉しそうに抱きしめて歩いていました。あの時の若様の刀です。刀身は替えましたが王が息子に持たせた刀ですから、相当に立派なものです。
「王様、私に刀の振り方を教えてください」
そう言って無邪気に笑うたびに世界は煌めいて、私の心は切なく曇るのです。もどかしくて苦しくて、貴女は本当に可愛らしい子供でしたから。
貴女は毎日かかさず刀の稽古をしました。私は蒔いた種に水をやる気持ちで教えていましたが思った以上に覚えが早く、驚かされました。そして、私は戦が一つ終わるたびに必ず同じ話をします。
「この世はきっと全ての戦を終えることができる。その日まで旅は終わらない。だからこそ旅の王は支配ではなく、圧倒的な抑止力として生き続けなければならない。戦を止められるだけの力をいつでも、私たちは持っていなければいけないんだよ」
貴女は私の言葉をよく理解し、私が兵たちと戦場に行っている間でも刀の稽古を怠ることはありませんでした。それでも私は戦場に貴女を連れて行ったりはしません。きっと爆発音は聞こえていたでしょう、馬の蹄の音や、もしかすると叫ぶ声も聞こえていたかもしれませんが、あの凄まじい争いの景色や、終わった後の有様を見せたりはしません。
花はある時、ある瞬間、劇的に咲くのが美しい。
貴女は私と共に生きていられる事が幸せだと言いました。その言葉を聞くと、私は罪悪感を抱いたのです。ただ笑っていつまでも生きていられるなら、それでいいだろうと思ってしまうのです。けれど私は忘れません。この世界は残虐で、それを作り上げている個人は酷くわがままで、正しさなんてものは地中の深くに埋められているのです。何も知らず笑っていられる訳がありません。ならばあの時のように、せめても悲しく咲き誇れと願ってしまうのは他愛もない私のわがままなのです。
そして、私には一つ気がかりがありました。貴女は旅の途中、川や滝を見るたびに龍神様を思い出すようにして手を合わせるのです。それが悲しみに満ちていたなら、私は嬉しくて幸せな気持ちで見つめられたでしょうが、貴女は恋しがるように、懺悔するように手を合わせるのです。もしかすると、このまま龍神様に持っていかれるのではないかと、貴女が手を合わせるたびに心配していました。あれだって村の長老たちの勝手で嫁入りだ、しきたりだ、村のためだと御託を並べてわがままを言っているに過ぎないのに、貴女は自然というものを愛しているようでした。
一度、手を合わせる貴女の唇がごめんなさいと動いたのを見た時は、どこからかドドッと不安が押し寄せて、一滴の余裕さえなくなりました。
「忘れろ」
思わず怒鳴るように言葉を吐きました。
それからは私の気持ちを汲んでくれたのか、今まで一度も手を合わせる事はありませんでした。
そうして二年も旅をすれば、だいぶ刀の振り方も様になってきたのですが、貴女はもっと強く、もっと賢くなると言っては貪欲に力を求めました。それを、守るための力だと貴女は言います。私に守られているからと言うのです。
蒔いた種は確実に育っていますが、二年たっても、悲しみに囚われた美しい少女に再会する事は叶いません。待ち遠しくて……もどかしくて……目の前で笑う貴女がどれほど私を苦しめたのか、想像もつかないでしょう。
私は龍神様に恋する貴女に恋をしてしまったのかと、思い悩んだこともありました。けれど、そんなはずはありません。貴女は私に命を拾ってもらった事がうれしいと確かに言ったのですから、その言葉は信じるべきです。きっと貴女は龍神様に恋してなどいなかった。
けれど月にあの日の貴女を重ねて見るたび襲い来る哀切に、年甲斐もなく泣いた事もありました。
「変わってしまったことが悲しい」
どんな言葉が欲しかったのか、私は貴女にそう言ったのです。けれど貴女は優しく抱きすがるばかりで、月が隠れてしまうまで私は眠ることさえしませんでした。
結局は、少し暗いお話になってしまいましたね。どうして私が語るとこうなるのでしょうか。重ねてきた何十年と言う月日のせいでしょうか、見てきた世界のせいでしょうか。
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