第123話 悪魔融合

 


「パティオ先生……いや、パティオ、その聖遺物をよこせ」


「いや、ヒヒ、それは、無理ですよ、ゴルゴンドーラ先生。どれだけ手にいれるのに苦労したと思ってるんですか」


「知るか、お前はさっきからミスをし過ぎだ。死の悪魔を滅ぼしたいんだろ? なら俺が代わりにやってやるから」


「殺すしか能のない英雄殿は、黙って見ててくださいね。もう悪魔を召喚しましたし、本当はあなたなんて用済みなんですけど、わざわざ生かしてるんです。ゴルゴンドーラ先生は優れた魔術師ではあれども、思考がやや幼稚だ。知ってますよ、どうせ悪魔のあとで私のことも捕縛しよう、とか考えてるんでしょ?」


 内心を言い当てられると、人はこうも感情を揺さぶられるのか。

 あやうく怪腕の魔術で殴りとばすところだった。

 我慢するんだ、俺。


 自らを信頼する弟子を、身代わり魔術の生贄にする外道で、他人の魔力で勝手に悪魔を召喚するクソだが、その魔術の腕はたしかなんだ。


「まぁ、せいぜい頑張ってくださいね、ゴルゴンドーラ先生。……お、いましたよ、エゴス殿」


 不快感しかいだけないニヒルな顔が、遠くをさして感情をうしなった。


 ボロボロの姿のエゴスが、倒壊した建物のちかく、瓦礫に腰をおろしてる。


 彼はこちらへ気づくなり、パッと顔を明るくし腰をあげた。


「すみませぬ、サラモンド殿。悪魔と合流した奥様に魔術大学へ逃げこまれてしまいました」


 エゴスの無念そうな声と、そのズタボロの血布が懸命の抗戦をしたことを物語る。


 スーパーコンバットバトラーのエゴスと言えど、死の悪魔とプラクティカの二者は相手に出来ないようだ。


 それにしても、凄い出血だが、平気なのだろうか。


「エゴスさん、シャツが真っ赤ですけど……」

「ご心配なさらず。半吸血鬼とはいえ、エゴスの血は濃いです。四肢を失っても三呼吸のうちに再生できますゆえ、この程度の傷なんのこともありませぬ」


 話には聞いていたが、吸血鬼強すぎでは。

 さすが、怪物のなかの怪物と言われるだけある。


「それにしても、魔術大学ですか。ずいぶんと派手に動くんですね」


「死の悪魔、いや、悪魔全般に言える特徴として、彼らは人類魔術とは毛色のちがう神秘、『秘術ひじゅつ』というものを使う。人払いなぞ、とっくに済ましているのかもしれない」


「加えて、死の悪魔は、奥様を強力な呪いの影響下においています。現代魔術の到達点とも言われる、もっとも偉大なる魔術師が相手です。手に入れようと思えば不老すら手にいれる方だと、お忘れなきように」


 そうだ、最大の問題は死の悪魔というより、それに無条件で味方するプラクティカのほうにある。


 しかも、わざわざ魔術大学に逃げこむあたり、なにか罠を仕掛けているのは明白。


 さらにつけ加えると、死の悪魔は、現界時間のノルマで、もうじきどこかへ去ってしまうかもしれい。


 そうなると、再召喚しなければいけないが、俺には悪魔の召喚式などまるで見当もつかない。


「パティオ、そろそろ時間がまずいんだが、悪魔をまた召喚することはできないのか」


「簡単ではないてすや。けれど、幸運なことに魔力も『死臭ししゅう』もまだ潤沢です」


「ひとの事を魔力と呼ぶな。というか、その死臭ってなんなんだ。悪魔のやつもそんな事をいってた気がする」


「死臭は悪魔を呼ぶために必要な素材です。もっとも形あるものではいですけど。ほら、エゴス殿も、ゴルゴンドーラ先生も、たくさん死臭がこびりついてるじゃないですか」


 どうにも、遺体からはなたれる異臭のことを言っているわけでは、ないようだ。


「何にせよ、追いましょう。魔術大学にいるとわかってるのなら、行かない手はないでしょう」


 意気込むパティオ、こちら側が敵になるとわかっているにも関わらず、嫌に気さくに話しかけてくるのが、実にうざったい。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 荒れ果てた市場から、通いなれた魔術大学ある通りへとやってきた。

