我が世誰そ

 次は私のことを少し話しましょう。

 先ほども少し言いましたが、この世はずいぶんと自分勝手です。今こうして言葉を失ってしまった貴女にはどう見えているのでしょうか? 悲しみの花は私の望まない色をした蕾をつけました……。ですので、もう一度見てください。貴女と私が生きてきたこの世を、私の言葉で感じてください。


 田舎の山奥にある村で過ごした子供時代、私は夜ごと月に祈りました。

「争いの声や暴力の音が聞こえないところへ行きたい」

 あの頃は月明かりを頼りに泣き、星を見ていました。あの星は争いの数、消えた命の数なのだと村長から聞くと、悲しみを押しのけて怒りが沸き起こりました。どうして、ほんの少し他人同士ずれが生じるだけで皆は争ってしまいたい気持ちを抑えられなくなるのだろうかと、馬鹿々々しくさえ感じます。

 それから当時の私は刀や馬、弓に槍といった戦う術を身に付ける事がとても嫌で、本を読んで知識を詰め込むことに躍起になっていました。

 それが変わったのは十六の時です。自慢の知識力と申しわけ程度に覚えた棒術をふるう機会もあまりなく、私は炭屋の一人息子として家業の手伝いをしていました。

 夏の初めの蓮の花が美しい時期、近くで戦がたて続いて、その頃は毎日ぐったりするまで働いて、やっと注文をこなせるくらいでした。注文が入れば敵だ味方だなどは考えずひたすら炭を焼け、と父は言いましたが、私はそんな危ない事はやめろと言ったのです。すると、やかましい! と怒号が飛びました。父はいつでも反論は許しません。

「この頭でっかちが。それでも俺たちは炭を焼くんだよ、理屈でやってられっか」

 言葉の通りに頭でっかちだった私には、さっぱり理解できませんでした。

 それからすぐに、私の心配していた通りのことが起こります。

 長引く戦ではどうしても炭が必要ですから、敵国に炭を渡さなければいい。そのために村ごと占領してしまおうという、子供じみた事を考えた将がいたのです。そんな事をすれば、最悪は自分たちさえ炭を手に入れられなくなる事までは考えていないのです。

 どれだけ将を馬鹿にしても戦士たちは強く、村は対抗する力を持っていません。一晩のうちに村の半分は焼け野原となり占領されました。村には五十名ほどの戦士が残り、水だ食事だとわがまま放題にしています。その戦士たちを率いていたのが、驚くことに私と同じくらいの歳の若様だったのです。その若様が仁王立ちで、偉そうに指示を出しているところを見たことがありますが、もしかすると、もう少し若く見えました。

 何日もしないうちに、逆上した敵国が七十名ほどの戦士を連れて攻めてきて、村はあっという間に戦火に囲まれてしまいました。その時には村人はすでに半分でした。

 生き残っているのは女と、数人の男と、炭屋で働く者だけです。

 ある時、私はその若様に呼びつけられました。

「炭屋の者です、お呼びでしょうか」

 下手な態度をとって殺されたらたまりませんから、頭の中で礼儀作法の教科書をめくりながら話していました。近くで見ると、やはり私よりも少し若そうで、眉間に皺を寄せています。目の下には薄っすらと隈があり、ふと同情してしまいそうになりました。

 私を見ると、ぽたぽたと汗を垂らしながら立ち上がります。

「仕事中に悪かったね、年の近い人間と話すことが滅多にないので、お前とただ世間話がしたかったのだ。向こうに丁度いい空き家があったから、そこで話そう」

 その空き家には大きなみかん畑を一人で世話している優しいおじいさんが住んでいて、村が占領された晩から行方不明になっていました。

 ボロボロになってしまった土塀を踏み越えて若様が縁側に座ったので、慌ててそれに続くと隣に座るように言われました。

「失礼いたします」

「かしこまらないでくれ、話を聞いて欲しいんだ」

 どことなく疲れた様子の若様に分かりましたと答えると、幼く笑いかけられます。

「僕は十二になったばかりなのだけれど、父が国の王なので戦については小さい時から勉強させられた。ここには父の命令で来たんだ」

 なんだ、本当に世間話が始まるのかと、私は安心していました。

「けれど僕はお飾りなんだ。学んだ戦術も実践では考える暇さえなくて役に立たなかったからね、本当の指揮は父のお気に入りの軍師がしているよ。僕の仕事は、偉そうに踏ん反り返って生きている事だそうだ。見事なお飾りだろう」

 突然と始まった愚痴。壊して殺して、村を焼け野原にした奴の話をどうして聞かなければならないんだと、激しい苛立ちに顔が火照りました。それは大変でしたね、お疲れ様です、とでも言えばいいのでしょうか、とにかく苛立ちが顔に出ないように必死でした。

「胸を張れ、声を張り上げろ、武器を取れって、父はそんな事ばっかり言うんだ。僕は部屋の隅っこで丸まってる時が一番好きなのに」

 声を出したら怒鳴ってしまいそうで、私は無言で頷いていました。

「けれど父は親ばかなんだ。今回の戦の原因を教えてあげるよ。敵国の王様がね、僕のことを器じゃないって言ったんだ。そしたら父が怒ってしまってね、原因はそれだけなんだ」

 私はいよいよ我慢ならず、急激に冷たい棘のようになっていく感情のままに、若様を睨みつけました。あっけらかんとした話し方が余計に腹立たしくて、衝動的にそうしたのです。その時は死を覚悟しました。けれど予想に反して若様は笑ったのです。

「そう、その目だ。それでいいんだよ。よかった……ねぇ、お前、ひとつ頼まれてくれないか? 大人たちでは駄目なんだ。普通を好むし、一人でおかしな事をする度胸がない。だからお前に頼むんだ。僕のことが腹立たしくて仕方ないだろう? 僕さえいなければと思うだろう? 僕もそう思うよ。この戦はね、僕が死んでしまえば呆気なく終わるよ。たったそれだけの事なんだ。だから頼むよ、僕を殺してくれ。誰が殺したかなんてどうでもいいんだから。いろいろ試したけど怖くて自分では死ぬなんてできないんだよ」

 私はたくさんの衝撃を受けました。わがままで、子供より子供じみて、理性が無さすぎます。そして、くだらない理由でたくさんの人が犠牲になる事が何より許せませんでした。

 そうは言っても、もちろん若様を殺す度胸なんて私にもありません。私は家に逃げ帰りました。けれど父にも若様の話を打ち明けることができず、殺す事もできないまま戦は敵国が優勢になり、父が行方不明になりました。

 こんな焼き尽くされた村にも、まだ蝉の声が聞こえます。

 そして私は旅支度をして、こっそり若様に会いに行きました。あまり得意ではない棒術で望み通り殺してあげる為です。その時に棒術を捨て、倒れた若様の刀を持って逃げたのが旅の始まりです。

 話で聞いただけですが、季節の変わらないうちに戦は終わったそうです。

 結局どういう言葉で話を結ぶべきでしょうか、父の親としての愛か、狂った支配者か、民のために笑って命を差しだした息子か、未だに私には分かりません。


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