第126話 残酷の歌

 

 時間密度の下がった世界では、魔力の流れだけがそのなかで息する者を肯定する。


 魔力をともなった攻撃、代表的なもので言えば、攻撃魔法によって、

 それまで時間の流れがゆったりしていた箇所を撃つとすると、その物質までもが時を取り戻のである。


 だが、同時に時を取り戻したといっても、それ自体が恒常的に魔力をおびているわけではない、色が戻るといっても、それは一時的に、魔力が流れただけにすぎないのだ。


 ゆえに本来なら、希薄された時間の影響を受けた時間はゆっくりと流れだすはずだ、


 このすべてが色味をなくした世界では、遠方の音が聞こえてくるなど、ありえはしない。


 ーーギィンッ


 だからこそ、音を追ったなら、間などなくソコヘたどり着ける。


 風属性二式魔術≪風撃弾ふうげきだん


 廊下の曲がり角を曲がると同時、杖先で円周を描いてキレよく振りぬく。


 スナップを効かせたやや落ち気味の変化弾が、教室の壁を突き破ってでてきた少女へ。


 彼女は魔法の接近に気がつくーー相手は、律儀にレジスト対応させてくれる相手ではない。


 背中から倒れこもうとしていた少女ーープラクティカは、よりのけ反り、剣と杖をもちながら器用に廊下に手をついて、背面宙返りで、変化弾を回避。


「ヴオォォォォ!」

「ハッ!」


 地に手をついたままの、逆さ回し蹴りが殴りかかるエゴスへカウンター気味に打ち込まれる。


「ぐっは……ッ!」


「サリィが来ちゃったわ。なるほど、つまり、うちの子は追い返されちゃったのね」


 残念そうに眉尻をさげ、一息ついたと思うと、廊下を遮断するように鋼鉄の壁を地面からせり上がらせてくる。


 極みの火炎の球で生温い金属壁に、紅穴を撃ちあける。


 怪腕で全身の筋力を底上げし、壁の向こう側へ。


 すると、破壊音とともに、ちょうどすぐ横の教室、その直上の天井が崩壊していくのを視界にとらえた。


 教室のなか、天井を見上げれば、色の薄くなった薄気味悪い昼の青空がみえた。


 土属性二式魔術≪岩操がんそう


 足元の地面だけ、直径1メートルほどの円面積をずずいっと突起させて、自身の体を激しい戦闘音のする屋上へエレベート。


 より天にちかい屋上の戦い。

 老執事が紅い糸で絡めとった少女を、大学の校舎に叩きつけ、そのまま破壊などいっさいのお構いなく、屋上を引きずりまわす。


 プラクティカはただ、されるがままに無限魔力を使った防御魔法の重装で耐えるだけだ。


 ーー怪物・吸血鬼のことは知識として知っている。


 帝国宮廷魔術師時代、魔法省でなんどか超貴重魔力触媒である、吸血鬼の体をあつかった記憶もある。


 彼らの体には決まって見られる、ほむらとも呼ぶべき、燃えるような血管模様がはしっている。


 本来、生きている吸血鬼にはそんなものは存在しないらしい。


 はじめのうちは、こんな血管模様があっては、人間社会で目立つだろうに、などと思ったものだ。


 しかし、それらは、吸血鬼が最後の最後、命尽き果てる、その瞬間には、皆が一律にで戦うという、生を諦めない性質であることを示していたのだ。そして、それは死を覚悟する淵でしか、使われない命を削る行いであるとも。


