第124話 無限の魔力、呪滅の魔剣
神への反逆、天をつく悪魔の
すると、剣のなぞった真直の隙間から、何かが舞うように、ふわりふわりと、あふれだす。
儚くも美しいその花びらは、帝国図書館でみた、はるか東方の国で咲くいう花によく似ていた。
「
少女の柔らかい声音がするりと聴覚に入りこむ。と、同時、中空に記憶された斬撃痕から木の根がはいでてきた。
この世界を浸食しようとのびる触手の凄まじき速さを、火炎をもって焼きはらう。
「≪
木の根を消し炭にかえていると、隣のパティオがバックステップひとつ、プラクティカへ向かって恒星のごとき輝きを投じた。
術式におさまらない魔力量なのか、俺はわずかに顔に熱さを感じながら、飛び出そうとするエゴスをとどめ、その破壊の結末を傍観する。
さぁ、どうする、プラクティカ・パールトン。
「いけないわ、ねずみが1匹混じっているじゃない」
素早く動く手。
まるで見えない剣筋。
視界よこ、血の尾ひくパティオの右手が飛んでいく。
「見えなかったのかしら?」
耳元でささやかれる声。
背筋を駈けぬける悪寒は、俺の本能を突き動かす。
古典魔術≪
魔法の発動と同時に、頭から地に突っ込むように前転、動体視力の限界にいどみ、視界が地面と逆さ水平になると同時に、背後の存在へ風をはなつ。
「あら、サリィ嫌だわ、そんな簡単に時間止めないで欲しいのだけれど」
「クソ……ッ!」
密度の薄くなった時間のなか、飛翔する風の殴打へ、プラクティカはピタリと短杖の先をあわせる。
跳ねかえる魔力流れ。
勝手の違う視界のなか、まもおかず跳ねかえり、牙を剥く自身の魔力へ、間髪いれず二度目の暗唱。
≪
完璧なタイミング、再び俺の支配下におかれたは魔力はするどく少女の綺麗な顔へ突きささる。
「ちょ、きゃ!」
吹っ飛び、玄関ホールからそとへと転がっていくプラクティカ。
魔法を解除して、時間の流れを理のなかへ返還する。
「ぐっ、ようやく、まともに動けますな」
「はぁ、はぁ、あの傀儡女、私の腕を……ぅぅ」
膝まづき、ポーション小瓶のフタを口であけて、パティオはぐびっと中身を飲み干した。
痛みが和らいだのか、いまだ苦痛に顔を歪めながらも立ちあがり、取れた右腕が握っていた杖をひろう。
腕の切断など、正気ではとてもじゃないが耐えられない激痛だ。なんでこいつはまだ立っていられる。
理解不能な者への畏怖の念が、ど外道のもつ悪魔への執着をよくわからせてくれる。
この男は、何をしても止まらないのだろう、と。
「パティオ、お前のことは気にくわないが、死なせるわけにはいかない。生きて罪を償わせる」
俺は黄金のポーションを取りだし、パティオへ手渡した。
彼は目を見張り、俺の顔を見た。
「……何を甘いことを……くだらすぎて話にならない。だったら、先生は自分の死臭のぶんの罪を償ったんですか? それは生命をあやめる、
とりわけ人間を殺すことで高まる超自然の烙印ですよ。あなたは、あの戦争で殺した人間の数だけ、罪過を背負っている、違いますか?」
この野郎……俺が気にしていることを平気でえぐってきやがる。
「俺は……俺は、よりおおくの命を救うために、他国の領土を蹂躙する敵を討ち滅ぼしたんだ。お前とはわけが違う」
「敵を? 数年前は先生のことを慕う、大切な仲間だったのでは? あなたに憧れて、あなたに追いつきたくて、必死に頑張ってきた、そんな若者もいたはずでーー」
白熱するパティオの背後から近づく影。
ーーボギィッ!
