第125話 黄泉桜の悪魔

 

 天空から細き虹色の線が降ってくる。


「わぁ、魔導傀儡! そんな古い魔法も使えるなんて、つくづくあなたは天才ね! サリィ!」


「よそ見してる場合ですかな!」


 魔術大学の外壁を破壊しながら、中へと消えていく戦士たちを見届け、召喚した神の操り糸をパティオの五体へ刺していく。


「我がものとなれ!」

「ぐ、ぐぅがぁ、ぁ、あ!」


 怪腕の魔術でも使っているのか、凄まじい筋力と、魔法への抵抗をしてくる。


 だが、理性が失われているおかげで、古典魔術のかかりは悪くない。


「っ」


 操り人形と化そうとするパティオの背後から、太い根が槍のように飛び出してくる。


 火属性二式魔術≪炎壁えんへき


 怒れる渦流で、数センチの厚さをもつ真紅のヴェールを展開。

 木の槍は火炎の猛威を通過することかなわず、一瞬ののちに焼却され、役目を終えた……と同時に、今度は、こちらから木の根をつたって破壊の魔力を伝播させていく。


 意思を持った火属性魔力は、木の核を焼きつくしながら伝っていき、パティオの背後の大きな幹へと到達ーー爆炎をもって発火させた。


「グォォォォォオオー!」


 生木の弾ける音にまじって奇怪な叫び声が聞こえる。聞くに耐えない汚響に、死の悪魔とおなじ臭いを感じとる。


 あの木、悪魔なんじゃないか?

 ともしたら、悪夢が悪魔を召喚した、ということか。黄泉桜よみざくらとか言っていたが、あれが悪魔ならば聖遺物で滅殺できるはずだ。


「人の体を依代に、混沌より現れる……なるほど、やつらはこの世界での身体ボディを探している、というわけだ」


 エンディングの店で閲覧した悪魔の情報は、奴らがこの世界で活動するまえに、行う共通の行動についても触れていた。


 それによれば、悪魔たちは混沌とも魔界とも呼ばれる、別世界からこちらの世界へとやってくるとされており、そうした場合、彼らはきまってこの世界で活動するための、体を欲するのだとか。


 彼らの憑依によって、体の性能が失われることはなく、生前が優れた学者ならその英知を、勇猛な戦士ならその武芸を、そして深淵にふれた魔術師ならその術理を手にいれることができる。


 ああ、そうか。

 ようやく理解できた。

 だから、死の悪魔は彼女をーー。


「なら、尚のこと許せるかよ」


 まとわりつく炎を払いのけた、黄泉桜の悪魔の魔手がせまる。


 同時、パティオの木腕がスッと動いた。


 放たれる高密度の土属性魔力の鉄塊。


 彼にかけた天上の操り糸に呼びかけて、腕のむきを強引に数ミリだけそらす。


 根よりもはやく、顔面の横を通過する魔法。


 ニアミスで金剛弾にえぐられ、鮮血のしたたる耳をおさえる。


 パティオの魔法が悪魔に使われだしたか。

 俺の傀儡の魔術をもって、聖遺物による自害をさせるつもりだったが、彼の魔力抵抗を考えれば、もう簡単にはいかない。


 ともすれば策を練らなければいけない。


 ーーググゥゥウ


 土埃を突きぬけ、疾走してくる槍、槍、槍。


 なるほど、果敢にも攻めてくるか……いいだろう、その手でいこう。


 杖が壊れることをいとわず、俺は全力の魔力を放出した。


「ティナ、すまないっ!」


 爆裂する紅の魔力。

 砕けちる、ティナから譲り受けた短杖。


 木の根を乱暴に焼き斬り、レジストに使った余分魔力を、黄泉桜の悪魔へプレゼントするため、

 ホーミング火炎弾として数十発、爆発する流星のように乱射する。

 

 一気に拡散した荒技に、反応の遅れる屍。


 そんな彼を避けて、背後へ向かうは紅魔力たち。


 黄泉桜の悪魔は傀儡と、自分自身の間にとてつもない早さで木々を召喚して、それを障壁として、紅の流星群をふせぎきった。


 的確な魔法抵抗レジスト、悪くはない。


「だが、いいの……クァッ!」


 杖持たぬ、空いてる左手で空へ呼びかける。


 さきほどの爆発で、


 第二波を、いっきに落下させる。

 火属性魔力は小さな森の障壁を越えて、向こう側で大爆発を巻き起こした。


 幹の弾ける音と、怪物のうめく声が聞こえてくる。


「たとえ不死だとしても、どれだけ無限の魔力を持っていようと、生まれながらに人を潰す怪物であろうと、このゴルゴンドーラが知性のなき獣に遅れをとるものか」


 空へ掲げた手をさげ、憐れな屍へ手のひらをむける。


「さらばだ。……お前とは魔術師として決闘をしたかったよ、パティオ」


 俺は虹色の操り糸をたぐり、彼の左手に握られた淡く輝く聖遺物を、彼自身の心の臓へつきたてさせる。


「ぶぼ、ぉッ! あ、がぉ、ぁ……ッ! あぉぁああ゛あ゛ア゛ァ、ア……ッ!」


 杖を投げすてさせ、両手で力いっぱい己の心臓を、クイをもって貫かせる。


「辛かろう」


 師匠の大杖をもたげ、風の弾丸をはなつ。

 そうして、苦しむ屍の心を、一息に、聖杭で撃ち抜いた。


 胸にポッカリと開いた穴、その向こう側で枯れて朽ち果てていく黄泉桜の悪魔。


 近づくと、パティオの体は不可思議にも発火し、蒼炎につつまれていった。


「証拠は残さない、か?」


 枯れた小さき森のむこう、逃げていく黄泉桜の幹。


 魔術大学の玄関ホールへと、徹底していくその桜は、プラクティカが斬撃によって開いた、異界の門の向こうへと消えていってしまった。


 数秒後、門がきっちりと跡形もなく、空間から消えうせてしまえば、そこに残ったのは、苛烈な戦いの跡と魔力の残骸ばかりとなった。


 燃え尽きた灰のなか、転がる杖と杭を拾いあげる。


 いまだ地響きと崩壊を繰り返す、魔術学院の校舎へ、俺は足先を向けた。

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