 この血管模様は、吸血鬼の本気「血脈開放けつみゃくかいほう」によって、吸血鬼の特徴を露呈させることで肉体に刻まれるのだ。


 今のエゴスは、まさにその状態。


 達人の剣筋で振られる致死の刃を、華麗によけ、苛烈に反撃し、優雅に捕縛せんとする。


 プラクティカのデタラメな魔力の放射による、霞むような単純加速と、

 どこで身につけたのかわからない匠な体捌きですら、エゴスにはいま一歩届いていない。


 いや、剣先がエゴスの頬にかすり傷を付けているか。だが、剣の呪いよりも、吸血鬼の不死性のほうが優っているのか、いまはエゴスに力尽きるような気配はない。


 ともすれば、これが好機だ。


「ふっ!」


 プラクティカが放った長く伸びる、数十発一組の火炎弾の狂乱舞。

 エゴスは緋糸の切断で魔力の塊を撃ち落とし、間一髪のステップでかわしていく。


 やや引け気味のエゴスのふところ、飛び込んだプラクティカは剣を真っ直ぐにふりおろす。


「っ[


 これまでと何かが違う、一撃にあわせて受け流すのは危険、そう判断したのか、身を翻してかわすエゴス。


 ーーメキメキィィイッ


 魔力が宙を裂く音。


 斬撃の跡を残し、足元がふたつに割れていく。


「これは……っ! なんというーー」


 ぐらついて崩れいくレトレシアの巨大校舎、プラクティカの莫大な魔力が、魔法でもなんでもない、

 ただの斬撃にまとわせた衝撃波として伝統ある学び舎を両断したのだ。


「あはは、調子出てきたわ。サリィも来たし、遊びはおしまい。もう時間もそれなりに経ったわね。ほら、はやくしないと本当に時の反動に殺されちゃうわよー!」


 プラクティカは悪辣な笑みを浮かべ、崩れる瓦礫を足場に軽快に地上へくだっていった。


「サラモンド殿、平気ですかな?」


「……ええ、平気です」


 自身の手のひらに視線をおとす。


「はぁ……やれ、困ったなぁ……」


 ため息ひとつ、弱音をこぼす。


「サラモンド殿?」

「いえ、いいです。行きましょう、はやくしないと、俺の魔力も切れてしまいますから」


 エゴスと俺は、崩壊に巻き込まれないよう、だんだん落下速度の遅くなっていく瓦礫をつたい、プラクティカの後をおった。


 校舎をくだる最中、魔感覚を昂らせる魔力を感知。


 すべてを焼き尽くさんとする魔力の波動。


 これはいけない。


 怪腕の魔術によって底上げされた筋力で、瓦礫を蹴り、死の絶対領域から離脱。


 すぐのち、鼓膜を破れる音とともに、魔感覚が無軌道にぶん殴られる猛烈な不快感を感じた。


 魔力密度の急すぎる差に、猛烈な吐き気が襲ってくる。


 なんだ、なにが、なにが、おぇーー!


 轟音と波動。

 不快感と混乱。


 今にも吐きそうになる口元をおさえ、頭を下げて災害が通りすぎるのをまつ。


 耳の奥がつんと鳴り、音を拾えない。

 直感で視覚も閉ざし、今わかるのは、あたりが暴風につつまれていることだけだ。


「ぐぅ、ぅ…………おさまった?」


 恐る恐るまぶたを開け、瓦礫の影から顔をだす。


「ッ!」


 土埃が芸術をつくりだす。


 希薄された時間、俺は澄み渡った地平をみた。


 あったはずのものが無くなっている驚愕、自分の方向感覚が狂ってしまったのかと、

 あたりを見渡すものの、遠方の街並みから自分が首をかたむけたそこには、たしかに崩れていた校舎がないとおかしいと確信する。


 火照った熱の跡が、熱気を訴える地面を見つめ、ずっと奥の地平線の彼方まで視線でおっていく。


 すべては先の一撃でもって、永久に還されたのだ。


「先が見えない……」


「当然よ。私の魔力放出とカルナの混沌からの魔力供給があるのだもの。今の私なら魔術式をつかわない、ただの魔力のたれながしだけで勇者たちの『星ノ両断』を再現できるわ。ふふ、サリィだけの魔力じゃ絶対に防げないわよ」