嫌な音をたてながら、たたらを踏んで尻餅をつく外道。
振り抜いた拳をおさめながら、拳をぬいた執事は、俺からポーションを受けとり、尻込みするパティオへぶっかけた。
「さっさと、立ちなさい。パティオ殿のお相手はあとでじっくりしますから、今はとにかく奥様と悪魔を無力化することが先決です」
エゴスは手をふり、ゆっくりと迫っていた木の根をいっきに斬り落とし、ホールからそとへと出ていった。
「ムキになるのは、お前が自分の罪を意識している証だ。あとで徹底的に叩きのめすから覚悟しておけよ」
俺はそれだけ言い残し、エゴスの後に続いた。
⌛︎⌛︎⌛︎
「サラモンド殿、きましたか」
外で待っていたエゴスが、振りかえらず声だけで反応。
横にならび、彼の視線のさきへ同じようには視線をあわせる。
「サリィが時間止めについて来ながら、あんなに元気に動けるとは知らなかったわ。だからね、ちょっと趣向を変えたのよ」
禍々しく暗黒にひかる剣を空高くかかげながら、プラクティカはニヤリと小悪魔ーーいや、ほんとうに悪魔的な三日月のように口を裂いた笑みをうかべた。
「さぁ、サリィ。ここからは棒振りごっこよ……この剣は致死の呪いを持ってるの、触れるだけで死ねるわ。そこのところ気をつけて……ねーーぁぁ、まったく余計なこと言っちゃわね。本当に」
「ッ、奥様……!」
プラクティカは頬をピクピク震わせ、自身の顔を引っ叩いた。
自分で自分を戒める殴打は、2発、3発とつづき、やがてプラクティカは、ピタッとふり叩く手をとめてこちらへ向いた。
よほどの威力だったのか、口元が裂けて、痛々しい。形のいいアゴ滴る血が地に跡をつくる。
今のは、プラクティカの残滓?
悪魔に長い時間かけて侵食されようとも、彼女まだその自我をもって抵抗しているというのか。
「サラモンド殿、援護をお願いいたします。隙あらば拘束魔法にて捕縛をお願いしまする。エゴスは武装を解除させてみます」
耳打ちでそれだけ残し、エゴスは両の手で太めの
「あら、エゴス、あなた50年も仕えた主人に牙を剥くというのね」
「いえ、このエゴス、奥様の身を思わない日など一度もありませでした。悪魔に囚われたそのお心、僭越ながら、いますぐ救い出してみせましょう」
「私は悪魔になど憑かれていないわ……あんまり適当なこと言ってると、手加減してあげないわよ、エゴス」
プラクティカは片手に剣を、片手に短杖を構えた変則的な二手流でローブを地に擦らせた。
「あんたの技は全部知ってるわ。もういい歳なんだから、いい加減に私に勝てないことわかってると思ったけど……想像以上の愚かさね」
煽る主人へエゴスへ涼しい笑みを浮かべ、彼もまた一歩一歩と近づいていく。
「それが本心なのか、はたまた悪鬼の戯言か……まぁ、いいでしょう。あとで確かめるだけなのでーー」
背後から、だからこそわかる、エゴスの背の筋肉の異様な隆起。
赤く、ただ、ひたすらに赤い血管の筋まで浮き上がり、エゴスの整えられた短く品のある頭髪が、肩口まで伸びでブワッとひろがった。
同時、目を見張るプラクティカは躊躇なく時間密度を下げはじめる。合わせて俺の時間密度を下げられないように、魔法に合わせて古典魔術で適応。
「遅いーー」
肌を焼く魔力の鼓動に、息を呑むーー影が地に落ちるよりはやく、エゴスの姿が消えた。
プラクティカは不可思議な軌道、剣技を修めた達人の剣筋が、彼女の背後へ動く。
ーーギィンッ
背後から迫っていた五線の緋糸が断ち切られ、続いて残像を残しプラクティカの姿が、一直線につきすすむ。
その先に姿をあらわしたエゴスは、地面を蹴り、距離をとった。
触れるだけで必殺、致命の刃が逃げる獲物へと、喰らい付いていく。
「無駄ですぞ」
エゴスは上体をそらせて剣先を回避。
すぐさま太めの緋糸をプラクティカの膝下に巻きつけ、遠慮ない蹴りでもって彼女の体を暗い昼の空に打ち上げた。
顔色ひとつ変えないプラクティカ、俺も加勢するべく風の弾丸を撃ち込むーーが、杖を合わせられ、魔法は簡単に返ってくる。
土の盾を地面から生やして
エゴスが緋糸を引いてプラクティカを引きよせる、が、彼女はすぐに足の糸を斬り、引かれる勢いのままエゴスへと斬りかかった。
直上からの斬撃を、半身にになってかわすエゴス、紙一重の回避から、予定調和のごとき前蹴りでプラクティカの脇腹を強烈にうった。
「強い……」
洗練された戦士の動きに、思わず感嘆の息がもれる。
吸血鬼とはこれほどまでに強いのか?