 あれだけ大惨事になっていて、道中、まったく人とすれ違わない、不可解すぎる現象が現在進行形で起きているわけだ。


 悪魔の秘術とやらはえらく強大なものらしい。


 エゴス、パティオ、先いく2人の背を追うようにして、平日の昼なのに誰もいないキャンパスを探索してゆく。


 とは言っても、エゴスがプラクティカのいるだろう場所に、心当たりがあるらしかったので、彼に案内を頼むことにした。


「やはり、レトレシア魔術大学はただいま厳戒態勢に移行していますな。建物全体が異空間となり、外の世界からの干渉を遮断していまする」


「へぇ、面白いですねぇ、流石は現代魔術の到達点、建物ごと私たちを閉じこめたつもりなんでしょうか」


「チッ、これで時間を稼ぐ気なのか」


 校長室へたどり着いたは、いいものの、そこにひとの影はなく、窓を開け放ってみても外に風景はない。


 ただ、暗澹とした黒い霧が充満しているだけだ。


「≪風爆弾ふうばくだん≫」


 パティオが手首をかえして、ガラスの窓へ魔力を叩きつける。景気良く砕けちる透明のガラス破片と、近くにあった精巧な狼像の残骸が、部屋に散乱した。


 しかし、黒い霧のなかへ飛び込むための道を開けただけ。結界になにか変調があったようには思えない。


「ふむ、困りましたな。まずは、セオリーにのっとって引きかえしてみますか」


 異空間に閉じこめられた際、まずおこなうのはきた道を引きかえすこと。


 この程度の行動で突破できる閉鎖空間など、まともな魔術師であれば作らないのだが、以外と変なところに落ち度があったりする。


 ただ、そもそも異界を作る時点で、もう高等な魔術の使い手なので、めったに落ち度など見れないのだけれど。


 試してみる価値はある。


 レトレシア魔術大学の玄関ホールに帰ってきた。

 さきほど難なく通り抜けた扉のそと、開けっぽなしにされた重厚な門のさきは黒い霧が広がるばかり。


「やはり穴などありませんね。流石は奥様です」


「歓迎すべき事態ではないですけど……ん?」


 抜け目ない空間の構築に頭を悩ませたのも束の間、黒い霧がだんだんと晴れていき、黒くどんよりしていた空気が晴れ渡っていく。


 願ってもない偶然、これは歓迎すべき嬉しきのはずなのに、どういうわけか不安のほうがおおきく強くなっていく。


「サラモンド殿、これは……!」


 異界の崩壊が進むなか、魔感覚がくずれていく結界のおくから、ただならぬ気配が溢れだす。

 到底無視できない、恐ろし色へ視線を向け、玄関ホールの直上をみあげる。


「こっちは準備完了よ。さっ、主人に反逆する悪い子たち、そろそろ遊びを再開してもよくってよ!」


 吹き抜けの玄関ホール、そのはるか上から見下ろしてくる存在。

 プラクティカ、それは間違いない。

 だが、なんだか雰囲気が……違う。


 青色の髪の毛は、いまや真紫に染まっているのは見た目の特徴、手に持つ黒く禍々しい直剣は、自分の所持者に負けないくらいの存在感をはなつ。


「あの剣……間違いない、悪魔武器あくまぶきですね」


「悪魔武器、トニー教会の『宣教師せんきょうし』たちが使う言われる呪われた宝具……聖職者に加工されずとも、自分から変化することもできたのか」


「お喋りはそこまでですよ、わたくしたちがやる事は変わりませぬ。打ち倒す敵は大きくなりましたが、悪魔が帰らずに、ここで決着をつける気になったのです。いまを好機と呼ばずしてなんといいますか」


 自ら異界に閉じこめていた俺たちをだしたんだ。

 あっちもここで終わらせる気なのだろう。


「さっ、それじゃ始めましょっか。」


 ほどかれた紫髪が空に流れる。

 愛らしく微笑むプラクティカの黒い魔剣が、天高く空を仰ぎ、振りあげられた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る