 高らかに笑い、容赦なく杖をふるプラクティカ。


 純粋な魔力には、純粋な魔力を。


 属性を伴わない、魔力の操作だけで、意思をもつ鞭の攻撃を受け流していく。


 魔感覚がとらえる魔力の流れは、魔術式をとうして術理にのっとって放たれる魔法ではない。

 でたらめな、何の効率性もない破壊の衝動が、光の雷撃になってくらいついてくる。


 重たい、あまりにも重たい。

 彼女の魔法……いや、魔力のたたきつけは重たすぎる。


 どれだけ偉大な魔術師であろうと、必ず魔力の限界は存在するものだ。


 この怪物は違う。


 彼女の豪快すぎる魔力の浪費と、俺の最大効率の魔力のやりくりに、

 まるで大海の津波を、バケツの水で打ち消そうとしているかのような不毛な感覚を覚える。


「あははは! もう終わりかしら! サリィ、自分の魔力だけじゃ心もとないでしょう! そう、自分、魔力だけ使っているんじゃダメなのよ!」


「ぐ、そォ……ッ!」


 魔力消費の激しすぎる純魔力でのレジストをあきらめ、あいている短杖で脇の瓦礫たちをプラクティカへ投げつけて逃げに徹する。


 俺からの投石を、分離させた魔力の一部で、片手間に打ち砕きながらせまってくる魔女。


「ヴオ!」


 魔女のちかくの瓦礫が突如として爆発する。


 それは肉であった。


 人の形はしている。四肢があり、頭があり……それでもこの世界に蹂躙跋扈する異形の魔物を、最初に思い浮かべさせるのが必然の風体。


「無駄よーーエゴス」


 ーーグシャッ


 瓦礫からとびだしたソレは、魔女の鼻先へ指をかけんというところでピタリと静止してしまった。


 なぜなら、地面からはえる無数の黒杭に、その怪物は全身を貫かれてしまっていたのだから。


「サリィ~見て見て~、愚かなエゴスをしとめちゃったわ! 見なさい、これがこの男の本当の姿。なんてみにくい化け物なのでしょうね」


「エゴス、さ、ん……?」


 苦しみにあえぐ肉人形。

 絶望に頭のなかがまっしろになる。


「ちょうどいいわ。あなたはレトレシアの学生だったわね。校長みずから特別講義と洒落込もうじゃない。

 吸血鬼はいっぱんに不老不死だとされているのは知っているかしら。

 純血種だと上体をふきとばしても、一呼吸のうちに再生、相手の心臓を破壊するくらい、おそろしい不死性をもっているわ。

 普通なら銀杭がないと殺すことができないのだけれど、実はね、例外的にいくつか殺す方法があったりもするわーー」


 ダメだ、やめろ。


 楽しげに笑い、太く頑丈な黒杭に固定されたエゴスに剣先をむけるプラクティカ。

 黒く冷たい、暗い剣身を血まみれであえぐエゴスの頬へ、そっと押し当てる。


「ぅ、が……ッッッ!」


 エゴスは声を発さずピクピクと震え、剣から逃れようともがく。

 声帯が再生しきっていないのだろうか、死の呪いに声なくくるしむ彼にプラクティカは、悪党の顔で剣を勢いつけるようにスッとひいた。


「悪魔の呪いなら殺せるのよ」


 風属性二式魔術≪風撃弾ふうげきだん≫!


 剣が心臓を穿つよりはやく、無我夢中で速攻を撃つ。


 プラクティカはこちらへチラリと視線を向け、満面の笑みで、俺の風を魔剣で叩ききった。


 剣で魔法を……強力な魔力をまとっているせいか。


「こんな事もできるのよ……あら?」


 剣で空をきりはらい自慢げにするプラクティカが胡乱げな声を漏らす。

 すると、次の瞬間彼女の体はすさまじい勢いで後方へ引っ張られはじめ、空中へさらわれた。


「っ!」


 目を凝らせば、彼女の体中に紅い煌めきがわずかに見てとれた。


「小癪ねッ! こんなの悪あがきよ……ッ!」


 消失した校舎とは別棟、石レンガの壁にまっすぐ引っ張られるプラクティカは、魔剣を思い切って投擲。


「させるか!」


 まっすぐに地上のエゴスへ向かう凶刃を、風の弾丸で撃ちおとす。


「よし!」


 魔剣は、放物線を描きながら地面に突き刺さーー。


「アハハハ! ワタシが悪魔なのをお忘れですか!」

「なっ!?」


 剣は突如とし、紫の雷光とともに、その姿を黒礼服の痩男に変える。着地するなり、地面をけってエゴスへ突撃。

 再び魔剣に変化し、今度こそ刺し殺さんとする。


 短杖、大杖を交差してかまえ、遠隔のエゴスへ、俺のもてる最大防御魔法をーー。


「っ」


 魔感覚が警笛をならす。


 足下からせりあがる脅威、本能的にとびのき魔法の暗唱を中断。

 まずい、これでは間に合わない、すべてが手遅れになる。


 俺はまた、師匠の時と同じような失敗を繰りかえすのか?


「うふふ!」

「ッ! プラクティカぁぁアッッ!」


 視界をおおう黒杭の牽制乱舞に、絶叫をあげる、だがそれで何か救えるはずがない。


 ーーグシャ、グシャッ!


 肉を犯し、骨格を削る嫌悪すべき醜音が耳にはいる。


 目に映るは、黒杭に全身をつらぬかれたエゴス。その胸には死の悪魔が形態変化することで生みだされた、絶死の魔剣が突きたてられている。


「エゴスさん……ッ」


 頭上からゆっくり降りてくるプラクティカは、わなわなと肩を震わせ顔をおさえた。


「ぁ、あぁ、エゴス……! エゴスっ! あは、あぁ、はは!」


 顔をパッとあげ、おかしくて仕方がないようにお腹を抑えて笑いだす。


「っ」

「ああぁぁあ……ッ! ああああぁぁあ! エゴス、エゴスぅ……ッ!」


 かつて長く仕えた従者の名前を何度も呼びながら、プラクティカは笑いつづけた。


 滂沱と涙をながし、悲壮を顔に描きなぐながら。

 狂気にのまれたその姿はあまりにも憐れで、あまりにも残酷だ。


 彼女の残酷に壊れる姿、悲哀の旋律が、強く、強く、俺の胸を締めつけた。

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