時間の密度はさがり、大魔術によってその流れは歪められているというのに、環境に適応し、もう何の問題もないように動きまわれるなんて。
「ぐぅ……っ!」
「おや、どうしましたかな、奥様。その程度ではこのエゴス、破ることなど出来ませぬぞ」
エゴスは真っ赤に染まった瞳で無感情にそうのべ、手を合わせて緋糸を生成しながら、呑気に歩いている。
地を転がるプラクティカは、剣をささえに立ちあがる。
「ふふ、吸血鬼の本気、『
「はい、本気ですとも。以前は本気すら出させてもらえずに、すべてを封じられてしまいましたからね」
「そう。なら、私も遊びはおしまいにするわね」
プラクティカは剣で玄関ホールを指し示す。
すると、中からただならぬ魔力の乱れが生じはじめた。
腹を掻き毟る虫がごとく、肌をなぞってくる不快感が背中へとぬけていく。
いったい何が起こったのか、注視していると、中から人影が現れた。
背後にまるで使い魔のように、無数の触手と化した木の根を従えているその男。
しまった、なんということだ。
「ふふ、もともと3対1ってズルイと思ったのよね。だ・か・ら、1匹貰うことにしてたの。下準備はとっくに済んで飛んだけど……使うとすぐに終わっちゃうと思ってね」
歩きでてくるパティオ。無くなった右腕から生える木の根が模す、おぞましい魔腕にはしかと杖が握られている。
目はうつろに、光は既に宿っていない。
初撃、俺やパティオよりも早い、≪
それに、あの木の根……積極的に襲ってくるわけでもなく、ただ召喚されただけでおかしいとは思っていた。
まさか、対象に寄生して傀儡と化す魔術だったとは。
「サリィ、はやく倒さないと、あなたも死んじゃうんじゃない? もう時間をねじ曲げて20秒は経っているわ。そうそうに決着をつけないと、反動で爆散しちゃうわよ、ふふ」
あぁ、まずい、まず過ぎる。
無限の魔力と、聖遺物でしか死なない体を持っているからこそできる超荒技。
なんて醜悪なんだ。
プラクティカがエゴスに対応するため、時間を止めたままだから必然的に俺も合わせなくてはいけない。それは、つまり魔力の量も際限なく削られつづけることを意味する。
もし、俺だけ≪
せめてパティオが動かなければよかったのだが……あいにくとあの男も稀代の天才魔術師だ。
「サラモンド殿……っ! 仕方ありませぬ、奥様! そうそうに決着をつけさせてもらいますぞ!」
事態の深刻さをさとったエゴスは、腕がをふり、全方位からプラクティカを拘束するカゴを作りだした。
そして、俺もまた杖を構えてパティオへ全身全霊の高級魔術を行使することにした。
いくぞ、パティオ。
古典魔術≪
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